『夢幻諸島から』 クリストファー・プリースト 早川書房

 著者のプリーストは映画化された『奇術師』や、『逆転世界』『魔法』『双生児』といった魅惑的な作品で知られるイギリスSF界の重鎮。本書は2011年に発表された彼の新作で、新刊予告が出てからずっと楽しみに待っていたもの。「“銀背”の復活」としてファンの間で話題になった「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」の第一期最終配本にあたるそうで、英国SF協会賞とジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した話題の一冊となっている。
 少し背景的な話をすると、本書は著者が以前から書き継いできた「ドリーム・アーキペラゴ(夢幻諸島)シリーズ」と呼ばれる、どことも知れぬ異星の多島海を舞台にした連作のひとつに位置づけられる。(もっとも、それぞれ独立した話なので、旧作を知らなくてもなんら問題は無い。)中身はこれまでの集大成ともいえるものだそうで、夢幻諸島の全体について書かれた短篇ばかりを集めたオムニバス集となっている。SFに詳しい人なら、例えばブラッドベリの『火星年代記』などを想像してもらうと分かるだろうか。ただしただ単純に寄せ集めたわけではなくて、全体としては夢幻諸島の島々の自然や文化を紹介する「ガイドブック」という非常に凝った体裁をとったものになっている。(*)

   *…各エピソードは島の名前のアルファベット順で並べられていて、これがまた後にな
     ってから有効に効いてくる。モザイクのように入り組んだ記述を読んでいくうち、
     やがて世界全体の自然や社会の成り立ちがみえてくるとともに、作者が仕掛けた
     本書の物語としてのトリックも明らかになってくるというわけ。とても豊穣かつ
     贅沢に作られた本だと思う。

 ここに書かれた「赤道を南北からはさみ、熱帯、亜熱帯、温帯の緯度に広がっている」という夢幻諸島の設定だけ読むと、J・G・バラードの『ヴァーミリオン・サンズ』のような退廃的なリゾート地や、そこを舞台にした蠱惑的な物語を想像するかもしれない。でも実際に読んでみた印象は全然違った。島々は長らく交戦状態にある軍事国家同士の紛争に巻き込まれないよう、中立と自治を保障した盟約を取り結ぶことでようやく独立を保っている。結構過酷な状況なのだ。なかには軍事国家により事実上占拠され立ち入り禁止となっている島もあって、現実の世界にも似たシビアな感触となっている。その点では、雰囲気はバラードよりむしろアーシュラ・K・ル=グインの諸作に近いかも知れない。(このあたりの話、SFに興味の無い方には「何のことやらさっぱり?」ですね、すいません。^^;)
 本書には長短とりまぜて30以上もの章(物語)が収録されていて、その中身は非常にバラエティに富んでいる。例を挙げれば、最凶最悪の昆虫“スライム”の発見に至る記録や、パントマイム芸人の殺害事件の真相。もしくは夢幻諸島を代表する作家カムストンや画家バーサーストに、トンネル堀りアーティストのヨーや社会思想家のカウラーといった、様々な著名人にまつわるエピソードなど。それらがまるでモザイクのように絡み合って、やがてこの奇妙な世界の全貌がみえてくる仕掛けになっているのだ。訳者の古沢嘉通氏も解説で書かれているように、プリーストの語り手/騙り手としての技が存分に愉しめる一冊となっている。
 本書全体を数多くの章から構成された長篇として読むことも可能だが、それぞれの章を個別の短篇として愉しむことも勿論可能。そのようにみた時、自分が特に気に入ったのは
 「ジェイム・オーブラック(大オーブラック)」…スライムが怖ろしい
 「沈黙の雨(コラゴ)」…“不死”の島の物語
 「忘れじの愛(リュース)」…作家ケインが再登場する
 「たどられた道(ピケイ2)」…カムストンの秘密が明らかにされる
 「臭跡(ローザセイ2)」…ピケイ2と対になる中核の作品
 「死せる塔(シーヴル)」…不気味さは書中随一
 「古い廃墟/かきまぜ棒/谺のする洞窟(スムージ)」…ボーナストラックみたいな良い話
といったあたりの作品だろうか。

