『艸木虫魚』 薄田泣菫 岩波文庫

 「そう・もく・ちゅう・ぎょ」と読む。著者は「すすきだ・きゅうきん」という。いずれにしても聞き慣れない名前である。本屋で何気なく手にとって拾い読みしたら、思いのほか面白かったので買って読んでみた。後で調べてみたら結構有名な人で、単に自分が勉強不足で知らないだけだった。(明治時代の詩人で、大正からは随筆に転向して大阪毎日新聞社に勤め「茶話(ちゃばなし)」というコラムを連載していた。今ならさしずめ『天声人語』といったところか?)なお書名は「山川草木」と「鳥獣虫魚」の後ろ二文字をそれぞれ取って合わせたもので、自然を題材にしたものが比較的多いことからつけたのか、それとも色んな事を“ごった煮”にしたということか?いずれにせよあまり深い意味はなさそう。

 テーマは自然の風物に関するものが半分で、書画骨董や歴史上の人物についての故事・説話が半分。(自然を取り上げた文章の方が総じて出来が良いようだ。) きちんと数えた訳ではないが本書全体では“極上”=2割、“上”=5割、“並”=3割といった感じか。軽めの読み物である『茶話』からも幾つか持ってきてバラエティに富んだ内容にしたのが却って裏目に出ていて、全体がぼやけてしまったのが残念だが、これは著者の責任ではなく当時の編集者の責任だろう。折角なら書名にふさわしいものだけに絞っても良かったかも。
ともあれ決して悪い出来ではなく、「柚子」「柿」「影」「糸瓜」「茶の花」「物の味」「草の実のとりいれ」などの“極上”のものに関して、印象を軽く述べることにする。

 自分の好きなエッセイストのひとりに、漫画家の東海林さだおがいる。本作は彼のエッセイから、よく言えば庶民的/悪く言えば下世話なところを取り去って、代わりに詩情性やペーソス(情緒)を少し付け加えたような感じであり、好奇心に溢れる話題、品のいいユーモア、軽妙洒脱な語り口などが相俟って、極上の文に仕上がっている。(もっとも東海林さだおの場合は、その「下世話」なところも含めて魅力にもなっている訳だが。)
 とても大正時代に書かれたとは思えない、現代にもそのままで充分に通用するような、時代を超えた普遍性をもつ内容で少しも古びていない。一度にたくさん読んでしまうのが惜しくて毎日少しずつ読み進めていきたくなる、良きエッセイの見本のようなものである。関西で「粋(すい)」というのは、こういう物の事を呼ぶのではないだろうか?

<追記>
 ちなみに「粋(すい)」は、関東(江戸)における「粋(いき)」とは違う。
“いき”については哲学者の九鬼周三が『「いき」の構造』(講談社学術文庫、岩波文庫など)で詳細に分析しているが、簡単にいうと「媚び(異性に対する)」と「意気(意気地)」と「諦観(いさぎよさ)」の3つからなる価値観のこと。それに対して“すい”は、例えば大吟醸の酒を造る際に原料のコメを削っていって残った芯のようなものと理解している。「技術の粋を集める」という表現があるように、おそらくは“すい”の方が元々の意味に近いのではないかと思う。
平安貴族の「あはれ(=哀れ、憐れ)」という価値観が、武家社会で換骨奪胎されて「あっぱれ(=天っ晴れ)」に変化したように、関西の「粋(すい)」が江戸に渡って「粋(いき)」という新しい価値観へと変わったのではないか?そう推理しているのだが。
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No title

読みたくなりました。「粋(すい)」と「粋(いき)」のお話もステキですね。

tamakin様

こんにちは。
ご訪問ありがとうございます。

読みたくなっていただけたならとても嬉しいです。
実際、面白い本ですので、機会がありましたら是非(^^)
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舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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