『イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史』菊地達也 講談社選書メチエ

 イスラム教シーア派(中でもイスマーイル派寄り)の視点から書かれた、7~11世紀の初期イスラム教を巡る歴史の解説本。題名からは誤解を受けるかもしれないが、本書の主眼は「何が“正統”で何が“異端”か」を語る事にはなくて、あくまでも「(“正統”と“異端”の解釈に彩られた)イスラム教の変遷を描く」という事。これまで馴染みのない、(しかもよく似た)名前が頻出するので理解に少々手間取るが、イスラム教の歴史背景が良くわかり頭の中がすっきりして気分がいい。
 今の西洋社会を理解するには、キリスト教と西洋哲学の知識が不可欠と思う。同じ意味でイスラム社会を理解するには、預言者ムハンマドに始まる過去からの系譜を知るに越したことはない。そんな訳で今回はまさに“お勉強”だったわけだが(笑)、本当の勉強とは眉間にしわ寄せてやるものじゃなくて、このようなものを言うんじゃないのかねー。

 本書には632年にムハンマドが逝去してから、イスラム教が宗教としての思想や体制を整えていく11世紀くらいまでの、渾沌とした時期の史実が列挙されている。その歴史をざっと通してみた時、もっとも強く印象に残ったことをまとめてみると大体次のような感じ。(ただし個人的な印象なので異論はあろうかと。)

 ■神は絶対的な存在だが、預言者はあくまでも人間(神の代理人)であって神ではない。
  したがって最後の預言者(ムハンマド)亡き後、「神の預言者の代理人」を選ぶのは、
  後世の人々の判断による。(すなわち預言者自身のように、神によって選ばれし者では
  ない。)

 神への信仰は一貫してゆるぎないが、それを実行する現実的なシステムの部分は“ただの人”が担うため、時の権力争いや様々な解釈の仕方によっていかようにでもなってしまう。例えばクルーアン(コーラン)には矛盾した表現や後世の社会変化に合わない点があるが、それらを“比喩”として現実に即して解釈するか字義通りに解釈するかで、実行の内容がまったく異なってしまうとのこと。またアラブ社会では伝統的に「父―息子」というつながりが重んじられたが、預言者(ムハンマド)の息子の夭折によりそれが途切れてしまった点も混乱を招く原因に。すなわち娘の血統を正と認めるかどうかで様々な分派が生まれることになった。(*)

   *…現在の最大宗派であるスンナ(スンニ)派と、イランを中心に広がるシーア派に
     おける最大の違いも、預言者の正統的な後継者(正統カリフ)として誰を認めるか
     という見解にあるそうだ。

 結構面白いところなので、もういちど本書に書かれた内容を自分なりに整理してみよう。

 ■イスラム教は「セム的一神教」という括りでユダヤ教やキリスト教と系譜を同じくする。
  しかし砂漠という厳しい環境の中で信仰された関係で、行動などの実効的な面が強く意識
  され優先されたため、教義の解釈といった思想面の発達はかなり遅くなった。

 ■思想整備が遅れた関係で、イスラム教の初期には多くの分派が起こる事に。その原因は
  当時の覇権を握った者たちが、互いに自らの預言者の後継者(=カリフ/イマーム)と
  しての正統性を主張するのに都合のいい解釈を施したから。(現在少数派であるシーア派
  もその中の一派であり、それに賛同しなかった多数派がやがて緩やかな連合を作り現在の
  スンナ派を形成した。)

 ■スンナ派とシーア派のいずれも、「ムハンマドの娘婿であったアーリを最後とする4人の
  カリフから後は、イスラムの教えに基づく理想的な統治の時代は終わりをつげた」という
  認識。その後は「逸脱」の時代がずっと続き、残された人間による様々な解釈によって、
  「正統カリフ時代」に近づく努力が繰り返されている。

