『隠れていた宇宙(上・下)』 ブライアン・グリーン ハヤカワ文庫NF

 “〈数理を愉しむ〉シリーズ”の一冊。著者は物理学の専門家であり超ひも理論を研究している人。第一線の研究者でありながら平易な一般向けの科学解説書も書けるという多彩ぶりで、著作はどれも全米ベストセラーになっているそう。以前、一作目の『エレガントな宇宙』を読んだら面白かったので、本書も文庫化されたのを知りさっそく買って読んでみた。
 内容をひと言でいうと「最新宇宙物理学により明らかにされた“多宇宙”すなわち並行宇宙の世界観を紹介したもの」となるのだが、これだけでは宇宙に興味が無い人は何のことか分からないだろう。本書でも初めてこの手の話題に触れる人のため、全体の1/4ほどがこれまでの研究成果のおさらいにあてられている。なるだけ簡単にまとめてみよう。

 惑星の大まかな動きを記述するには、万有引力に代表されるニュートン物理学が役に立つ――というか、それだけでほぼ充分で、19世紀末まではその状態が続いていた。しかし少しずつ、つじつまの合わない現象が観測されるにつれ、ニュートン物理学を取り込む形でアインシュタインによる相対性理論が登場し、状況が一変する。相対性理論ではそれまで絶対的なものとされていた空間や時間が、観測者の状況によりいくらでも変化する相対的なものと定義された。そして一般相対性理論の解を求める過程で「ビッグバン」やブラックホールという、それまでに無かった新たな概念が生まれることに。
 一方ではミクロの世界をさぐる研究も順調に発展し、粒子と波の両方の特性をもつ「量子」という概念が生まれていた。量子の奇妙な振舞が実験で検証されていくにつれ、シュレーディンガーらにより量子力学という分野が確立。しかし不確定性原理により導き出された「観測者問題」というどうにも納まりの悪い概念は、解決不能な状態のまま現在に至っている…。(*)

   *…厳密にいえば解はあるのだが、それは我々にそっくりなものも含めた無限の宇宙
     (=「多宇宙」)が存在することを認めるというもの。自分のように「面白ければ
     何でもいい」というお気らく人間ならともかく、科学者の中にはそのような屁理屈
     は到底受け入れがたいという人もいて、数十年の長きに亘り論争が続いている。

 さてマクロな宇宙理論の方はビッグバンから更に研究がすすみ、「インフレーション理論」など様々な補正を加えながらも破綻なく発展し、大きな問題である「宇宙の始まりはどうだったのか」と「宇宙の最後はどうなるのか」にもメスが入れられるようになってきた。ビッグバンモデルによれば「宇宙の始まり」は限りなく小さな領域に閉じ込められる事になるため、先ほどの量子力学の力が無視できなくなってくる。すなわち相対性理論(マクロ)と量子力学(ミクロ)を矛盾なく結びつける理論が必要となるわけだ。(そのまま繰り入れると特異点というものが生じて式が成り立たない。)
 また、後者の「宇宙の最後」については宇宙が膨張し続けて発散するのか、それともいつか膨張が止まって収縮に転じるのかを決定するには、宇宙にある物質の総量がどれだけあるかの推定が重要なポイントとなる。しかしいくら調べても計算から導き出される質量の総量は、実際の観測から導き出される量に及びもつかない。これまでの宇宙モデルはこの点で破綻してしまっているのだ。従って新しい宇宙理論は量子力学とともに、この問題も解決できるものでなくてはならない。
 そんな中、1980年代から俄然注目を浴びるようになったのが、著者が専門とする「超ひも理論」というわけ。これは量子の正体が粒(点)ではなく「振動する小さな“ひも”」であると仮定し、しかも空間は通常考えられている3次元ではなく微小空間に閉じ込められた6次元を合わせて9次元(時間を入れると全部で10次元)であるという理論だ。一見、突拍子もない話に思えるのだが、これを基にした解析を行うとこれまでの色々な不都合(特異点の存在など)をうまく解消できることが分かっている。さらに現在では、何通りかあるひも理論の計算の仕方を全て包括する形で、「M理論」とよばれる次の展開も始まっている。現在最も有望な宇宙理論として世界中で研究が進められているのが超ひも理論なわけだ。
以上、大雑把な宇宙物理学の歴史のおさらい終わり。簡単にまとめるつもりが結構長くなってしまった。(苦笑)
 しかもこれが本書の主題というわけではなく、あくまでも前振りに過ぎない。全体の残り3/4あまりは、もっとややこしくてもっと不思議な話にあてられている。その話こそが、これまで出てきた様々な理論から合理的に導き出される、数多くの「多宇宙」の概念なのだ。
 紹介される「多宇宙」は全部で9つあるが、どれも基本的には「無限の数の宇宙が考えられるなら、そこには無限の組み合わせが存在する。従ってかならずどこかには、我々そっくりな宇宙も存在するだろう」という、ある意味アタマが痛くなるような内容。本書に書かれているのは、それを認めることが可能か?という思考実験といってもいい。(現在では真偽の検証方法が見つかっていないため、どれも間違いであるとは言い切れないのだ。)
 ちなみに多宇宙のアイデアは、例えば近代の宇宙理論から導き出されるもの(「パッチワークキルト宇宙」など)もあれば、ひも理論から導き出されたもの(「ブレーン宇宙」など)、さらにはコンピューターシミュレーションに起因するような、純粋に理論上のものまでさまざま。以下に紹介してみよう。

