2013年6月の読了本

 先月は「物語強調月間」だったが、今月の個人イベントは「ノンフィクション強調月間」(笑)。いつもよりノンフィクションの比率をちょっと高めにしてみた。7月はどうしようかな。

『ジャガイモの世界史』 伊藤章治 中公新書
  *副題は“歴史を動かした「貧者のパン」”となっている。かつてインカ帝国の発展を支
   え、その後スペインからヨーロッパ全土へと広まったのちアジアやアメリカ合衆国など
   世界中へと伝えられたジャガイモの歴史は、そのまま紛争と革命とそして救荒の歴史に
   重なるもの。本書によれば英国支配下のアイルランドやフリードリヒ大王のもと国力増
   強に努めたドイツ(プロイセン)、フランス革命前夜のフランスにデカブリスト(十二
   月党)らによる蜂起の起こった帝政ロシアといった国々で、貧しい人々の命をつないだ
   のはジャガイモだったのだという。栄養価が高くてたくさん採れるうえ、栽培の手間が
   要らずに寒い地域でも育つこのすぐれた農作物が歴史の裏で果たした役割を、丹念な
   取材で示した労作といえるだろう。日本における明治から昭和にかけての哀しい歴史、
   すなわち北海道入植や女工哀史、満蒙開拓団やシベリア抑留といった事柄にも多くの
   ページが割かれており、民衆からみた現代史としても読むことも出来る。
『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』 岡谷公二 河出文庫
  *「理想宮」とは19世紀後半にフランス南東部の小さな村に住んでいた一介の郵便配達夫
   が、33年という長い期間をかけてたった一人で作り上げた異様な建築物。世界中の建物
   や神話、更には心の奥底に眠る夢までを全てごっちゃにして、配達業務の傍ら拾い続け
   た石ころをコンクリートで固めたその外観は、どこか異国の神殿のような雰囲気さえ
   する。(日本ならば失われた怪建築「二笑亭」のようなものかな。)
   本書は、作者シュヴァルの死後にシュールリアリズムの芸術家たちによって絶賛され、
   近年ますますその評価が高まっている不思議な“宮殿”について、その成立過程と概要
   を紹介したもの。シュヴァルを“偉大なる日曜画家”であるアンリ・ルソーや、幻想小
   説『アフリカの印象』『ロクス・ソルス』の作家レーモン・ルーセルと並ぶ、「大無意
   識家」として論じた最終章は斬新。3人を互いにジャンルこそ異なるものの、いずれも
   (誰かの系譜の先ではなく心の赴くままに探求していった)ユニークかつ孤高の人物と
   して論じていて面白い。言われてみればなるほど納得。
『ミャンマーの柳生一族』 高野秀行 集英社文庫
  *著者は「早稲田大学探検部」出身の辺境探検ライター。破天荒でべらぼうに面白いノン
   フィクションばかりを書いている人物なのだが、今回は探検部の先輩でもあるミステリ
   作家・船戸与一氏の取材旅行のお供で「合法的」に軍事政権下のミャンマーを旅すると
   いう異色ルポ。軍政を徳川幕府に、泣く子も黙る軍情報部を柳生一族に、そして当時の
   情報部トップのキン・ニュンを柳生宗矩に喩えるというとんでもない荒業で、複雑怪奇
   なミャンマーの国政を一目瞭然にしてしまう手つきは鮮やかなものだ。話自体も爆笑の
   辺境珍道中記となっていて一気読みしてしまった。久しぶりに氏の本を読んだのだけれ
   ど、またハマってしまいそう(笑)。
『古代への幻視』 日本文化デザイン会議/編
  *梅原猛と中沢新一を始めとして、手塚治虫/高橋富雄(東北大教授・歴史学)/竹山実
   (建築家・武蔵野美大教授)/藤村久和(北海学園大学教授・アイヌ文化)/大須賀勇
   (舞踏家・白虎社代表)といった、総勢7名にも及ぶ錚々たるメンバーによるディスカ
   ッションを記録した本。前半部には梅原猛が代表をつとめた「日本デザイン会議」の
   一環として、81年と86年に開かれたパネルディスカッションが2本収録されている。
   ひとつめは梅原/高橋/藤村/竹山の各氏による「日本文化の源流としての縄文文化と
   アイヌ文化」について。ふたつめは梅原/手塚/大須賀/中沢の各氏による「古代への
   “幻視”による現代の逆照射と未来への展望」。話題は折口信夫やバリ島の影絵、熊野
   信仰について、そして手塚氏がインターン時代に体験した臨終の様子についてなど盛り
   だくさん。古代をどうとらえるか、そしてそれをいかに芸術なり学問に昇華していくか
   について書かれている。「古代を見るという事は、生きとし生けるものを慈しむために
   自らの思想を見直すということ。つまりは未来を考えることに他ならない」のだとか。