 ■これらの混乱の元は、天上的/宗教的な権威と世俗的/政治的な権力が結び付くという、
  イスラム社会の伝統にある。これは強力なカリスマ性をもつムハンマドにより、氏族間の
  争いでイスラム教徒の集団が連戦連勝を続けたため。(このあたりは、少なくとも初期に
  おいては政治権力に迫害される立場だったキリスト・ユダヤ教と違う点といえる。)
  イスラム教ではこの事により宗教指導者と政治権力者の一致が起こり、ムハンマドの没後
  にそれらの継承がイスラム独特の課題となったというわけ。

 ムハンマド(預言者)が直接統治した「啓示の時代」の後はカリフ(預言者の代理人)による統治となる。イスラム社会(スンナ派)はムハンマド没後、最初期の632~661年に統治した4人のカリフによる体制を「正統カリフ時代」と呼ぶ。もはや預言者が現れることの無い今の時代にとって、当時こそが理想/規範とすべき体制というわけだ。孔子が周の時代を理想としたみたいな感じだね。
 ただし本書によれば正統カリフ時代も決して順風満帆だったわけではない。後継者を一人に絞り込めなかったことによる内部分裂が、後の世に遺恨を残す結果にもなっている。ちなみにシーア派は4人目のカリフであるアーリとその血統しか正統な後継者として認めておらず、残りの1~3代のカリフは「簒奪者」という見解。ここがスンナとシーアの決定的な違いであり、決して相容れない点なのだそう。

 「すでに理想的な時代は終わりをつげ、失われてしまった叡智を見定めて後世の者たちの指針とすべき」――という構図は「唯一の正しい考え」があることが前提となり、解釈争いの無間地獄に陥ることが必然。それを避けるためには、正統的な解釈を多数派の意見としてまとめ、そこから外れるもの異端として常に排除する仕組みが必要となる。(あまりに大きな“逸脱”は一律に「極端派」と名付けられ排斥されることに。)
 啓典である「クルーアン(コーラン)」とは別に、聖典「ハーディス集」が編纂されたのもその理由だ。ハーディス集とは口承によって伝えられた預言者ムハンマドの言行録で、クルーアンを補足するものとして扱われるもの。9世紀にはハーディス学者によって、「真正」と認められた伝承のみを集めて『真正集』が編纂され現代に至っている。(ただし学術的には真偽のほどは不明。)
 キリスト教でもほぼ同様のことがされている。11~16世紀には「正統」であるローマカトリックと「異端」であるカタリ派やワルド派らとの争いがあり、カトリック側による凄惨な異端裁判によって彼らが排除される事で現在に至っている。(しかし「異端」も大きな勢力となって潰すことが出来なくなると、プロテスタントのように新たなグループとして独立することになる。本書でも述べられているように、所詮「正統」と「異端」なんて相対的な力関係で決まるものに過ぎないのだ。)

 少し話題がずれるが、ムハンマド亡き後の中東世界の歴史をみていると、様々な思惑を持った集団が離散集合を繰り返しながら、宗教の名を借りた権力闘争を繰り広げてる様子がよくわかる。ウマイヤ朝にアッバース朝、ファーティマ朝にセルジューク朝など、高校時代に世界史で習った単語が沢山でてくるが、(昔と違って)そのあたりの様子がリアルに立ち上がってくるのが、年取ってから歴史を学ぶ醍醐味といえるかも知れない。
 本書を読むと、宗教と政治が結び付く事により極めて強力で絶対的な権力が生じてしまう様子がまざまざと見えてくる。更にはそこへ「父から息子への正統性の継承」という血統の話までが加わり、世襲による権力継承や男尊女卑といった弊害が制度として固定されていく様子も。
 預言者に神性を認めなかったのはイスラム教の優れた点だと思うが、しかしそれが故に却って、「権威の継承者は誰か?」という世俗的な争いになったことを考えると複雑な気分。しかも思想としての整備が遅れたためにキリスト教やローカル伝承との混淆がおこり、本来は「正しい理想の支配者(≒ムハンマドの正統な後継者)」という程度の意味であったマフディー(カーイム)という存在が、やがて違った意味で使われるようになっていく。そうなるとマフディーを「神の預言者の代理人」ではなく新たな「神の代理人」として崇めたてたり、ひどい場合は「真理を得た者」としてイスラーム法を否定・無視できる資格を持つことの容認や、メシア(救世主)として再臨を待望するといった本末転倒も発生。何でもアリの状態になっていく。(笑)

