2013年10月の読了本

『開かせていただき光栄です』 皆川博子 ハヤカワ文庫JA
  *18世紀に実在した解剖学医ジョン・ハンターをモデルにした人物が主人公のミステリ。
   冒頭に不可能犯罪が登場するが本書の愉しさはそこより、当時の臭いまでが漂ってきそう
   な程に生き生きとしたロンドン下層社会の活写にあるとみた。しみじみと哀愁漂うラスト
   にも好感。本格ミステリ大賞受賞作。
『澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集』 河出文庫
  *澁澤龍彦の比較的初期の訳業から幻想怪奇短篇ばかりをピックアップした作品集。おそら
   く河出書房による編集だと思うが、書名にまで「澁澤龍彦訳」とあるのが凄い(笑)。
   きっと一連の澁澤文庫シリーズの一冊という位置づけなのだろう。肝心の中身だが、創元
   推理文庫から今も出ている『怪奇小説傑作集4』(フランス編)から7篇を抜粋し、更に
   アンリ・トロワイヤの短篇集『共同墓地 ― ふらんす怪談 ―』から全7篇を全て収録とい
   う変則的な形をとっている。特に自分好みなのは、地下の穴倉で夜な夜な繰り広げられる
   怪異を暴いた憲兵隊長を見舞う不幸な人生を描くジェラール・ド・ネルヴァルの「緑色の
   怪物」/海の水を浸かって描かれた水彩画の不思議アルフォンス・アレの「奇妙な死」/
   そしてトロワイヤの「自転車の怪」「恋のカメレオン」あたりか。
『パルタイ』 倉橋由美子 新潮文庫
  *作者が明治大学在学中に書きデビューのきっかけとなった表題作を始めとして、「非人」
   「貝のなか」「蛇」「密告」の全5作品を収録した初期短篇集。(中では「蛇」のイメー
   ジが気に入った。)まだこの頃の著者の作品は、後のイマジネーション豊かな幻想作品と
   は違って硬い印象。いずれの作も登場人物が全てアルファベットで記され、不条理なスト
   ーリー展開はカフカを強くイメージさせる。以前読んだ『スミヤキストQの冒険』の感触
   に近いかな。解説で森川達也氏も書いている自己への嫌悪や羞恥とともに、周囲に対する
   猜疑が登場人物たちの行動を支配するキーワードになっているようだ。なお作者によると
   作品の狙いは「何かの問題」を描くことではない。《この世界ではない世界(反世界)》
   を表現するのが主題なのだそう。先日読んだロブ=グリエの『消しゴム』にも似た「冷た
   さ」をもつ作風は、もしかしてそのせいなのかもしれない。これがどのような段階を経て
   後期の作風へと変わっていくのか、作品を年代順に追いかけていくのも面白いかもしれな
   いなー、なんて思ったりもして。
『火山を運ぶ男』 ジュール・シュペルヴィエル 月刊ペン社
  *南米のラス・デリシアスに広がる大草原(パンパ)の大富豪グアナミルは、ある日大きな
   火山を建設しようと思いつく。しかし全霊をこめて作った火山は人々に受け入れられず、
   それをパリに移設しようと考える…。本書はウルグアイの詩人によって書かれた、(妙に
   リアリスティックなところもある)幻想物語で、今は無き妖精文庫の一冊として上梓され
   た。旅行鞄の中に突如現れる小さな火山や、大西洋を航海中に現れる人魚など、不思議な
   ムードをもったエピソードが繰り広げられる。なお原題は『大草原(パンパ)の男』であ
   り、邦題にある「火山」は彼が大都会パリで繰り広げる幻想物語の端緒に過ぎない。
   絶対にベストセラーになるような話ではないけれど、こういう話は好きだなあ。この手の
   物語が新刊で読めるうちは出版業界も安泰なんだろうけど、今の時代は果たしてどうなん
   だろうねえ。殺伐とした時代にこそ大事にしたい話と思うよ。
『冥界遊び』 山口昌男 筑摩書房
  *副題には「SCRAP BOOK NO.3」とある。中身は副題のとおり、著者があちこちに書い
   た文章を集めてテーマ別に章立てしたもの。気軽に書きとばしたような文章もあるが、
   それが却って時代とともに駆け抜けた著者らしい“味”を醸し出している。80年代に
   学生だった自分にとっては、氏の本に出てくる「トリックスター/カーニヴァル/笑い
   /身体/周縁」といった言葉は、文字通り輝いてみえたものなあ。本書には寺山修司の