 プリーストは学生時代から読んでいるのだが、実は『ドリームマシン』といった初期作品を読んでいたころには、「少し文学寄りの(例えば村上春樹のような)作品を書く人」という印象を持っていた。ベイリーのように突拍子もない奇想小説が大好きな自分としては、「上手いけれどちょっと地味」といったイメージがあったのだけれど、それがいつの間にかエリック・マコーマックみたいな語り/騙りの名手に化けたのは嬉しい誤算。今では「出ると買う作家」のひとりになっている。
 本書の前に書かれた「夢幻諸島シリーズ」に属する作品は、これまでにも色んな形で紹介されてきた。プリーストの作品はだいぶ読んでいるはずなのだが、全く記憶にないのは困ったものだ。(歳のせいではないと思いたいが…。/苦笑)家の中を探せば出てくるはずなので、そのうち引っ張り出して読み返してみようかな。


 さて、以上がネタバレなしの感想。実は本書については色々と書きたいことがあるのだけれど、何を書いてもこれから読む人の興を削ぐことになってしまうので悩ましい。作者はもちろん明確に書いているわけではないので違っているかも知れないけれど、「自分はこんな風に読んだよ」というのを書いてみたい。ここから先を読まれる方は、中身に関する話がどんどん出てきますので、そのつもりで。


 本書における作者の“仕掛け(騙り)”に目を向けた場合、複数の章にまたがる形で隠されている物語がふたつあると思っている。ひとつめは注意して読んでいけばすぐ解るもので、大作家チェスター・カムストンと社会活動家エズラ・W・カウラーのふたりにまつわるエピソード。錯綜するエピソードを章の構成とは切り離して、作中の時系列順で並べてみよう。(注:カッコ内はエピソードが書かれている章の名前)

 1.ウォルター・カムストンとチェスター・カムストンが一卵性双生児として誕生
   (ピケイ2)
 2.大学生になったチェスターが劇場でアルバイトをしてパントマイム芸人と会う
   (グールン)
 3.作家としてデビューしたチェスターとカウラーとの、お互い無名時代のやりとり
   (ローザセイ1)
 4.カウストンとカウラーの恋愛の顛末
   (ピケイ2)
 5.カウストンの葬儀と、カウラーによる数十年ぶりのピケイ訪問
   (ピケイ2/ローザセイ2)

 この流れを柱として、殺人事件の容疑者ケリス・シントンに関する裁判記録(チェーナー)や、若い頃にカムストンに憧れ、やがて作家として大成していくモイリータ・ケインのエピソード(フェレディ環礁/リュース)が絡んでくる。他の細かなエピソードとしては、画家ドリッド・バーサーストを中心とした話の軸やトンネル掘りアーティストのジョーデン・ヨーの軸もあり、彼らが残した足跡とカムストンの人生があちこちで交差するあたりは、ちょっとヴォネガットを連想したりもした。
 混乱のもとになっている要因のひとつは、カムストンたちをリアルタイムで描いている話と、彼らの生きていた時から1世紀ほど下った時代のエピソードが混じっている点。さらに後世のエピソード(たとえば無人機と地図作りたちが出てくるミークァ/トレムの章や“死せる塔”が出てくるシーヴルの章)では、作中に出てくる謎に対して明確な答えはない。これらが混在しているのが物語の構成を分かりにくくするとともに、それを読み解くという本書の魅力になっているのではないかと思う。

 ふたつの隠された話のうち、以上がひとつめのものだ。もうひとつの隠された話というのは、すこし分かりにくいが、「カウラー自身」に関するものといえばいいだろうか。こちらも時系列順に並べてみよう。

