2013年9月の読了本

 9月は連休もあったのだけれど、何だかバタバタしてあまり読めなかった。涼しくなって日の暮れるのも早くなれば沢山読めるかな。読書の秋に期待したい。

『リンパの科学』 加藤征治 講談社ブルーバックス
  *血液とならび「第二の体液循環系」と呼ばれるリンパ系。子供の頃、風邪を引いたときに
   よく「リンパ腺が腫れた」経験はあるが、それがどんなものかについては正直いって良く
   知らなかった。(そもそも“リンパ”の語源がラテン語というのも。)本書はそんなリン
   パの概要について一般向けに書かれたもので、ちょうどいい機会と読んでみた。どうやら
   リンパというのは詳しい研究が遅れている分野ではあるらしい。電子顕微鏡などによる
   形態科学的な研究が主流だそうだが、血管と隣接して区別しにくいうえ場所により形態も
   千差万別とのこと。それでもリンパ管およびリンパ節の成り立ちや外形的な特徴の違い、
   リンパが原因でおこる「リンパ浮腫」といった恐ろしい病気、あるいは免疫に占める重要
   な役割や癌の転移におけるリンパの関係など、現在までに分かった事がひととおり述べら
   れている。
   本書を読んだ印象は、血流循環系を上下水道に喩えるなら、リンパはさしずめ雨水処理シ
   ステムということ。血流から流れ出た血漿やその他の組織液を毛細リンパで回収して、
   あちこちの免疫系の「関所」であるリンパ節を経て静脈へとつなぐ、一方通行の静かな流
   れ。その他、リンパには小腸で吸収した栄養を血流に運ぶという大事な働きもあり、この
   時リンパには透明もしくは白濁した液が流れるので別名を「白い血」というようだ。
   (知識を淡々と列記するくだりも多く、素人である自分には読み辛いところも無きにも有
   らずだが、たまにはお勉強もしなくてはね。)
『現代語訳 南総里見八犬伝(上・下)』 曲亭馬琴/白井喬二 河出文庫
  *言わずと知れた江戸を代表する伝奇小説の白眉の現代語訳。洋書ならともかく日本語で
   書かれたものはなるべく原書にあたる事を心がけてはいるのだが、さすがにこれはきつい
   ので手ごろな現代語訳にした。浪人という一種のアウトローだった八犬士が巡る因果に依
   って集う過程がべらぼうに面白い。クライマックスは扇谷定正/山内顕定の連合軍と里見
   家との決戦だが、八犬士が参集してしまえば里見家はぜったい安泰なのでハラハラドキド
   キはあまりなく残念。事前に聞いていたとおり、八犬士の中ではやはり、スーパー神童・
   犬江新兵衛の存在が浮いていた。儒学にならって「仁義礼智忠信孝悌」の中でも特に新兵
   衛のもつ「仁」の珠を重視したというのは分かるが、もしかしたら広げ過ぎた伏線を回収
   するために苦肉の策で生み出したキャラという気がしないでもない(笑)。
   いずれにしても全1200ページを僅か2日間で一気に読ませてしまう、本書が持つパワーた
   るや大したもの。これは馬琴の力は勿論だが、白井喬二の文章の力もかなりあるとみた。
『言霊とは何か』佐佐木隆 中公新書
  *万葉集や古事記などの文献を丹念に紐解き、「言霊」とは本来どのような概念だったのか
   について考察した本。丁寧で真面目な研究姿勢は好感が持てる。
『消しゴム』 ロブ=グリエ 光文社古典新訳文庫
  *アラン・ロブ=グリエによって1953年に発表された長篇小説。20世紀半ばの文学史上を
   揺るがした一大運動「ヌーヴォー・ロマン」の嚆矢となった作品。何ともいえぬ違和感が
   全編に漂い、噂に違わぬヘンテコで素敵な作品だった。
   設定はミステリータッチ。ある男性の殺害事件を巡り、政府から派遣された特別捜査官に
   よる捜査が続くが、地元の警察署長や医師をはじめ数多くの関係者たちが入り混じり真相
   は藪の中…。いや正確にいうと被害者も犯人も全て明かされているのだが、読んでも読ん
   でも何が起こっているのか理解が出来ないといった方が近い。登場人物の心理までが、残
   らず描写されているにも関わらずだ。この小説において何が謎なのかが、すなわち最大の
   謎といって良いのでは。
   キュビズム絵画はあらゆる角度からみた対象物の姿を一面に描いたものだそうで、個々の
   ピースをみるとそうでもないのに全体では異様にゆがんだおかしな絵になっている。本書
   もちょうどそんな感じか。解説では安倍公房『燃え尽きた地図』や筒井康隆『虚人たち』
   との共通性も言及されているが、なるほど小説の虚構性に着目したという点ではたしかに
   似た雰囲気があるね。それにしても結局のところ、主人公が拘る消しゴムには何の意味が
