2013年3月の読了本

 相変わらずの忙しさは続いているが、なんとか本を読むことだけはできている。無理やりにでも短い時間をやりくりしながら読むことが、結果的には却ってストレス解消になっているんだよね。よしよし。

『もうひとつの街』 ミハル・アイヴァス 河出書房新社
  *2011年に高野史緒氏の編纂で『時間はだれも待ってくれない』という東欧SF・ファン
   タスチカのアンソロジーが出版された。本書はその中で「長篇の一部を抜粋して収録」
   という変則的な紹介をされたものの全訳。著者ミハル・アイヴァスは現代チェコ文学界
   で注目されている作家らしく、ナボコフやカルヴィーノの影響をうけた人物とのこと。
   (このあたりは解説の受け売り。/笑)
   現実の街の裏側に広がる「もうひとつのプラハ」をめぐる探索の物語。読めない文字で
   書かれた一冊の本から始まった好奇心は、やがて部屋の隅やクローゼットの後ろに隠さ
   れた通り道でつながった謎の世界へと主人公をいざなっていく。街には宙に浮かぶサメ
   やエイが跋扈し、図書館の奥に分け入るとやがてそこにはジャングルが広がる。書物に
   擬態するカタツムリや「卑猥」「青ざめる」「仲裁」といった保護色(保護文字?)を
   まとったイモリといった、シュールで幻想的な描写が幻想的で心地いい。重なり合いな
   がらも厳然と不可触を貫く二つの都市のイメージは、チャイナ・ミエヴィルの『都市と
   都市』にでてくるペジェルとウル・コーマにも近いかも。
   「奇妙な生命が宿り、私たちの街よりも古くから存在する、だが私たちがなにも知らな
   い世界」がごく身近に存在する設定が何とも言えぬ魅力だ。たとえば自動販売機と壁の
   隙間が入口になっていて“力ではたどり着くことのできない世界”である、ますむらひ
   ろし氏の「アタゴオル」なども同じ。英米の作品とは一味違う感触は、ストルガツキー
   兄弟の『滅びの都』にも通じるようなスラブの想像力の特徴なのかもしれない。
   こちら(現実)の街をテーゼとするならあちら(もうひとつ)の世界はジンテーゼ。や
   がてふたつは物語の中で止揚されていくことになるわけだが、あらゆる街が無限に連な
   り鎖状をなすというのは、レヴィ=ストロースの神話論理にもつながるものではないの
   かな?
『ミラノ 霧の風景』 須賀敦子 白水社uブックス
  *イタリア人の夫と長らくかの地で暮らした著者が、当時の記憶をつづったエッセイ。
   著者は本書で講談社エッセイ賞や女流文学賞を受賞している。「明るい太陽と陽気なイ
   タリア人」といったステロタイプとは違う静謐で知的なイタリアが垣間見られて満足。
『江戸を歩く』 田中優子 集英社新書ビジュアル版
  *江戸学者の田中優子氏と写真家の石山貴美子氏が東京のあちこちを歩き、そこに江戸を
   幻視するフォトエッセイ。しかし旅のスタートが千住・小塚原の回向院であることから
   もわかるように、決してお気楽な江戸情緒を愉しむばかりの本ではない。読み進むうち
   に、死や猥雑さや活気や荘厳をすべて呑み込んだ巨大都市・江戸の「記憶の風景」が、
   現代の東京に二重写しで見えてくる。好著。
『日本SF短篇50 I』 日本SF作家クラブ/編 ハヤカワ文庫
  *いやこれは懐かしい。瀬名秀明氏による巻頭言に続いては、いきなり光瀬龍による往年
   の傑作「墓碑銘二〇〇七年」。その後も「大いなる正午」(荒巻義雄)/「おれに関す
   る噂」(筒井康隆)/「およね平吉時穴道行」(半村良)/「鍵」(星新一)/「魔法
   つかいの夏」(石川喬司)といった、中学生の頃に夢中になって読んだ名作群を久しぶ
   りに堪能した。初読だったんだのは福島正美「過去からの電話」くらい。「ハイウェイ
   惑星」(石原藤夫)や「大いなる正午」などいくつかの作品が後述の『日本SFベスト
   集成』とかぶってしまっているのは多少勿体ないでもないが、まあ本書の性質上やむを
   得ないだろう。全5巻とのことだが、この調子なら次巻以降も愉しませてもらえそうだ。
『60年代日本SFベスト集成』 筒井康隆/編 ちくま文庫
  *これもまた伝説の名アンソロジー。ある年代より上のSFファンであれば必ず一度は目
   にしたことがあるのではないだろうか。本書の売れ行き次第ではこの後の70年以降の巻
   も出されるとのことなので、ぜひとも売れて欲しいなあ。
『短篇小説日和』 西崎憲/編訳 ちくま文庫
