「ラファエロ」展

 昨日今日(3/23,24)と、大学生の子供の下宿を引っ越すために東京へと行ってきた。3月初旬にも子供の手術(*)の付き添いで行ってきたところなので、仕事の出張も加えるとわずかな期間に3度目の上京。

   *…当ブログに前からお越し頂いている方はご存じだと思うが、昨年の6月に雨の日に
     自転車で転んでしまい、脚の骨を折る大ケガで一か月近く入院。今回はその時に
     太ももに入れたボルトを抜く手術でした。それほど大変な手術ではないが、やはり
     家族の立会いが必要とのことで急遽決まったものでした。
 
 しかし転んでもタダでは起きない性分。昨日はせっかくだからと僅かな時間をぬって、千鳥ヶ淵まで満開の桜を見に行ってきた。(もちろんそのあと神保町へも。/笑)本当は上野まで足を延ばして円空展やエル・グレコ展に行けると良かったのだが、さすがにそこまでの時間も体力も無かったのが残念。でも初旬には絵画展に行けたからいいや。というわけで、今回は先日行ってきた絵画展についてちょっと書いてみたい。

 行ったのは「ラファエロ」展。3月2日から6月2日まで上野の国立西洋美術館で開かれていて、彼の傑作「大公の聖母」の公開はもちろん、ラファエロ展自体が日本で初めてとの事。こういった貴重な作品がちょっと足を延ばせば直接見られるのだから、首都圏の人は本当にうらやましい。(街自体が美術館である京都や奈良の人も羨ましいが。/笑)
 ちなみに少しおさらいをしておくと、ラファエロ・サンツィオはイタリア・ルネッサンスの巨匠のひとりで、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと同時期となる15世紀後半から16世紀前半に活躍した人物。(日本でいえば室町時代にあたるね。)生年は1483年で1520年には僅か37歳で早逝している。

 ラファエロはもともと自分が好きな画家だったのに加え、今回はイタリア・ルネサンスの時代の作品が集中的に観られる貴重な機会。キリスト教文化全般にも昔から興味があるので、とても楽しみにしていた展示会だった。(こんなに早く3月に行けたのは偶然だが、どのみち会期中には観に行くつもりではあったわけだが。)実見した印象は、噂にたがわぬラファエロの天才ぶりにうっとり(笑)といったところ。これぞまさに“眼福”と言える時間を過ごすことができた。
 今回の展示会で改めて実感したのは、当時の画家は注文に応じて絵を描く「職人」だったということ。自らの思いのままに絵のテーマを追求する近代画家とは違い、当時の西洋画家というのはあくまでもキリスト教団や封建貴族といった“パトロン”に雇われる一種の宮廷画家の位置づけ。したがって絵の種類(注文)はキリスト教に関する宗教画か、貴族たちの肖像画がほとんどということになる。(これは以前聞いた話なのだが、今回展示会を観ているうちに思い出した。)
 実際のところ、当時の西洋絵画は画題(**)もおおよそ決まっているので、主要な画題を知っていると鑑賞がさらに愉しくなる。どんなものかというと、たとえばイエスの生涯で特に有名なエピソードを画題としたもの。生まれたばかりのイエスを東方の三博士が訪れて祝福するシーンだとか、幼子イエスとマリアの二人(もしくは養父ヨセフを加えた三人)の姿を描いた「聖家族」などが有名だ。幼子イエスとマリアの傍らで、洗礼者ヨハネが(なぜか幼児の姿で)描かれているという、良く考えるとなんだかヘンテコな絵もある。
 他には、十字架を背負って処刑場であるカルヴァリオ(ゴルゴダ)の丘に進むイエスや、磔刑に架けられたイエスの下で悲しむ信者たちの姿、そしてしんだイエスの亡骸を腕にかき抱いて嘆き悲しむ聖母マリアを描いた「ピエタ」(イタリア語で哀れみとか慈悲という意味らしい)なども定番。