   そして後半はそれらを踏まえての、梅原と中沢の両氏による対談が2本。(ちなみに本書
   の題名にもある“幻視”とは、直感的に古代のビジョンが見えてくるという事であり、
   論理の手前の仮説になる前の段階のことを指すらしい。)
   梅原/中沢のお二人とも、題名のとおり自由な想像と直感による意見交換を愉しんでい
   る様子。例えば神道が古代のある時期においてアニミズムからシャーマニズムへと変化
   し、権力構造に親和性を持ったこと。それとともに本来はヒューマニズムであったはず
   の仏教が、逆にアニミズムの要素を加えていったのが日本独自の流れなのではないか?
   とか。(まさに「山川草木悉皆成仏」の世界。)また神道に「穢れ」の概念が入りこん
   だのは、もしかして中国の道教からの影響ではないのか?など。学術的にはどうだか知
   らないが、なかなか魅力的な仮説が開陳されている。何かを生み出すわけでも無く検証
   できるわけでもない「永遠の仮説」を語ることや、そして読者がそれを読む意味がどこ
   にあるのかと問われれば、凝り固まった思考を解きほぐすマッサージとでも答えたい。
『東北学/忘れられた東北』 赤坂憲雄 講談社学術文庫
  *雪景色に埋もれた、稲を作る常民たちの東北という、柳田民俗学への異議申し立てから
   始まった赤坂東北学のきっかけとなった本。本書によれば、実は東北の稲作の歴史は
   まだ浅い。米は西南日本に広がる温暖な大和の国においては古代から国家の租税対象で
   あり様々な欲望の対象でもあったが、関東以北に地ではそうではなかった。米をつくる
   ことを東北の地に人々が選択したとき、彼らは同時に日本という国と対峙することを
   選んだのだと著者はいう。東北の民はある時期に朝廷に支配された側でありながら、
   しかも自らを支配者側の視点から語る伝承しかもたない。柳田民俗学の「常民」とは、
   東北の人々のそのように屈折した意識・背景の上に作られた「幻想」であったのだと。
   文章が熱い。宮沢常一氏が『忘れられた日本人』で射程に捉えていた事柄を、そのまま
   東北の地に見出してやろうという、著者の気概がここからは感じられる。稲作以前の
   抹殺されてしまった東北と、かつてそこに住んでいた人々に思いを馳せる時、梅原縄文
   学やアイヌ学とも重なってくる視点といえるかもしれない。
『買えない味』 平松洋子 ちくま文庫
  *もとは雑誌『dancyu』に掲載されたエッセイで、その中から50篇を選び編集し直した
   もの。さらりとキレがよくてほんのりユーモアもあって、こういう感じの文章は好きだ
   な。嵐山光三郎氏のエッセイ『素人包丁記』をもっと品良くしたような印象と言えば
   いいか。とはいっても本書は『素人包丁記』のように料理そのものを題材にしている訳
   では無くて、台所用品を中心とした生活用品が主なテーマ。おもわず真似をしたくなる
   ような著者の愉しい日常が紹介されている。お金を出しても「買えない味」というのは
   実は日常の中にある美味しさの事であり、ともすれば簡単に消えてしまう淡い味わいで
   もある事を、本書は気付かせてくれる。生活を愉しむ達人は世の中にまだまだ沢山いる
   んだなあ。それにしても、ちくま文庫のエッセイはどれもレベルが高いなー。
『奇跡の大河』 J.G.バラード 新潮文庫
  *ニューウェーブSFの立役者バラードによって1987年に発表された長篇小説。スピルバ
   ーグによって映画化もされた『太陽の帝国』の後に書かれた作品だが、一見まるで初期
   の幻想的な作風に戻ったかのような、幻の大河が生まれ消滅するまでを描いている。
   学生時代に初めて読んだ時は「地味な話だなあ」と思ったが、数十年ぶりに読み返して
   みて印象が変わった。これhなかなか一筋縄ではいかない小説だねえ。じっくりと時間
   をかけて考えてみたい。
『新・アジア赤貧旅行』 下川裕治 徳間文庫
  *著者はアジアを中心とした「貧乏旅行」をテーマにしたルポやエッセイを得意とするラ
   イター。せかせかした日本の空気からドロップアウトした「ゆるい時間」が読みたくな
   ると、ついこの人の本を手に取ってしまう。ただしアジアを見るということは、必ずし
   ものんびりした良い話ばかりでなく、辛くて哀しい話も同時に味わうことでもあるんだ
   けどね。
『日本SF短篇50 Ⅱ』 日本SF作家クラブ/編 ハヤカワ文庫
  *日本のSFの歩みを50人の作家による50の作品で振り返ろうという企画の第2巻。本書
   に収録されているのは1973年~82年までの10作品。山野浩一「メシメリ街道」/矢野
   徹「折紙宇宙船の伝説」/小松左京「ゴルディアスの結び目」は何度読んでもツボだな
