読書快楽原理主義

 日頃から色んな種類の本を読んではいるが、べつに何かの“勉強”をしようと思って読んでいるわけでは無い。昔からそうだが、自分にとって読書とは効果効能を期待してするものではなく、純粋に愉しみのために行うもの。功利主義ではなく快楽主義とでも言えばいいのかな。学術書だって科学解説書だって、読む時はみんなそう。これまで知らなかったことを知るのが愉しくて仕方ないから読んでいるだけ。何の役にも立たない読書と言われれば返す言葉はない。(笑)
 そんなわけだから日頃手に取る小説などでも、セレクトが結構偏ったものになっている。このブログをご覧になられている方なら良くご存じと思うが、ジャンルとしては幻想怪奇/SF/ファンタジー/ミステリといったところが多い。
 思い返すと、学生の頃は本のジャンルへのこだわりがかなり強かった気がする。「SF」あるいは「ファンタジー」といった小説を集中して読んでいた時期もあった。詳しいところはもう忘れてしまったが、当時はそれらのジャンルの本については、自分の中で「こうあるべき」といった確固としたイメージをもっていたような気がする。(*)

   *…ツイッターなどでもたまに「こんなのは○○じゃない!」といっているのを見かける
     ことがあるが、これもジャンルへのこだわりや思い入れが強いからなんじゃない
     だろうか。自分の理想とするイメージと実際に目にするものとが食い違う時、それ
     に感じる苛立ちがついそのような発言をしてしまう原因になるのだと思う。

 それに比べると今の自分はかなり緩い(笑)。相変わらずその手の本は好きだが、それぞれのジャンルを隔てる壁はかなり低くなっている気がする。(溶けて無くなっていると言っても良いほど。/笑) 「幻想」や「怪奇」、「SF」に「ファンタジー」といったジャンルが混然となって、「現実とは違う“変な小説”」といった括りで何となく存在している感じだ。
 たとえば「SF」という括りで書店に並べられている小説群には、幻想味の強いのもあれば抒情的なのもある。抽象的な論理の極限を求める難解なものもあれば、スターウォーズのようなスペオペにミリタリーSFまで、様々なタイプが一括りにされている。「ファンタジー」のジャンルだってそうだ。『指輪物語』のように異世界を丸ごと創造した壮大な作品から、怪奇や恐怖の要素が強いダークファンタジーや剣と魔法の冒険活劇まで色々。(ファンの間でいまだにSFやファンタジーの定義について議論になるのは、もしかしたらそのせいかも知れない。)
 ここで大事なのは、自分はそのジャンルに括られている小説の全てが好きなわけじゃないということ。(これは当時だけでなく今でもそう。いくら愉しみのために読むといっても、いや、だからこそ余計に好みというのはあるわけで...。)ましてやこだわりが強かった学生の頃は、少ない小遣いで買った本が好みに合わなかった時のガッカリ感とやり切れなさたるや、それは大変なものだった気がする。人生経験が少ないだけにおそらく物事を許容できる幅も小さかったろうし、今ならそこそこ愉しめる作品でもダメ出しをしていたのではなかろうか。
 ジャンルへのこだわりが強くなればなるほど「自分で納得がいかない作品」への違和感が強くなり、そのジャンルが好きだが嫌いというアンビバレントな気持ちに捉われてしまっていたようにも感じる。(あくまでも「今にして思えば」なんだが。)
 
 もっと遡って考えると、本を読み始めたばかりの頃はジャンルなんてものは全く意識になくて、せいぜいが“こわい話”とか“おもしろい話”“かなしい話”といった程度の区別しかしていなかった。それがたとえば「自分が好きな本はSFという本なんだな」とか「ミステリは面白いな」と思うようになったのは中学生のころ。
 最初は「面白いからそのジャンル(の本)を読む」だったのが、やがて年数を重ねるうち何時の間にか「そのジャンルだから読む」に変わり、やがて「読んでおかなければ」といった気持ちが増すにつれて、段々と詰まらなくなっていったのではなかったか。(社会人になってからしばらくして、学生時代にあれほど夢中になっていたジャンルの本を一時期ほとんど読まなくなったのもその理由。)
 今は基本的に「面白ければ何でも読む」というスタンスなので、細かなジャンルや作品の出来不出来に拘泥することなく、自分の嗜好に合いそうな本を適当に物色する感じ。(もちろん好きな本と出合う確率を高めるために、ある程度の目安としてジャンルを活用してはいるが。)
 結局のところ自分が読みたいのは“あるジャンルの本”ではなく、単に世界中の“変な小説”なのだということなのだろう。振り返ってみれば、例えば江戸川乱歩の小説をミステリと思って読んだことなんて、これまで一度も無かった気もするし。好きな本は好きな本、それでいいんじゃないだろうか。
 かなり遠回りはしたけれど、自分の本当に読みたい本について気付くことが出来たのは幸いだったと思うよ。これからもきっと、まだ見ぬ本との出会いを夢見ながら、そのあたりのジャンルを広くゆるく回遊していくのだろうな。そんな気がする。

 今回はとりとめの無い話で失礼しました。
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No title

読んで偉いとか、教養を深めたいというわけじゃなく、ただ楽しいから、欲求を満たしたいから読む、という気持ち、分かるような気がします。
「役に立つ読書って?」と考えると、難しいですよね。
研究者や特別な仕事でもなければ歴史本読んでもお金になるわけじゃないし。研究者だって、歴史本以外も読みたいでしょうし。

「シンプルに。ただ楽しむために」を何事にも感じるよう(考えよう)となってきた今日この頃です。

慧さま

こんにちは。ご訪問ありがとうございます。

勉強のために読む、という姿勢を別に否定はしないんですけどね。
自分自身は子どもの頃から読書は愉しみのためのものだったので、
勉強や知識を得るためだけにする読書というのはどうも苦手です。
私にはやはりお気楽が向いているようです。

「シンプルに。ただ楽しむために」・・・いいですねー。
そういう生き方には憧れちゃいます。(笑)

気張らずに自然体で暮らしていけたらいいですね。(^^)

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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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