『天体による永遠』 オーギュスト・ブランキ 岩波文庫

 19世紀フランスの革命家が書いた、革命とは全く関係の無い奇想の書。本書の著者であるオーギュスト・ブランキといえば、秘密結社による武装蜂起だの人民政府による独裁制だの、後の共産主義革命の思想的源流になった怖いヒト――というイメージばかりを持っていた。
 ところがつい先日、ツイッターのお仲間の方から「未読の人はぜひ読んでほしい」とのご推薦を頂き、さっそく本屋に。岩波文庫の新刊棚に1冊だけおいてあったのを見つけて手に取った。本文は僅か130ページしかなく、解説までいれても200ページあまりという薄い本。パラパラとめくってみると「水星軌道」や「カシオペア座」といった、革命とは全く関係ない言葉が躍っている。宇宙と天体を巡る思索を綴った本のようだ。「19世紀の革命家が綴った宇宙論(?)」とはいったい…。頭の中には沢山の疑問符が浮かんできたのだが、とりあえず買って読んでみたところが大当たり。自分の好みにぴったりあって大変に面白かった。

 全体は8章からなるが、内容的にみれば大まかに3つの部分に分かれている感じ。まず最初の第一部では、宇宙の大きさ(無限と有限の間の“無際限”)や宇宙を構成する元素について思いを馳せる。次は彗星の正体や恒星と惑星の起源について推察した第二部。しかし如何せん2012年現在では118種類を数える元素がまだ僅か64種類までしか発見されていなかった時代のこと。ビッグバンなどという概念も無く、「宇宙には始めも終わりもない」という“静止宇宙モデル”を前提に考察されている。当然、今の我々の目から見れば明らかな誤謬も散見されるわけだが、それがまた「疑似科学」を読んでいるようでなかなか味わい深かったりするのだ。(笑)(*)

   *…尤も本書に書かれている考察自体は、当時の知見からすれば最も合理的な推論と
     いって良いだろう。

 何よりも本書の魅力は、文章の端々に感じられる著者ブランキの(革命理論や幽閉された我が身といった)世俗的な事柄から離れて自由に空想の翼を広げた執筆姿勢にあるといっていい。印象としては、第一部では星座随筆の野尻抱影や『一千一秒物語』の稲垣足穂を、そして続く第二部では疑似科学ネタを得意とする奇想作家バリントン・J・ベイリーを連想しながら読んでいた。自分にとって非常に好ましいタイプの本だ。
 さらに驚いたのは第三部に入ってから。それまで考察されてきた「無際限の宇宙」と「有限の元素」という“事実”から、著者は驚異の「反復の無限」(≒無限複製)という結論を導き出す。一種のネタバレのようになってしまうので詳しくは書かないが、論理のアクロバットを駆使して一気に飛躍する恐るべき第三部は、まるでニーチェの「永遠回帰」を彷彿とさせる。(もしくは「現代最高のSF作家」と称されるグレッグ・イーガンの量子論SF『宇宙消失』といったところか。)読み終わった時は、正直言って少し茫然自失の状態だった。

 小説であれ学術書であれ、執筆時の著者の境遇と著作の内容をあまり重ね合わせて考えてはいけないとは思うが、本書の場合は解説を読んでさらに一種の“感動”を覚えた。ブランキはその生涯を通じて通算33年間にも及ぶ期間、幽閉されていたとのこと。そして本書もトーロー要塞の獄中という劣悪な環境下で書かれたものだったのだ。そんな境遇を微塵も感じさせぬ自由闊達な筆運びは、こわもてする革命家の中にも実はこのような心が潜んでいたという事を、気持ちよく実感させてくれた。
 子ども時代に「無限に広がる宇宙の深淵」に思いを寄せて、心震わせた少年少女であった人なら、一度読んでみて欲しい。きっと損はしないはず。そんな一冊といえる。

<追記>
 本書をご紹介して頂いた方によれば、本書は(その方にとって)「何があろうと一生付き合うことになる」「常にそこに書かれてあることに立ち返る」何冊かの本のうちの一冊とのこと。これは本書を読んだ今なら大変よく理解できる言葉。自分にとっても本書は今年の、いやここ数年の中でもかなりの収穫だった。このような出会いがあるから本はやめられないのだ。(そしてツイッターも。/笑)
 「すける」さん。最後になりましたが、本書をご紹介いただき本当に有難うございました。
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No title

 ブランキの宇宙論ですか。

これはなかなか珍しいですね。笑

革命家とはいえ、一人の人間。恋もすれば酒を飲んで友人とくだらない話で夜を明かし、二日酔いになって誰かに叱られたりもしたのでしょうね。

全く違う分野の著書(というか、こんなマニアックっぽいものを日本語で出版してるのが面白い。笑)なんかを書いていると、よけいに人間らしさを感じますね。

慧さま

こんばんは。

そうなんですよ。ブランキの宇宙論なんです。
解説によれば、ブランキの研究者は本書をどう評価すればよいのか、
正直戸惑っているようですね(笑)。
わたしはとても素直な気持ちで愉しんで読めました。
(かといって他の著作を読むにはまだ決心が要りますけど。/笑)

聞くところによれば、
どうやらこの岩波文庫版の元本が出版された経緯も、
なかなかの「物語」があったようですよ。

なんだか愛着が湧く本です。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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