   あったのだろうか。ルイス・ブニュエルの映画『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』に出て
   きた謎のずた袋と同じで、案外何も意味は無いのかも知れないが。(笑)
『異形の白昼』 筒井康隆/編 ちくま文庫
  *本書の副題は「恐怖小説集」。日本ではかなり初期となる1969年に出版された幻のアン
   ソロジーが、めでたくちくま文庫から復刊。もともと自分は恐怖小説よりは怪奇小説の
   方が好みなのだが、これはほどほどに怪異も入ってバランスもとれている。(ちなみに
   ここでいう「怪奇小説」というのは、登場人物の恐怖を語るのが眼目ではない、という
   程度の意味。)自分の考える「怪奇」とは、憧憬や畏怖を含んだ「幻想」と隣合わせの
   ジャンルであり、心理も含んだ「恐怖」とも隣り合わせといえる。ちなみに怪奇小説に
   あって他のジャンルに無いものといえば、若干の滑稽さではないかと考えるが、その意
   味で滑稽さを排した本書はまさに見事な「恐怖小説」のアンソロジーとなっていて、
   編者の「本気」が感じられて好ましい。収録作には気の滅入るような作品も含めて背筋
   がぞくりとくるような短篇が揃っている。元版にあった筒井氏本人による解説・解題も
   ちゃんと収録されている上、東雅夫氏に新たに書き起こされた解説も好印象。
   既に他の短篇集で読んだ作品も結構あるが、再読も含めて特に気に入ったものは小松左
   京「くだんのはは」/結城昌治「孤独なカラス」/筒井康隆「母子像」/生島治郎「頭
   の中の昏い唄」/吉行淳之介「追跡者」あたりか。
『零度のエクリチュール』 ロラン・バルト みすず書房
  *構造主義的批評を得意とする論客による初期論文集。文章の書き手が逃れえない「エク
   リチュール」についての分析と、そこからの解放に関する展望を記す。もうひとつの
   論文「記号学の原理」を付す。
『七人の使者・神を見た犬』 ブッツァーティ 岩波文庫
  *20世紀イタリアを代表する作家の短篇集。これまで幾つかの作品を読んできた限りは、
   著者が一貫して追及したテーマは「不可知」ではないかという気がする。不可知な事柄が
   当人にとって意味をなさない場合には、著者がよく形容されるように「不条理」ともなる
   が、そうなるケースは意外に少なく大抵の場合は自らの範疇で何らかの理解を示すよう。
   それは例えば『タタール人の砂漠』では国境警備という職務や使命だったり、「神を見た
   犬」では信仰だったり。はたまた「なにかが起こった」のように不安や恐怖だったりする
   場合も...。
   本書は著者の短篇集『六十物語』から15篇を訳者の脇功氏が選んで訳出したもの。光文
   社古典新訳文庫との重複が結構あると思ったら、さては同じ原典からのチョイスであっ
   たか。収録作は基本的にどれもお薦め。特に気に入ったのは、「七人の使者」(王国の
   境界を捜す調査隊)/「大護送隊襲撃」(3年ぶりに釈放された山賊の頭領)/「マン
   ト」(帰ってきた息子を迎える母が哀しい)/「神を見た犬」(聖者と黒犬と不信心な
   町の人々)/「なにかが起こった」(破滅に向かってひた走る特急列車)/「自動車の
   ペスト」(車だけが罹る致死性の伝染病)といったところか。本書にひとつだけ注文を
   つけるとすれば、訳者解説で全収録作の粗筋を書くのはやめて欲しいな。解題ならとも
   かく。(苦笑)
『限りなき夏』 クリストファー・プリースト 国書刊行会
  *幻想的な連作短篇集『夢幻諸島から』の著者プリーストによる作品を集めた、日本オリ
   ジナル編集の短篇集。およそ半分が夢幻諸島シリーズに属する短篇4つ(「赤道の時」
   「火葬」「奇跡の石塚」「ディスチャージ」)で占められていて、久しぶりに読み返し
   たら世界観が頭に入っているのでとても面白かった。もちろん独立した短篇としても読
   めるのだが、連作は出来れば合わせて読んだ方がいいね。他の作品では何と言っても
   表題作が好き。この頃(初期)のプリーストはどことなくバラードを思わせる感じがし
   ないでもない。
『アンティシペイション』 プリースト/編 サンリオSF文庫
  *上記と同じくプリースト関連。こちらは本人が編集したイギリス人SF作家によるオリジ
   ナルアンソロジー。夢幻諸島シリーズの短篇「拒絶」が入っているので数十年ぶりに読
   み返したのだが、いや、この本自体が傑作だった。特に好かったのは「拒絶」の他、ワ
   トスン「超低速時間移行機」/バラード「ユタ・ビーチの午後」/オールディス「中国
   的世界観」など。(オールディスはとりわけ圧巻。)
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