 1)パッチワークキルト多宇宙
   「無限の大きさ」を持つ宇宙の中では必ずどこかで同じ状態が繰り返されるという考え
   に基づくもの。(古くはブランキの『天体による永遠』でも披露されていたアイデア)
 2)インフレーション多宇宙
   永遠に続く「宇宙インフレーション」は互いに不可触な無数の「泡宇宙」を生む。我々
   の宇宙のその中のひとつに過ぎないというもの。
 3)ブレーン多宇宙
   ひも理論によれば我々の宇宙のある「3次元ブレーン」(brane≒膜の意味の造語)は
   さらに高次元の場所に浮かんでいる。とすれば、他のブレーンには同様に無数の宇宙
   が存在する可能性がある。
 4)サイクリック多宇宙
   上記のブレーン同士の衝突によりビッグバンのような状態がおこり、時間的に並行な
   無数の宇宙が生じる。
 5)ランドスケープ多宇宙
   これも同じくひも理論によるアイデア。ひも理論による「余剰次元」の考えを受け入れ
   るなら、色々な物理定数も現在の数値である必然性はない。従ってあらゆる定数の組み
   合わせの宇宙が存在する可能性がある。
 6)量子多宇宙
   量子力学で生じる矛盾について「コペンハーゲン解釈」(**)を受け入れる代わりに
   でてくる考え方。量子の確率波が収束する瞬間ごとに、無数の枝分かれした宇宙が並行
   して生まれ続けているというもの。1957年にエヴェレットにより提唱された。
 7)ホログラフィック多宇宙
   ホーキングのブラックホールのエントロピー(≒情報の蓄積)に関する研究から派生し
   た、数学的な多宇宙アイデア。遠くの境界面で起こっている状態が、我々の宇宙の時空
   内部に映し出されるというもの。(数学的に導き出されるな概念だが、難しすぎて正直
   よく分からない。/笑)
 8)シミュレーション多宇宙
   これも数学的アイデア。計算可能な宇宙群のシミュレーションは無数にあり、その中に
   我々の宇宙も必ず存在する。とすれば他のあらゆる宇宙も存在するだろうという理論。
   (我々が今いる宇宙もシミュレーションの結果でないとは言い切れないことに...。)
 9)究極の多宇宙
   数学の「背理法」を使ったような感じの、純粋に理論上から考え付く多宇宙。我々の
   住む宇宙が唯一無二(つまり特別な存在)である理由が説明できない以上、他のあらゆ
   る宇宙も実在しており我々の宇宙は「たまたまその中のひとつに過ぎない」と考える
   しかないというもの。非常に哲学的な考え方に思える。

  **…ごくごく簡単に言えば「矛盾については考えてはいけない。とにかく物理現象が
     説明できているんだから、その理由については触れないこと」という見解。
     コペンハーゲンのボーア研究所により提唱されたのでこの名がある。

 後ろの方の「シミュレーション宇宙」や「究極の多宇宙」まで行ってしまうと、もはや科学の領域を超えて純粋に思弁的な世界に入りこんでしまっている。「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というのは、科学解説書も書いていたSF作家アーサー・C・クラークの有名な言葉だが、本書を読んでいるとまさに「充分に発達した科学理論は、純粋な思弁と見分けがつかない」とでも言いたくなってくる。
 本書はあくまでも一般向けの解説書であり、数式は殆ど使われていないのでとっつきやすい。(その割にはあまりに飛躍した概念にちょっと茫然としてしまうところもあるが/笑)
 暑い夏の夜、浮世のしがらみを離れて悠久の世界をネタに遊ぶには、ちょうどいい本かもしれない。“〈数理を愉しむ〉シリーズ”とはよく言ったものだと思うよ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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