   追悼文や南米のスリナムを訪問したときの事を書いたエッセイなど、論文をまとめた著作
   では読めない珍しい文章もあって愉しい。久しぶりに氏の文章を読んだらあまりに懐かし
   くて、”おっかけ”が再燃しそうで怖いね。(笑)
『文学のレッスン』 丸谷才一 新潮文庫
  *マルチな才能で活躍した著者が、小説や詩や戯曲などのジャンル別に“文学”について語
   り尽くした「丸谷版・文学講義」。薄いけどけっこう中身は濃い。
『若き日の哀しみ』 ダニロ・キシュ 創元ライブラリー
  *第二次世界大戦の頃に少年時代を過ごしたキシュによる自伝的な小説。例えて言うなら
   『夜と霧』の哀しみをまとった『銀の匙』といったところか。戦争中に収容所に連れて行
   かれ、そのまま帰らぬ人となった父。ユーゴスラビアに生まれユダヤ人を父としてもった
   著者の、子供時代への甘くて苦い懐かしさが横溢する。(中でも「少年と犬」は名作)
   作者にとっては、マルメロの実こそが記憶を呼び覚ますマドレーヌであったようだ。
『泥鰌地獄と龍虎鳳』 南條竹則 ちくま文庫
  *翻訳家・作家であり中華料理についても造詣が深い著者による、食をテーマにしたエッセ
   イ集(なんと贅沢なことに文庫書き下ろし)。たとえば題名にある「泥鰌地獄」という料
   理だが、これは火にかける前に豆腐とドジョウを鍋に入れると、熱くなるにつれ豆腐の中
   にドジョウが入りこんで一緒に煮込まれるというもの。しかし有名なこの料理、話ばかり
   で実際には誰も見たことがない。この幻の料理の真偽のほどをひも解いていくエピソード
   を始め、さまざまなドジョウ料理にまつわる文章は本書の中でも量・質ともに圧巻。また
   題名にあるもうひとつの料理「龍虎鳳」とは、蛇と猫と鶏をそれぞれ龍・虎・鳳凰になぞ
   らえて一緒に煮込んだ料理で、これは実在するそう。
   他にも羊と魚を煮込んだ料理「魚咬羊」の話題から、動物と魚介を一緒にする料理の出自
   に思いを馳せたり(「魚と羊」)、北京の一画にありそこだけは真夜中まで飲食店が開い
   ているという「鬼街」の思い出を語ったり(「ゆうれいめし」)色んな話題で飽きさせな
   い。(ちなみにこの鬼街の描写を読んでいると、アニメ『千と千尋の神隠し』に出てくる
   飲食店は、もしかしてここをモデルにしたんじゃないかという気も。)「金龍報春」や
   「古都飄香」といった料理の名を見て、その正体を想像するだけでも面白い。クライマッ
   クスは洛陽で著者たちが行った、スープばかり食べ続ける宴会「水席」の顛末。これなど
   は自分も一度体験してみたいものだ。
『うたかたの日々』 ボリス・ヴィアン 早川書房
  *ミシェル・ゴンドリー監督の映画「ムード・インディゴ うたかたの日々」を見に行った
   らあまりに良かったので急に読み返したくなった。原作は新潮文庫(『日々の泡』)や
   光文社古典新訳文庫からも出ているが、自分が持っているのは早川のボリス・ヴィアン
   全集(伊東守男訳)。刊行は結構古いのだが愛着がある本だし、金銭的な余裕もさほど
   無いので(苦笑)蔵書を読み返すことに。原著で「ビグルモア」となっているダンスの
   名前を「アチャラカダンス」とするあたりには少し時代を感じたりもするが、作品自体
   は何度読んでも傑作だった。
『食物漫遊記』 種村季弘 ちくま文庫
  *澁澤龍彦の盟友による、(書物ではなく)食べ物に関する文章ばかりを集めたエッセイ。
   普通の美食の話もあるが、著者が本領を発揮するのは何といっても”普通じゃない食”
   についての話。たとえば“断食”についてのあれこれを書いた「飢えを見せる人」や、
   人肉食に関する古今東西のエピソード(「食うか食われるか」)など抜群に面白い。食
   べ物に関する精神的なアレルギーの思い出と克服について語った「天どん物語」も壮絶
   で、なかなかなものだ。
『パラークシの記憶』 M・コーニイ 河出文庫
  *同じ河出文庫からでている青春SF小説『ハローサマー、グッドバイ』の続篇。前作同様
   に恋あり冒険あり世界の危機ありという盛りだくさんな内容に加え、今回はさらにミス
   テリの趣向や前作の謎解きまでなされるというサービスぶり。相変わらずバカップルが
   健在なのも素晴らしい(笑)。今どきのアニメの原作とかにありそうな感じじゃないの
   かな?