 1.無名時代のカウラー
   (ローザセイ1)
 2.カウラーの20数年ぶりのピケイ訪問と彼女の心象
   (ローザセイ2)
 3.ダント・ウィラーとカウラーの出会い
   (スムージ)
 4.カウラー礼拝堂の設立エピソード
   (デリル/トークイル)

 1と2は先ほどのカムストンと重複する。ローザセイ訪問のあとにカウラーは(おそらくスライムにより)死亡したとされている。しかしラスト近くになってスムージの章になると、記者のダント・ウィラーが初めてカウラーと出合うシーンがあり、そこでは数年前にカムストンの葬儀のしばらくあとで死亡説が流れたとされているのだ。そしてダントはその後カウラーのアシスタントとなって、あちこちで替え玉を務めたとされている。
 ところがここでおかしなことが起こる。スムージの章のラストにおいては、ダントがカウラーと知り合ってから7年後に、彼女自身がカウラーの本当の葬儀に立ち会ったと書かれている。しかし一方で、カウラーが顕現したという「カウラー礼拝堂」の設立エピソードが紹介されるデリル/トークイルの章では、ダントは何年か前に死亡していることになっていて、彼女がカウラーの替え玉だった事を、当のカウラー本人がインタビューで認める話が出てくるのだ。―― これってどういうこと?
 まず考えたのは、(リーヴァーの章にあるように)夢幻諸島では時間が狂っているので、物語の時系列がおかしくなっているということ。(赤道近くの島リーヴァでは「時間の渦」が上空を1日2回通過するのが観察され、飛行機が静止したままゆっくりと西向きに横滑りしたり、上空高く螺旋を描く飛行機雲が見られるとのこと。ちょっと眉唾っぽい疑似科学は、同じ著者の『逆転世界』を思い出して懐かしかった。/笑)
 しかしそんないい加減な説明でお茶を濁すようでは、語り/騙りの名手と呼ばれたプリーストの名が廃るというもの(失礼)。何か隠された設定があるのではないかと思って最初からじっくり読んでみると、もうひとつの可能性があることに気が付いた。それはカウラーが不死人だったのではないかという事だ。最初の方にあるコラゴの章では、人を不死に変える医療処置の話が唐突に紹介される。後の方でも「コラゴ宝くじ助成金」などこの島に関する話題は時折でてくるのだが、不死の処置についてはこれっきりとなってしまっている。でもコラゴの章には「致命的な病気の明らかに奇跡的な治癒が起こった場合」は、「病人は、姿を消し、あらたな名前と身元で暮らしている」という事がはっきりと書かれている。これって、カウラーが不死人ということを暗に示しているのではなかろうか…というのが自分の読み。もしそうだとしたら、二重底になった物語を書くなんてプリーストも油断がならない。(笑)これからはジーン・ウルフを読むくらいのつもりで接した方がよさそうだ。

 以上、思いついたことをとりあえず書き出してみた。もちろん当たっているかどうかは分からない。「カウラー=不死人」というのは物語の中ではどこにも直接言及はされていない。本書には他にも解かれないままに終わる謎が沢山描かれている。例えば“死せる塔”の中から不安と恐怖を放射する存在とはいったい何だったのだろう。また、モリイータ・ケインが遺体を引き取りに行った「徴兵にとられ国境警備隊で死亡した友人の作家」とは、はたして誰だったのかも謎。ローザセイ2のラストで、カウラーがカムストンの幻影と出合った後に、煙が本物の血に変わるのも何だか意味深だ。(意味はよく分からないけど。)
 読んでいくうちにだんだんと物語の全貌が見えてくるのも愉しいけれど、錯綜する時間の流れと作者の思惑とに翻弄されるのもまた愉快。生者と死者が入り乱れ、過去と現在とが交差する不思議な空間がいつのまにか現出している本書のような作品は、自分のように「奇妙な話」をこよなく愛する読者にとっては、まるで宝箱のようなものといえるかもしれない。(ちょっと格好をつけすぎかな?/笑)