  *副題は「英国異色傑作選」。1998年12月から刊行された全3巻の『英国短篇小説の愉し
   み』から17作品を抜粋・改稿し、さらに新訳3篇を加えて再編集したもの。どれも粒よ
   りの作品ばかりで甲乙つけがたい。いずれも存分に愉しめたが、そのなかで特に自分の
   趣味によく合ったものを選ぶとすれば、ミリュエル・スパーク「後に残してきた少女」
   マーティン・アームストロング「ミセス・ヴォードレーの旅行」、W・F・ハーヴィー
   「羊歯」、キャサリン・マンスフィールドの「パール・ボタンはどんなふうにさらわれ
   たか」、H・E・ベイツ「決して」、マージョリー・ボウエン「看板描きと水晶の魚」
   T・F・ポウイス「ピム氏と聖なるパン」、ジーン・リース「河の音」、そしてアンナ
   ・カヴァン「輝く草地」あたりか。他もすごく好いんだけどね。
   巻末に訳者・西崎氏による三つの小説論を付す。「英国短篇小説小史」ではイギリスに
   おける短篇小説の変遷を、「ファンタジーとリアリティー」では現実と小説における
   リアリティとは何かについて、そして「短篇小説とは何か?」では長篇小説と短篇小説
   の比較を通じて、“短篇小説”のもつ愉しみとは一体何なのかについて考察する。
   本編と合わせて訳者から読者への優れた贈り物となっている。 
『ドン・キホーテ 後篇(一)』 セルバンテス 岩波文庫
  *いよいよ後篇突入。前篇の譫妄状態からは脱したものの、自らが瘋癲(ふうてん)であ
   ることを自覚しつつサンチョ・パンサを引き連れてまた旅に出たドン・キホーテ。
   この後の展開を楽しみに、ゆるゆると読み進めよう。
『〈性〉と日本語』 中村桃子 NHKブックス
  *普段は意識していないが、実は日本語に色濃く染みついている「性差」。新進気鋭の言
   語学者が「女ことば」と「男ことば」に隠された様々な社会意識を解き明かしていく。
『空間亀裂』 フィリップ・K・ディック 創元SF文庫
  *今もカルトな人気を誇るディックの本邦初紹介作。これまで訳されなかったのには理由
   があって、今の目で客観的に見た時にはアラも目立つし“傑作”かと言われると決して
   そうではない(苦笑)。しかし「1966年のディックが書いた本」だから面白い。だいた
   い昔のSF小説を読むと超科学とか未来の社会とかが出てくるが、そこで暮らす人々の価
   値観や倫理観は作品が書かれた当時のアメリカ社会そのもの。そのギャップが今の我々
   からすると大きな違和感の原因となって、物語に入りこむのを阻害したりもする。
   しかしディックの場合、それも含めて一種の「いかがわしさ」や「安っぽさ」が大事な
   魅力になっている稀有な作家ではないか。だからこそ本書は万人に薦められる本ではな
   いけれど、長所短所をひっくるめてディックの全てが好きな人にとっては、この上ない
   贈り物といえる。
『みみずく古本市』 由良君美 ちくま文庫
  *澁澤龍彦/種村季弘の両氏と並ぶ幻想と耽美とロマンの探求者たる著者による書評集。
   一度も読んだことのない専門書についての書評が殆どなのに、読んでこれほど面白いと
   いうのは驚異的かも。
『ねこに未来はない』 長田弘 晶文社
  *詩人・長田弘氏による猫エッセイ。猫嫌いであった著者が猫好きな奥さんと結婚して、
   如何に愛猫家に変わったかと、その後の猫たちとの別れを描く。角川文庫からも出てい
   るけど、ひいきのイラストレーター長新太氏によるイラストが載っているこちらの方が
   断然好み。古書市で見つけたときは嬉しかった。
『ムーミン谷の十一月』 ヤンソン 講談社文庫
  *最後までムーミン一家が登場しない異色作。心に傷をもった人(?)たちが織り成す、
   癒しと再発見の物語。子供向けにしてはかなりビターだが、これまで読んだ中では
   『ムーミン谷の彗星』の次に気に入った。
『子どもの王様』 殊能将之 講談社ノベルズ
  *2013年2月11日に死去した著者により、子供向けミステリ叢書『講談社ミステリーラン
   ド』の一冊として刊行されたもの。しかし「子供向け」といいつつ、正直いって子供の
   頃の自分だったら読みたくないなあ(笑)。内容はかなりヘビーで読後感も重い。
   いかにも著者らしい一筋縄ではいかない“ジュブナイル”といえる。
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