『忘れられた日本人』 宮本常一 岩波文庫

 フィールドワーク型の民俗学における“巨人”の代表作。原著は1960年の刊行。戦中から戦後にかけて日本全国を歩き、土地の古老に聞き取りを行った記録なのだが、これがまた滅法面白い。江戸末期や明治維新のころの庶民の暮らしぶりが、彼らの記憶の中から鮮やかに蘇ってくる。
 村の寄りあいの様子/農民の日々の生活/新しい漁師村の開拓の歴史といった、教科書に出てきそうな話もあれば、「ばくろう(馬喰/博労)」や「世間師」といった、今では消えてしまった人々の思い出、それに頻繁にあった夜這いや子供の養子縁組の話など、まさに当事者でなければ語れない貴重な話題が満載。
 自分はどちらかといえば、閉塞感のある民俗学よりも視野が広い文化人類学の方が好み。でも本書を読むと、ついつい民俗学の“魔力”に魅入られそうになってくる(笑)。「神は細部に宿る」ではないけれど、今を生きる我々からすればまるで異界のごとき“失われてしまった時代”を再現するには、何気ない日々の暮らしを克明に記したこのような記録こそが、最も強力であるとともに且つ唯一の方法ではないかと思える。
 思えば、民俗学の本を読む時の愉しさやワクワク感を生み出すためのポイントは、時間や空間を超えた“ある社会”との遭遇にあるといえる。すなわちその社会のあり様が、まざまざと眼前に立ち現われてくることへの驚きこそが、愉しさやワクワクの正体ではないかと思うのだ。そして今の自分たちが持つ価値観が、実は明治期以降に成立したものであったり、極端な場合は高度成長期になって初めて培われたもの(*)に過ぎないという気付きこそが、民俗学を知ることの醍醐味なのではなかろうか。そんな気がする。

   *…たとえば「専業主婦」などの概念もそう。

 文化人類学との比較でいえば、文化人類学という学問には空間的なアプローチが不可欠であるのに対し、「民俗学」においては、(少なくとも日本においては)ただ時間的なアプローチこそが重要であったといえるかも。そしてそれに異議を申し立てたのが、網野善彦氏(東西文化の比較論)や、赤坂憲雄氏(東北学)であったというのが自分なりの理解の仕方。本書を読んだ印象では、宮本常一という人物は彼ら新しい民俗学への道を拓く礎になった人という感じがするな。他の著作は『塩の道』(講談社学術文庫)くらいしか読んだことないけど、もう少しきちんと付き合ってもいい人かも知れない。
 
<追記>
 このところ忙しくて本を読めなかった反動で、長期の休みになってから集中的に読んだ。その中に民俗学者の宮本登氏の『はじめての民俗学』という本があり、久しぶりに氏の本を読んだら事のほか面白かったので、続けて読んだのが本書というわけ。興が乗ったときにはこうして同じジャンルを大量摂取することもあるが、そんなときには部屋の積読本の山を漁れば、大抵なにか見つけることが出来る。これは喜んでいいのか悲しんでいいのかよくわからないが(笑)、便利ではあるよ。(^^;)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんばんは。
これはぜひ買います!笑
東北の田舎で育ったぼくですが、土着の民俗学的な話は驚くくらい馴染みがなく。
でも多分ぼくの強みとしてそういった感覚が底の方で根を張っていると思う(思いたい)んですよね。
ある種、ガルシア・マルケスのような幻想性というか。
金枝篇を読み返すたびに、もったいなく感じています。

No title

この本も未読の一冊です。

『忘れられた日本人』は、

網野先生の著作のなかで、

フロイスの書籍と一緒に、紹介されておりました。
購入はしてあるものの放置してあります。

「歌垣」に近い風習が、寺社での祭りや参籠の際に行われていたというのは面白いです。

そのほかにも、近代にはいっても続いていた風習もあるようですね。


慧さま

こんばんは。

当時でも、既に「忘れられた」文化だったんですよね。
おっしゃるように、自分たちのルーツ探しでもしているようで、
面白かったです。

ただ、東日本ではなく対馬など西日本の話が多かったので、
慧さんとおなじく東日本文化圏で育った自分としては、
その点だけがちょっと残念でした。

たとえば「寄りあい」などは、
網野善彦氏がいうように西日本に特徴的なもののような気がします。

庄屋などによる話し合いで物事が決まる、
平等型の社会なんだそうですね、西日本って。
やはり武家ではなく商人の文化なんでしょうか(^^)。

kappamama様

こんばんは。

明治から昭和にかけて日本人が忘れて(捨てて?)しまったことが、
沢山あるようですね。

この本で語られていることのすべてが羨ましいとは思いませんが、
当たり前のように助け合う気質とか、残しておきたかったことも…。

あまりに面白かったので、あっという間に読めてしまいました(笑)。
最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR