『黄夫人の手』 大泉黒石 河出文庫

 「大泉黒石(おおいずみこくせき)」という名前を知ったのはつい先日。文庫の新刊情報でのことだった。「解説は由良君美」という言葉が目に留まったのだが、そうでなければおそらくスルーしていただろう。「生誕120年」とか「異色作家の初文庫」という宣伝文句に心を惹かれ、書店で買ってみたのは良いけれど、帯にある「国際的な居候」「日本のゴーリキー」というあおりを見ても、どんな作家なのか今ひとつ分からない。一度は全集も出ているようだが、今では忘れられてしまった人のようだ。表紙カバーの見返しにある紹介文によれば、著者の大泉黒石は大正から昭和にかけて活躍した作家で、ロシア人の父と日本人の母のハーフとのこと。ついでにいえば俳優の大泉滉は黒石の三男らしい。ふーむ。
 先ほども書いたように本書は著者の初文庫化ということで、「黒石怪奇物語集」という副題がついている。(ちなみに表題作の「黄夫人」は“き”ではなく“ウォン”と読む。)目次によれば収録作は以下の8つで、そこに自分の好きな文学者・由良君美による掌伝と解説がつくという豪華版だ。あいかわらず作風の予測がつかないのだが、こんな時はまず読んでみるに限る。

 「戯談(幽鬼楼)」  …幽霊がでる旅館探訪の顛末を描いたオーソドックスな幽霊譚
 「曽呂利新左エ門」  …頓智で有名な曽呂利新左エ門が太閤に語る奇妙な話
 「弥次郎兵衛と喜多八」…落語の人情話を思わせるような、ちょっと恐ろしい人間模様
 「不死身」      …死ねない呪いをかけられた寡婦の運命を描く小篇
 「眼を捜して歩く男」 …一枚の絵にかける、画家の鬼気迫るまでの執念
 「尼になる尼」    …西南戦争によって引き起こされた不思議な運命
 「青白き屍」     …脱走した男を待つ過酷な逃亡生活。ラストは凄絶だが美しい
 「黄夫人の手」    …死んだ夫人の手が巻き起こす恐怖を描く一篇

 最初の1、2作を読んだ雑駁な印象では、久生十蘭のスタイルで内田百閒のような話を書いたという印象。活躍したのは大正期から戦前にかけてのようだが、ユーモアもあって少し虚無的な雰囲気(ニヒリズムではなくアナーキズム)も見え隠れする独特のスタイル。うん、悪くない。「怪奇物語集」といっても超常現象ばかりではなく、スリラーや冒険物まで色んなジャンルが収録されているようだ。
 最後まで一気に読み終わって巻末の解説を読んだところ、坂口安吾や石川淳といった昭和無頼派の源流であったように書いてある。なるほど納得がいった。ひとつ付け加えるならば、井上ひさしにもつながるものがあるかも。(別に子息・大泉滉氏のドラマの代表作である『モッキンポット師の後始末』(井上ひさし原作)にひっかけたわけでは無いが。/笑)
 著者が活躍した頃の怪異譚にはもちろん面白いのも多いんだけど、中には心象的な描写が延々と続いたり、とってつけたような説明があったりして、ちょっと興醒めしてしまうのも多い気がする。しかし本書の場合はそんなことは無かった。筋運びも自然で、わざとらしさがなく好い感じ。きっと物語の組み立て方が上手いのだろう。このあたりが久生十蘭を連想した理由なのかもしれない。どれも面白かったが、特に気に入ったのは正統的な幽霊話である「戯談(幽鬼楼)」に、ミステリでいうところの“リドル・ストーリー”の手法を取り入れた「曽呂利新左エ門」。鬼気迫る描写と感動的なラストの「眼を捜して歩く男」や、芥川もしくはゴーリキーを思わせるところもある「青白き屍」あたりだろうか。もちろん表題作も「墓場鬼太郎」のエピソードみたいで愉しいし、「尼になる尼」もラストの急展開が悪くない。まあ、ぶっちゃけ全部良かったという事で(笑)。
 デビュー作の『俺の自叙伝』や、『人間廃業』『老子』といった他の作品もいちど読んでみたいな。続けて河出文庫で復刊してくれないだろうか。
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No title

これは内田百閒ファンとしては気になる本ですね。
河出、チェックします。
ところで、以前紹介して頂いたエッセイ、とても面白かったです。
また、なにか舞狂さんのオススメを2、3冊程ぜひ...笑

慧さま

こんばんは。
内田百閒といえば、つい先日、平凡社ライブラリーから『百鬼園百物語』という本が発売になっていますね。(私はまだ実物を見てませんが。)
なんでも、百閒先生の小説や随筆や日記をごちゃまぜにして百物語に仕立てたものらしいです。百閒ファンにはお奨めかも知れません。

オススメ本ですかー。難しいですねえ(笑)
岸本さんのエッセイが気に入られたのでしたら、白水Uブックスからもう一冊『気になる部分』というのも出ています。最近もう一冊出たのですが、そちらは何せ単行本なので、Uブックスの方が気軽に手に取れると思いますよ(^^)

小説でも宜しければ、倉橋由美子『完本 酔郷譚』(河出文庫)なんかは如何でしょう。夢と現実の境目がとろとろに溶けるような幻想譚です。
(こんなので参考になるのかなあ???)

No title

ご無沙汰しています。
内田百閒と言えば、千代田区六番町にお住まいだったそうで、先日首都圏版の朝日新聞に愛猫のノラのエピソードが載っていました。
私の勤務先が四ツ谷駅前というか、六番町なので、この近くにお住まいだったのだと。ほとんどビルに代わってしまったこの界隈ですが・・・

そうそう、不忍池の蓮はご覧になりましたか?
毎日暑いですが、ますます読書に励んでくださいね。

rio様

どうもお久しぶりですw

そうなんですか、百鬼園先生は六番町にお住まいでしたか。

私も以前は二番町や麹町にあるビルによく通っていたので、
懐かしいです。

残念ながら不忍池には未だに行けず仕舞いです。
東京出張はそこそこあるのですが、
どこにも寄れずにとんぼ返りを繰り返しています(泣)

rioさんも暑い日が続きますがご自愛くださいね。

No title

はじめまして。

わたしも、この本ではじめて大泉黒石という人物を知って、他の作品にも興味を持ち始めました。といってもまだ手を付けていないのですが……

『人間廃業』ならば、志木電子書籍というところから電子書籍化されているので、読むことができます。
他の作品も国立国会図書館のサイトでデジタル化されています。ただし、こちらはおそろしく読み辛いです。

Takeman様

どうも初めまして。
拙ブログへのご訪問とコメントをありがとうございます。

大泉黒石おもしろいですよね。

ところで『人間廃業』、電子書籍で出ているんですか!
でも残念、私は電子書籍をもっていないのです(苦笑)。
(そのうち買おうとは思っているのですが…。)

そのうち気が向いたら、
またお越しいただけると嬉しいですw

それではまた。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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