  **…話は違うが、日本の画にもやはりよく取り上げられる画題というのがある。大きく
     分けると①山水画と②花鳥画と③歴史画(歴史上の人物を描いたもの)の3つ。
     「竹林の賢人」だとか「龍と虎」それに「月に雁」などは有名だね。

 有名な画題はイエス自身のエピソードばかりではない。聖書や説話集にでてくる聖人や殉教者のエピソードのワンシーンもよく描かれる。例えば荒地での苦行中に悪魔の誘惑を退けたとされる聖アントニウス(名前は「聖アントニウスの誘惑」という)や、あちこちで布教する使徒たちの受難の姿(例えば「アテナイの聖パウロ」など)。ちなみに画家たちにとっては、お馴染みの画題であるだけ余計に自分のオリジナリティを出したくなるのか、このあたりの作品は、題名が同じなのに驚くほど内容が違う。今回の展示会でも「聖母子」が複数出品されていた。見比べてみるのもまた一興かも。
 商品ながら印象に残ったのは、十数センチ角の「パドヴァの聖アントニウス」という作品。なぜかアントニウスは、手に巨大な百合の花を持っているのだ。何かのエピソードにちなんだ象徴なのだろうが、とても奇異な印象を与えている。(因みにこういった“謎”を読み解いていくのが、荒俣宏氏が提唱する「図像学」というもの。絵の芸術的価値とは別の話になるが、これはこれでとても愉しい見方ではある。)
 
 「芸術」というのは、普段の自分とは全くの無関係な世界。「芸術」の存在価値とは何か?なんて考えてしまうこともあるけど、時々はこのように機会を作って見に行くのが良いと思う。芸術の価値というのは、おそらく「人生に豊かさを与える事」なんじゃないかと考える今日この頃だ。(笑)
 今回の東京行きは結構な強行軍だったのでさすがにくたびれた。もっと色々と書きたい気もするけど、とりあえずはこんなところで。乱文失礼。

<追記>
 と言いつつ、今回の目玉である「大公の聖母」について書くのをすっかり忘れていた。真っ暗な背景に幼いキリストを抱いた聖母マリアの姿が浮かび上がる、端正で精緻な筆致。バランスのとれた構図で、ひと目みただけで強烈な印象を残す作品となっている。個人的にはこの作品ともうひとつ、常設展にあったギュスターブ・ドレ「ラ・シエスタ スペインの思い出」の二つを見るだけでも、上野に足を運ぶ価値はあったと思うよ。
 ま、もっともラファエロは「大公の聖母」以外も素晴らしいんだけどね。それは同時代もしくは後年に他の画家たちが同じ題材で描いた作品と彼の作品を比べてみるとすぐ分かる。素人目に見ても質が全く違ってみえるから。絵の構成力であったり筆さばきであったり、すべてが破格。印刷ではなく実物を観ることの大切さは、きっとこういう気付きにこそあるのだろう。
 キリスト教の説話が(いかにも荒唐無稽なものも含めて)字義通りに受け止められてきたのは、もしかしたら、これら「まるで見てきたような真実味」がある絵画による影響もかなりあるのかも…なんて事を思ってもみたり。
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No title

お久しぶりです。急に暖かくなって、年度末と桜前線が重なってしまい、ゆっくりと花見ができないでいます。
東京にいらしていたのですね。上野の国立博物館では、この時期と秋に庭園開放を行っています。私は先日、仕事の合間を縫って?円空展と庭園を見てきました。まだ少し満開には早かったのですが、いろいろな種類の桜に癒されてきました。
ぜひ機会がありましたら、庭園開放に時期に行ってみてくださいね。
お子さん、お大事に。

rio様

こんにちは、コメントありがとうございます。

国立博物館の庭園開放ですか、それは知りませんでした。
楽しそうですねえ。
不忍池に蓮の花が咲くころに行ってみたいと思っていたのですが、
庭園開放というのも良いですね。

忙しい時期ですが、
四季を愛でる心のゆとりは忘れずにいたいものです。(^^)

ラファエロ展

こんにちは。
いろいろ勉強させてもらいながらブログを読ませていただきました。
日本で初めてラファエロ展ということで期待していきましたが、
私もラファエロ展に行ってきました。
初期から中期の作品までこれぞラファエロという美しい作品が来ていましたね
「大公の聖母」は初めて見ましたが、その瀬疎な美しさに心を奪われました。

私はラファエロの美術の変遷を整理しながら
ラファエロ展の名品について書いてみました。
よろしかったら、ぜひ一読してみてください。
ご感想、ご意見などどんなことでも結構ですから、
ブログにコメントなどをいただけると感謝致します。

dezire様

こんばんは。ご訪問ありがとうございます。

ラファエロはあそこに展示してあった絵の中でも群を抜いて素晴らしいと感じました。美術史に残る画家にはやはりそれなりの理由があるものだと改めて実感した次第です。(笑)

ブログも早速拝見させていただきました。
本文には書きませんでしたが、実は「聖ゲオリギムストと竜」も大変気に入った作品でした。聖ゲオルギウス(ゲオリムスト)の竜退治はまさに「月と雁」ぐらい有名な画題ですね。昔フランクフルトに行ったときに美術館で絵ハガキを買ってきたくらい好きです。

東京の美術展は遠いのでなかなかいけませんが、また機会があれば他の展示会にも足を延ばしてみたいと思います。
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