『ダンディズム』 生田耕作 中公文庫

 このブログを始めるときに「前口上」でも書いたのだが、自分は粋(いき)な物や粋な人についつい惹かれる性分。九鬼周造の『いきの構造』にも、なるほど感心する事しきり。氏によれば「粋」というのは「媚態」「意気地」「諦め」という、3つのキーワードが交差するところに生まれるひとつの価値観であり、且つ生きざまであるようだ。(歌舞伎の演目にある『助六』とか、江戸時代の“通人”を思い浮かべれば、イメージが浮かびやすいかな。)
 そして、仮に東洋の“かっこいい”を代表するのが「粋」であるとするならば、西洋の“かっこいい”を代表するのはきっと「ダンディズム」に違いない ――とまあ、そんな風にアタリをつけていたのだ。機会があればダンディズムについて“お勉強”してみたいと思っていたのだが、いざ読もうと思うと意外に見つからないもの。そんな折、つい先日本書を発見してすかさず手に取ったというわけ。
 裏表紙の内容を見ると、本書は17世紀後半から18世紀前半のイギリスに実在した、稀代のしゃれ者(ボー/Beau)であるジョージ・ブランメルという人物の生涯を軸に、「ダンディズム」とは何かについて考察したものらしい(*)。まさに自分の目的にぴったりの本といえる。

   *…この人物、フランスの小説家バルベー・ドールヴィリーにより「ダンディそのもの」
     と絶賛されたらしい。いわゆるダンディの「メートル原器」のような人(喩えが古
     くて申し訳ない/笑)であって、詩人バイロンをして「ナポレオンになるよりも
     ブランメルになりたい」と言わしめたそう。なかなかなものだ。

 では早速本書の内容に従い「ダンディズムとは何か?」についてざっくりまとめてみよう。
 本書を開いてまずいきなりでてくるのが、ダンディとは「演技」だという話。すなわち“ある目的”を持って自らを装う行為こそが、ダンディの正体というわけだ。しかし装うといっても、いったい何を装うのかというと、まずは本書に出てきた次のキーワードを見て頂きたい。

 ・“不惑無覚(ニル・アドミラリ)”の姿勢
 ・人工性への執着
 ・寸鉄人を刺す逆説的警句
 ・無関心さと高慢な言説(計算的な侮蔑)
 ・自惚れ(ナルシシズム)
 ・非の打ちどころの無い身だしなみ
 ・冷ややかで物憂げな立ち振る舞い

 どうだろう。何となくイメージが浮かぶのではないだろうか。要は一般に“軽佻浮薄”とみなされる一切のもの――すなわち衣服・立居振舞・社交などに関して、逆に堂々とそれらが「最も重要なもの」である、と見做す(ふりをする)のがダンディズムということらしい。しかも更に凄いのは、それら「外観」にまつわるもろもろの特質を、「知性」「精神」「才能」といったいわゆる内面的な特質よりも上位に位置づけている点。一種の「開き直りの美学」とでもいえばいいのだろうか。こうなると強い。(笑)
 そしてダンディズムにまつわるこれらの基本ルールを体現し、たったひとりで作りあげてしまったのがこのブランメルという人物なのだそうだ。(ファッションの中心はフランスであるというのが常識だが、唯一、紳士のファッションだけはイギリスが本場と言われているのは、どうやらそれが理由らしい。)では何故ブランメルはダンディであることに拘ったのか。本書では彼の生い立ちを語ることで、そのあたりの理由についても明らかにしている。
 ブランメルはもともと庶民階級の出身で、学校こそ名門イートン校からオックスフォードを出たが、資産も周囲の貴族たちに比べると、ごく慎ましやかなもの。そんな彼が上流階級の仲間入りをするには、出自にも資産にも頼ることなく自分の才覚だけで何とかするしかない。とすれば、人一倍プライドが高く見栄っ張りな彼にとっては、使えるものは目に見えない価値観のようなものしかなかった。彼にとってダンディズムを極める事は一種のレゾンデートル(存在理由)であり、そしてまた処世術でもあったのだ。だからこそ彼は、まるで求道者のようにダンディズム精神を自らの中に結晶化していったのだろう。

 スノッブであること。それこそが一生を賭けて追い求める価値のある唯一のもの。それまで主流だったルイ14世やマリー・アントワネットのようなフランス貴族の装飾過剰な服装はもう時代遅れであって、これからは黒を基調として、都会的で洗練されたスリムなファッションこそが美しい。――そんな価値観を世の中に定着させるにはそれなりの努力が必要となる。肉体にフィットした美しい服装を身に着けるためには、肥満を避ける涙ぐましいまでの節制と自制が前提となる。極論すればダンディズムとは見栄と独創性に裏打ちされた「自覚的で恣意的で誇張されたスノビズム」といえる。そしてその上にニヒルで冷ややかな物言いが組み合わされことで、初めてダンディズムの理想が完成するのだ。言ってみれば、傾向は違えど一種の“傾奇者”といえるのかも知れない(**)。それとも自ら成った「裸の王様」とでもいえばよいか…。

