『死者たちの回廊』 小池寿子 平凡社ライブラリー

 中世ヨーロッパ社会にはどことなく死のニオイが付きまとう。カトリック教会による異端審問や戦争、それに疫病などによる大量の死者たち。古い教会の写真などをみていると地下に巨大な納骨堂があったり、もしくは壁に骸骨の絵が描かれていたり...。日本では世が乱れると『方丈記』や『平家物語』に見られるような“無常観”が広まったが、ヨーロッパでも事情はよく似たものがあったようだ。
 中世を代表する画家であるブリューゲルにも『死の勝利』と名付けられた不気味な絵がある。大鎌をもって馬上から襲いかかる骸骨と逃げ惑う民衆たち。圧倒的な死の力になすすべもなく連れ去られていく人々の絶望と焦燥の姿に、おもわずどきりとしてしまう。こういった「メメント・モリ(死を想え)」の思想がどこから来たのか以前から興味があったのだが、今回本屋で良さそうな本を見つけたので買ってみた。それが本書『死者たちの回廊』。

 著者の小池氏は美術史家であり「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」と呼ばれる中世教会の壁画を研究している方だそう。本書の概要によれば、フランスとイタリアを回りながら各地に残された「死の舞踏」がどのようにして成立したかを語った歴史紀行であるとのこと。
 ただし実際に読んでみたところ、「紀行文」というにはすこし抵抗がある感じだった。旅先についての記述はさほど多くなく、その殆どは「死の舞踏」を始めとする数多くの“死の絵画”に関する考察に費やされている。さらに言えば著者の旅程とその章で考察されている地域がリンクしていないため、よけいに旅の流れが分かりにくいものになったきらいがある。(*)
 したがって本書は旅の本としてではなく、むしろ普通の研究書として読んだ方がいいのではないかと思う。それでも充分に面白いから。

   *…旅そのものは、北イタリアの中央部に位置するセリアーナ渓谷近くの都市・クルゾ
     ーネからスタート。その後は中南イタリアを調査したのちフランスへと赴き、バー
     ゼルからパリ近郊のシャルトルまで足を延ばす。自身はイタリア旅行中にも関わら
     ず考察はフランスにおける「死の舞踏」の歴史であったりして、次第にあたまが
     ごっちゃになってくる。

 本題に入る前に、そもそも「死の舞踏」とはどんな絵なのか? 若干の説明が必要だろう。
 簡単にいえば、腐乱した屍や骸骨の姿をした死者が、様々な階級の人々の手をとって墓地へといざなう様子を描いた絵画のことだ。(先にあげたブリューゲルの絵とは違って、こちらは死者が生者を襲うようなことはなく、友好的な態度をとっている。もっともいざなわれる生者の方は厭そうだが。/笑)生者と死者が交互に配置されるという構図はほぼ決まっているが、人数は十数人から三十人以上になる物もあるそう。
 死者により連れ去られる対象は王や枢機卿、司教や修道士、法律家に商人に道化や農民、はては異教徒や盲人まで様々。女性や幼児も分け隔てはない。列をなしていく様子があたかも舞踏を踊るようであるため、この絵は「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」と呼ばれているそうだ。不気味かつどことなくコミカルな感じもする何とも奇妙な宗教絵画の一種で、15世紀を中心にフランスやイタリアに建てられた教会の回廊などに広くみられるものらしい。現在では美術史家や社会学者らによってその起源や文化的背景について研究が進められている。

 本書は話が錯綜して全体が分かりにくいところもあるため、全体を以下に整理してみた。大まかに言うと「死者」と「生者」の“交流”を描いた絵には次の3種類があるようだ。

<死の舞踏>
 15世紀フランスおよびイタリアの北部に見られる。複数の死者と生者が交互に列をなすスタイル。フランスの放浪詩人フランソア・ヴィヨンが、ペストの流行でパリの住民の半数が亡くなるという体験を経て書いた詩集『遺言』が直接の契機となって描かれたらしい。(ただしその元には後に述べるように数多くの元ネタがある。)やがてパリの出版業者ギュイヨ・マルシャンによって木版本として出版され、当時のベストセラーになった。

<死の勝利(凱旋)>
 フランスには見られないイタリア特有の画題で、画面中央に3人の骸骨が威嚇的に立つ姿を描いたもの。豪華な刺繍を施したマントをまとった中央の死者は、正面を向いて大きく広げた両手に銘文が書かれた巻布を持って高く掲げている。両側の死者は横を向いて、周りを埋め尽くす生者に向かって死の矢や鉄砲を撃たんとしている。(題名はブリューゲルのものと同じだが内容は全く違うもの。)

<三人の死者と三人の生者>
 13世紀ごろから15世紀ごろかけてヨーロッパ各地に流布した絵画。三人の死者と三人の生者が、対比されるように画面の右左に配置される。13世紀に北フランスで活躍した吟遊詩人ボードワン・ド・コンデとニコラ・ド・マルジヴァルによる、死者と生者の対話形式の詩が起源らしい。まず三人の生者が、ついで三人の死者が語り最後に結語でしめる。生の歓びに満ちた三人の若者がばったりと死者に出会い、若さや美もやがては失われていき、蛆に食われた醜い姿に変わってしまう。死者は自らの姿を示すことで生者に生の摂理と神への信仰の重要性を教え諭すというのがそのパターン。