『批評理論入門』 廣野由美子 中公新書
  *副題は“『フランケンシュタイン』解剖講義”。フランケンシュタインを題材にして、
   様々な批評理論の具体的な事例が示される。第1部は小説技法篇と称して、小説を作る上
   で欠かせない技法について解説。第2部は批評理論篇。これまでに世に出てきた主な批評
   理論の紹介と、それらの理論を用いて『フランケンシュタイン』という作品がどのよう
   に解釈され得るのかについて語られる。
『ボルヘス・エッセイ集』 平凡社ライブラリー
  *テーマによりいくつかの章に分かれている。冒頭の「論議」の章は4つのテーマに関す
   る評論を収録。ついで少し長めの「永遠の歴史」が続くが、これは“永遠”という概念
   についての変遷を考察したもの。(いい意味で)なんと浮世離れした内容なのだろう。
   日常生活とは全く関連の無い話題がいっそ清々しい。仕事で凝り固まった頭のツボを
   適度に刺激して、心地よく解きほぐしてくれる。中でも気楽に読めるのは「続・審問」
   の章。秦の始皇帝による万里の長城建設と焚書坑儒に関する「城壁と書物」(1950)
   などは、もしかして開高健「流亡記」やブッツァーティ『タタール人の砂漠』のヒント
   になったのでは?などと考えるもまた愉しいもの。他の話題がどんなものかというと、
   たとえば無限の球体としての神や宇宙、もしくはセルバンテスやオスカー・ワイルドと
   いった作家についてなど。ウィルキンズの考案した分析言語というのもある。(ちなみ
   にこれは、エーコの『完全言語の探求』で取り上げられていたトンデモ説のひとつ。)
   書物や文字言語に対する“信仰”についてといった話題も悪くない。
   ところで難解とよく言われるボルヘスのエッセイだが、もしかしてそれは彼の文章が多
   く論理学に依っているからなのだろうか。博覧強記に頭がついていけないというのはも
   ちろんあるけど(笑)。巻末の木村榮一氏による訳者解説でも、途方に暮れている様子
   が素直に書かれていて、そのあたりは全くの同感。でもそこに魅かれるんだよね。難し
   いなりに面白いというのがボルヘスの魅力だ。――「省略と圧縮による論理の難解さと
   博覧強記が、幻惑とともに知的興奮をさそうエッセイ」―― こんなキャッチフレーズを
   考えてみたのだがどうだろうか。
『わたしは“無”』 エリック・フランク・ラッセル 創元SF文庫
  *著者はかつてジョン・ウィンダム、アーサー・C・クラークと並びアメリカで最も良く
   知られた作家のひとり。全部で6つの短篇が収録されている。最初のあたりの作品は
   いかにも往年のSFといった感じだが、文明崩壊した地球を訪れた火星人の物語「ディ
   ア・デビル」と表題作の「わたしは“無”」がすごく好い。ヒューマニズムと反戦思想
   がストレートに表現されていて、なお且つ抒情性もあってさすがに読ませる。中学生の
   頃に本書を読んだらフレドリック・ブラウンと同じく大好きな作家になったかも知れな
   い。そんな風にも思える好篇集だった。今回の復刊をきっかけに再評価されると良いの
   だけれどね。
『天来の美酒/消えちゃった』 コッパード 光文社古典新訳文庫
  *不思議な短篇で知られる作家A・E・コッパードの作品集。強いて言えば「奇妙な味」で
   括られるのだろうが、他の作家たちとはまた違った独特の魅力がある。(唯一無二の作
   家という意見も…。)訳者解説によれば著者は正規の学校教育を受けずに独学で作家に
   なったらしい。型に嵌らない自由奔放な作風は、もしかしたらそれが理由なのだろうか。
   コッパードを初めて紹介した平井呈一氏によれば「達者な筆致」と「底を流れる淡い詩
   情」が魅力とのことだが、本書を読んでなるほど納得。個人的には時に久生十蘭のよう
   な唐突な終わり方や、ラファティのように先が読めない展開が気に入った。収録作はど