<追記>
 肝心な話を書き忘れていた。本書の一番の矛盾は、これらすべてが書かれた「ガイドブック」の序文を、チェスター・カムストン自身(!)が書いているという点。本人曰く「本書に書かれている事柄はどれをひとつとっても厳密な意味では事実に基づいていない」とのこと。そりゃそうでしょう、自分が死ぬエピソードまで描かれているんだから(笑)。この序文があることで、本書はメタフィクションとしても愉しめる”何度でも美味しい作品”になっているといえるかも。

<追記2>
 上記の文章をかいてから今日で3日目、まだ余韻は続いている。同シリーズに属する4短篇「赤道の時」「火葬」「奇跡の石塚(ケルン)」「ディスチャージ」(以前出た『限りなき夏』という短篇集に収録)を読み返したりして、色々愉しんでいる。(これらの短篇にはスライムや死せる塔といった本書と同じテーマも出てくるが、いずれも謎の答えが明かされるわけでは無い。夢幻諸島の世界により広く深く遊ぶ物語だ。)
 ツイッターでも友人知人との間で感想を言い合ったりしているのだが、そんなおしゃべりの中で、本書のもつ矛盾の理由を、所謂「信頼できない書き手」として考えるというアイデアを頂いた。要は(意図的かどうかは別にして)どこかに虚偽や錯誤が紛れ込んでいるということだ。これは面白い。どこが嘘と考えると一番しっくりくるか。
 色々と考えてみたのだが、自分としてはそもそも「序文」自体が嘘ではないかという結論(仮説)に落ち着いた。「信頼できない書き手」による文章が本書のどこかに紛れ込んでいるとするなら、それは全ての文章に可能性があるという事。もちろん序文とて例外ではない。「どれをひとつとっても、(中略)事実に基づいていない」と断言する当人こそが嘘であるというのは、「クレタ島人は嘘つきである」といっているようでなんだか変な感じもするが。(笑)
 序文を書いたのも当然カムストン本人とは限らない。カムストン自身が生きていた時代から少なくとも1世紀ほど後との時代に編纂されたガイドブックなわけだしね。そうなると序文を書いたのは誰か?という疑問が残る。自分が考える仮説はこうだ。
 ひとつは「作者自身」であるという説。「カウラー=不死人説」で一応は説明がつきそうな本文を全て否定することで、メタフィクションとしての面白さが生まれている。そう考えると、その向こう側に作者プリーストがニヤニヤ笑う顔が透けて見える気がしないでもない。(苦笑)
 あくまでフィクションとして結着を付けるのであれば、序文を書いたのは「自分が死んでいる事を知らないカムストン」という事もありうるかも。ミークァ/トレムの章で軍によりトマックに施されていた「人体実験」らしきものが、何らか関係している可能性もなくはない。
 うーん、謎は深まるばかりだ。まあ、べつに全部解ける必要はないんだけれどね(笑)。いずれにせよ後からこれだけ愉しめるってことは、本書が傑作であることの証拠。どうやら他にも同シリーズの作品があるようだし、是非とも本書がたくさん売れてそれらも訳されて欲しいなあ。
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序文

思いっきり「騙り」でしたね。序文。途中で何度も読み返しちゃいました。
あと、あの惑星(この作品)全体が「渦」の存在による「ゆらぎ」を内包していて、「シュレディンガーの猫」状態なのではないか、という解釈を思いつきました。短編ごとの異なる視点での「観測」で一見収束するけど、異なる「観測」を行なうと別の収束をしてしまう、とか。

たこい様

色々な解釈ができる物語ですよね。ほんと、面白いです。

「ゆらぎ」ですか、それもまた楽しい解釈ですねえ。
視点が異なれば世界が違うというのは、
プリーストが初期からこだわっているモチーフでもありますものねえ。

どうやら未訳作品にもこれらの問いに対する答えはないそうなので、
(”ある筋”からの情報です/笑) どんな読み方もある意味正しいかと。(^^)
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