   あ。あと気に入ったのは夢枕獏「ねこひきのオルオラネ」や大原まり子「アルザスの天
   使猫」あたりか。(もちろんどれも及第点はとれている作品ばかりだけどね。)後半は
   雑誌でリアルタイムで読んでいただけに「懐かしい」のひと言につきる。読むほどに
   学生時代の甘酸っぱい記憶が甦ってくるようだ。本で退官するセンチメンタル・ジャー
   ニーみたいなものか(笑)。
『ゴドーを待ちながら』 サミュエル・ベケット 白水Uブックス
  *1953年にパリで初演された不条理演劇の金字塔『ゴドーを待ちながら』。本書はベケッ
   トによって書かれたそのシナリオ。意外と新しい作品だったので驚いた。(ちなみに
   「ゴドーを待つ」という行為自体にはなんら意味は無く、2時間の舞台をただひたすら
   無意味に且つ興味深く過ごすための約束事に過ぎない。)超有名な作品なので何となく
   内容は知っていたのだが、それで分かった気になっているのは宜しくない。今回白水U
   ブックスに初めて収録され、入手しやすくなったのを機にさっそく読んでみた。で、
   どうだったかというと意外と中身はコミカル。構えて読み始めたのだが、「不条理」と
   いうほど難しいわけではない。エストラゴンとヴラジーミルという二人の男が、ただ
   ひたすらゴドーという男を待ちながら過ごす2日間を描いたものだ。他にはポッツォと
   いう威張ったおやじに“クヌーク”と呼ばれるよく解らない存在のラッキーという男、
   そしてゴドーの使いだという男の子が出てくるくらい。これらの人々があれこれ掛け合
   いのようなやり取りを、ただ延々と続けるだけの話なわけだが決して読み難くはない。
   誤解を恐れずに言えばディレイニーの『ダールグレン』にも似た「とりとめの無さ」
   がある。深読みしようと思えば幾らでもできるし、愉しみ方が色々あるという点では、
   やはり“古典”というに相応しいといえるかも。
『詭弁論理学』 野崎昭弘 中公新書
  *刊行から35年以上に亘って親しまれているロングセラー。書名からもっと堅苦しい内容
   を想像していたのだが、全然違った。自分の意見をゴリ押しする「強弁」と相手を丸め
   込もうとする「詭弁」。いずれも実生活でははなはだ迷惑なものではあるが、論理学の
   演習として考えると面白い遊びのネタになる。語り口にもユーモアがあってまるで多胡
   輝氏の名作パズルシリーズ『頭の体操』みたい。著者は数学的な論理の専門家なので、
   理屈の通らぬ「強弁」を扱った前半よりは、色々な論理が愉しめる「詭弁」や「矛盾」
   を扱った後半の方がより愉しめるかな。
『タタール人の砂漠』 ブッツァーティ 岩波文庫
  *士官学校を出て初めての勤務に心躍らせる青年将校ドローゴが赴任したのは国境線上の
   荒地に面したバスティアーニ砦だった。国境守備隊の人々はタタール人の襲来をいつま
   でも待ち続ける...。設定からはカフカの諸作品やベケットの『ゴドーを待ちながら』
   のような不条理小説を想像していたのだが、読んでみたら全然違った。不条理は不条理
   でもあえていうなら「世の不条理」。サラリーマンには身につまされる。
『やっとかめ探偵団危うし』 清水義範 光文社文庫
  *名古屋弁丸出しのユーモア推理小説の第2弾。今回は名古屋市西部に広がる田園地帯の
   富田町にあるスーパー銭湯で起こった連続殺人がテーマ。(ローカルだねえ。/笑)
   本書は以前ある方からお薦め頂いたのだが、今では新刊で手に入らないとのこと。仕方
   がないので古本を購入して読んだ。ミステリとしても骨格がしっかりしていて良く出来
   ている。(名古屋人には更に年寄りが使うディープな名古屋弁を味わうというお愉しみ
   も。)これだけ面白いのに今では入手困難だなんて、もったいないなあ。
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No title

あまりに雑食なので、「ぼくも月ごとにテーマ設定して読書しようかなー」と思いはじめてます。
とりあえず神保町行って決めてみます。

慧さま

こんばんは。

何の気なしに初めて見ましたテーマ読書ですが、結構面白いもんです。また面白そうなテーマを考えてやってみたいと思っています。

とりあえず神保町」ですか、いいですね~。
羨ましいです(笑)。
好いテーマが見つかるといいですね。

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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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