 話を戻そう。
 これではいかんと当時のイスラム法学者たちも考えたのだろうね。先に書いたように、やがて極端な思想は異端として排除されていき、現実的な妥協点を見出す形で現在のイスラム教の体制が完成する。いうなればカリフ/イマームがもつ宗教&政治権力の根拠をどこに求めるか?というのがポイントとなる。その中でカリフの権限は政治や軍事に限られて、宗教的な権限はウラマー(法学者たち)に委ねられるという現在の姿が出来上がってきた。(その礎が形成されたのはおよそ10~11世紀のこと。)
 そして理論整備が進むにつれ、シーア派に与しなかった多数派はやがて緩やかな連帯で、スンナ派を形成するわけだ。スンナとは預言者の慣行(スンナ)を重視する宗派という意味で、現在は4つの法学派と2つの神学派に集約されるらしい。それぞれの学派の見解はかなり大きく違う点もあり、人間理性を広範囲に行使することに批判的で現在のイスラム原理主義の源流ともなっているハンバル学派から、現実問題に柔軟に対処する傾向が強いハナフィー派まで様々。
 以上、ざっと本書の内容について述べてきたが、全体を通して見えてきたのは、(本書の「おわりに」にもあるように)イスラム教とは結局のところ定義など無いということだろうか。敢えて言うなら「セム的一神教に属する宗派のうち、キリスト教でもユダヤ教でもないもの」とでもするしかないほど、教義は多様性に富んでいる。
 無知は恐怖に通じるという。日本人にはイスラム教というと「何となく怖い」というイメージを持つ人が多いのではないかと思うが、イスラム原理主義もイスラム教全体から見れば、極端なナショナリズムの一形態に過ぎない。本書を読む限りでは、伝統的な多数派の流れからは逸脱したものであるようだ。
 今の日本の政治が極右化していくことに対して危機感をもっている人が大勢いるように、イスラム社会も色々な人々がそれぞれの考えをもって生活している。一概に宗教観で決めつけるのでなく、むしろ貧困や差別といった政治・経済の問題として捉える方が建設的だし前向きな気がするな。
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No title

こんばんは。

■神は絶対的な存在だが、預言者はあくまでも人間(神の代理人)であって神ではない。したがって最後の預言者(ムハンマド)亡き後、「神の預言者の代理人」を選ぶのは、後世の人々の判断による。(すなわち預言者自身のように、神によって選ばれし者ではない。)


初歩的なことだけど、「あぁ、なるほど」と思わず口に出てしまいました。笑
でもここら辺はキリスト教と違う重要な部分のような気もします。
誰もが他文化を怖がらず、むしろ楽しめる心をもてるといいですよね。

慧さま

こんばんは。

前にどこかで読んだ文章で、「イスラム教は宗教というより生活規範に近い」という趣旨のものがありました。

たしかに宗教的な思想部分はユダヤ教やキリスト教と同じ唯一絶対神ですから、イスラム教の独自な面はかつて預言者に神が与えた啓示を、構成に「人」が(自分たちなりに)解釈して作り上げた「生活規範」にあるのかも知れませんね。

自分は宗教学に興味があるので、キリスト教やイスラム教にはとても
興味があります。しかし最も好きなのは実は仏教だったりもします。信仰心は無いんですけどねー(^^;)。

まあ、愉しいのが一番ですね。(笑)
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