   れもすごく面白かったけれど、そこから特に気に入ったのを挙げるとすれば、牛の病気
   を治す笛吹きの話「ロッキーと差配人」/クリスマス物語「暦博士」/美しい小編「去
   りし王国の姫君」/楽園を巡る皮肉が効いた「レイブン牧師」あたりかな。国書刊行会
   から出たもうひとつの作品集『郵便局と蛇』も読んでみたくなった。
『探偵夜話』 岡本綺堂 中公文庫
  *これまでに出た『三浦老人昔話』『青蛙堂鬼談』『近代異妖篇』に続く「岡本綺堂読物
   集」の第4弾。怪談集だった『青蛙堂鬼談』の姉妹篇となるミステリ集。例によって青
   蛙堂に集まった人々によって面妖な事件が語られるが、今回はきちんと事件の謎解きが
   なされている。もっとも大正12年に乱歩により「二銭銅貨」が発表され、本格的な推理
   小説がスタートを切る前の作品が殆どであり、今日のミステリの見方で読むと少し物足
   りない感はあるかも。(たとえば犯人は判明するが、事件の全貌は明かされないとか。
   しかし探偵趣味の読み物として愉しむ分には申し分ない。)ただひとつ苦言を述べると
   すれば、巻末の解題で物語のオチまでさらすのはちょっとやり過ぎではないかな。作品
   の背景なども載っているので参考にはなるが、解説に目を通すのは読後にすることを
   ぜひともお勧めしたい。
『カラハリの失われた世界』 L・ヴァン・デル・ポスト ちくま学芸文庫
  *一時は絶滅したと思われていたが、1955年に「再発見」されたアフリカの大地の民ブ
   ッシュマン。本書は著者が子供の頃からの夢である、原始の社会文化をそのまま残す
   純血ブッシュマンをカラハリ砂漠の奥地に見出だすまでを綴った、傑作ノンフィクショ
   ン。ナイルの水源を探し求めたリヴィングストンや「さまよえる湖ロプ・ノール」を
   見つけたヘディン、あるいは南太平洋を筏船コンティキ号で渡ったヘイエルダールの系
   譜につらなる冒険記と思えばいい。(著者のヴァン・デル・ポストは南アフリカ出身で
   イギリスを中心に活躍した作家。第2次大戦中は大佐として従軍して日本軍の捕虜とな
   った事もあるが、非常に高潔な人物だったようだ。)
   本書の前半は正直いって読むのが結構きつかった。冒頭は探検の動機となった子供時代
   の思い出が述べられるが『最後のモヒカン族』みたいで結構暗いし、いよいよ探検隊を
   作って捜索に乗り出してからもつらい旅が続く。地理的な困難や捜索が空振りに終わる
   せいもあるが、最も大きな理由は資金調達の記録映画製作のために契約したフランス人
   カメラマン。人格障害ではないかと思えるほどで、最終的に彼と決別する第7章(“失
   望の沼地”)までは鬱々とした展開が続く。しかし第8章(“「すべり山」の精霊”)
   からは事態が劇的に好転し始め、そこからは一気読み。まるでムーミン谷が現実化した
   ような「すべり山」で次々と起こる不可解な現象とか、重要なポイントで著者を助けて
   くれる奥さんの予言めいたアドバイスとか、つい「本当?」と突っ込みを入れながらも
   どんどんページは進んでいく。(著者自身があれこれ変なコメントを差し挟まず、淡々
   と「事実」を述べるだけなのが良い。)
   「すべり山」のくだりなどは、神や信仰が生まれるきっかけのようなエピソードで、こ
   れなどはまさに文化人類学の薫りといえるのでは? ブッシュマンとの出会いを経て、
   彼らに受け入れてもらってからの様子はまさに感動的だ。本書が世に出たのは60年近く
   も前の話なので、今ではこのような真正の伝統文化はおそらく消えてしまっただろう。
   そう考えると著者によって残された当時の映像と活字の記録は、後の我々にとって大き
   な贈りものと言えるのではないだろうか。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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