 ちなみに「三人の死者と三人の生者」には、その元となった13世紀中南イタリアの壁画がある。それは三人の死者を前にしてひとりの修道士がおこなう瞑想の図。三人の屍は腐敗の三段階を示す「死者の三層」と呼ばれる姿が描かれていて結構グロテスク。日本にも「九相図(きゅうそうず/くそうず)」と呼ばれる壮絶な仏教絵画があるが、どんなに地位や名誉もある美しい人であっても死んでしまえば全て同じという思想は、世界共通のものであるようだ。
 三人の死者はその後の「三人の死者と三人の生者」のように動いて語りかける存在ではなく、あくまでも修道士の前に横たわった「物体」でしかない。本書によればこれは頭蓋骨や死体を前にして一人の生者が生と死を感想する「コントラスティ(対比)」とよばれる説教文の形式と同じだそう。おおもとを辿れば原始キリスト教の面影を今に残すエジプトのキリスト教「コプト教」の隠者(陰修士)が砂漠でひとり行う瞑想に似ている気がする。(**)

  **…このあたりの話は、同じ平凡社ライブラリーにある山形孝夫著『砂漠の修道院』に
     詳しい。さらに言えばキリスト教聖者の説話集である『黄金伝説』にも収録された
     「アレクサンドリアの聖マカリオス」の伝説というのがある。これは4世紀ごろに
     流布した説話で、陰修士マカリオスが死体を前に死や生の儚さについて思いを巡ら
     せるというもの。(やはり死者は語りかけることはない。)コントラスティの伝統
     は主にフランシスコ会士が一般に広めたとされる。

 死を観想するという行為には、また別の流れがあるようだ。それは北イタリアを中心とした鞭打ち苦行者の群なのだそう。「鞭打ち苦行」とは主イエスが味わったと同様の責め苦を自らに課すことで、イエスとの同一化を図ろうとするもので、13世紀半ばにはローマ教会によって異端として一度禁止されたものの、14世紀の黒死病の大流行を機に熱烈な支持者を得て復活したらしい。
 彼らは裸足に粗衣をまとっただけの姿で死を朗唱しながら各地を行進しながら日中には二度、そして夜間には一度、自らの体を鞭打つのを常とする。(S・コネリー主演のミステリ映画『薔薇の名前』にもちらりと鞭打ちのシーンが出てきたから、映画を見た人はイメージが浮かぶのでは。)「死の舞踏」の絵画にはこれら鞭打ち苦行者に特徴的な「赤い十字を腕や胸につけた白い長衣の外套」の姿が描かれているものもあるそうなので、モチーフのひとつとなったのは間違いないだろう。他にも「第二マカベア書」という文書に書かれた、7人の子供たちと母親の殉教をまねて「聖女フェリキタスの殉教譚」が『黄金伝説』に収録されたからだとか、墓碑彫刻として刻まれた「腐敗死骸像(トランジ)」の醜い姿と懺悔の銘文だとか、煉獄の概念が12世紀末にキリスト教世界に登場して、生前の所業を悔い改めることで天国にいけるという考えが広まっただとか、色々な話が書かれているが、一概にどれが直接的な源流ということではなく、これら全てが背景となって出来上がったのが「メメント・モリ(死を想え)」という考え方だったのではないだろうかね。
 思えば仏教でも、ブッダが出家するきっかけは「生老病苦」だったとされているわけだが、宗教は昔から死や苦痛に対する想いが育んできたといえるのかも。こうして考えてみると、「無情観」というのも別に日本の専売特許というわけではない気がするよねえ。みんな同じ身体をしているんだから、考えることも一緒というわけか(笑)。

<追記>
 話は変わるが最後にオマケとして「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」という言葉の起源について。「死の舞踏」が元になったマカーブル(Macabre)という言葉は、今日では「忌むべきもの、波間に漂うもの、死に関わるもの」という意味で使われるそうだが、実は語源がはっきりしないらしい。
 本書の第7章「マカブレを追って」によれば、フランス国王シャルル5世の治世に仕えたジャン・ル・フェーブルという顧問官が書いた、『死の猶予』という詩が人口に膾炙した直接のきっかけらしい。詩の中に出てくる「我マカブレのダンスを為せり」という言い回しが当時の流行語となったためとの事だが、その「マカブレ」が何なのかが、また分からない(笑)。
 あれこれ推理がなされた結果、最終的にはユダヤ民族純血主義のシンボルである「ユダ・マカベア」という英雄の名前ではないか?という結論となるが、一介のお気楽な読者である自分にはその真偽のほどは到底判断がつかない。ただ「ふーん」と感心して読むだけだ。(他にはアラビア語で墓場(複数形)を意味する「マカビール」という言葉を語源とする説もあるらしい)

<追記2>
 話があちこちに飛んで申し訳ないが、またまた違う話題を。実は本書を読んでいる間中、モーリス・ルヴェルというフランスの作家が書いた短篇集『夜鳥』にでてくる「誰?」という短篇がずっと頭に浮かんでいた。(詳しい内容は省略するが、主人公がひょんなことから手に入れた頭蓋骨を前にあれこれ沈思するという趣向の話。ミステリや幻想小説がお好きな方なら知っているかな?)
 ヨーロッパの知識人の中には、書斎に(今の我々の目からすれば)ちょっと不気味な陳列物を集める習慣があったようで、昔の物語には頭蓋骨の他にも、絞首刑になった罪人の手首である「栄光の手(グローリーハンド)」などが出てきたりもする。(本邦では澁澤龍彦氏の書斎などが近い雰囲気だろうか。)
 死というのは結局のところ人間にとって永遠のテーマであるのだろうなあ。iPS細胞などによって不老不死が実現するか、もしくは全人格がコンピューターにダウンロードされる時代でも来ない限り。(笑)
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