  **…ただし彼らは本邦の傾奇者とは違い、ファッションのセンスについては中庸を良し
     とした。猩々緋や錦糸のように派手で意表を突く色彩を使ったり、大胆な裁ち方を
     した服装を身に着けて街中で目立つことは、彼らにすれば耐え難い悪趣味。あくま
     でも洗練を旨とするのが基本なのだ。また流行には敏感だが単純に追い求めるので
     なく、寧ろ流行に反応して独創的で新しい流行を自ら作り出すことを主眼とした。

 「粋(いき)」との比較で言えば、「媚態」「意気地」「諦め」の特質のうち最も異なるのは「媚態」の部分だろう。ダンディズムの場合、粋とは違って異性に対する熱心さを見せることは望まなかった。(むしろ“泰然自若の理想”を脅かすものととらえていた節が。)女性は自然であるが故、人工的な美学であるダンディの対極に位置する存在なのだ。同じくダンディズムの信奉者であるボードレールに、女性を冷淡に扱う傾向があったのはそのためとのこと。ただし(女性に限らず)他者からの賞賛と崇拝を得ることはダンディズムの大きな目的のひとつ。したがって女性から憧れの的になることは必須であるというからややこしい(苦笑)。
 たとえば女性にもてることが目的であるしゃれ者は、外出の時だけ鏡の前に立って身だしなみを整える。それに対してダンディは外出の有無に関係なく四六時中、鏡の前に立つ。よく似た両者ではあるが、厳密に言えばそのような違い(ただしブランメル達とっては大きな違い)があるとのことで、言ってみればダンディズムの原則は媚態というよりは完璧主義であると言えるのかもしれない。

 本書には他に『ヴァテック』の作者として知られるウイリアム・ベックフォードの小伝や、18世紀末はフランスの作家バルベー・ドールヴィリーの詳伝「老いざる獅子」、それにブランメルからボードレールを経てロベール・ド・モンテスキューまで様々に形を変え受け継がれる「ダンディズムの系譜」などが収録されている。秋の夜長、このような“お勉強”をして過ごすのもまた一興かも。(何かの役に立つかと言われれば言葉に窮するが、とりあえずは面白い。)

<追記>
 本書を読むと、ちょっと年季の入ったSFファンなら、奇想作家バリントンン・J・ベイリーの『カエアンの聖衣』を思い出して懐かしく感じるかも。カーライルの「衣裳哲学」などという言葉も出てくるし、ブランメルが述べた次の言葉など『カエアンの聖衣』にでてくる世界観そのものではないかという気もする。

 「動き、話し、歩き、食べる以前に、人間は衣類を身に着ける。おしゃれに属する諸動作、立居振舞や、会話は、つねにわれわれの服装の結果でしかない。(中略)われわれはだれしもみな衣裳の影響をこうむっている。」

 まさしく、身だしなみを整えるのに毎日2時間を費やしていたという、伊達者の面目躍如といったところではなかろうか。
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No title

こんばんは。
いいですねー粋、そしてダンディズム。

たとえば女性にもてることが目的であるしゃれ者は、外出の時だけ鏡の前に立って身だしなみを整える。それに対してダンディは外出の有無に関係なく四六時中、鏡の前に立つ。

そう、ナルシストな部分は甘んじて受け入れますが(笑)、でもそういう一貫した生き方というか、徹底した美学に憧れるんですよね。
ぼくはダンディズムとは地球と月ほどの距離がありますけど。笑
自分のキャラと合ってはいないにせよ、強い憧れを抱いてしまいます。

慧さま

コメントありがとうございます。

そう、粋やダンディって何だか憧れますよね。
自分の場合も、自身が似ても似つかぬ性分なだけに、却って強く憧れてしまうところがあります。

ただ、本書を読んでみると、美学を徹底するにはそれなりの苦労があったようです。晩年はどの人も皆、不幸な最後を送っているようですね。
尾羽打ち枯らしても、やせ我慢の構図をやめようとしない(出来ない)せいで、徐々に味方もいなくなっていったようです。

やはり年をとったら可愛らしい年寄になる方が良い気がしました(笑)。

こんばんは。

『ダンディズム』わたしも読んだのですが、
読む前はダンディズムとはお洒落を究める、
ぐらいの認識であったのですが読んでみると
「男の生き様」みたいなものを感じました(^^)。

みどりのほし様

こんばんは。

「ダンディズムとは何か」について、
結構分かりやすく書かれている本ですよね。

しかし面倒くさい生き方ですよねえ、
ダンディズムって。

遠くから眺めている分には良いですが、
おそらく自分にはあんな「生き様」は無理です(笑)。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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