『今日の芸術』 岡本太郎 知恵の森文庫

 生前はちょっと変わった人物としてばかり取り上げられた感がある岡本太郎だが、ここ最近は「芸術家」としての再評価が著しい。本書はそんな彼が1954年に書いた芸術論。序文の横尾忠則氏によれば、当時は新書(カッパ・ブックス)で出されたとのことで、そのせいか当時はベストセラーになったようだ。変に気取らず、常に真っ直ぐに生きた著者らしくて好い感じ。
 中身は自らの芸術論を語ったマニフェストであるとともに、人生をいかに生きるかについて読者に熱く語ったアジテーションとなっている。晩年のエキセントリックなパフォーマンスだけが印象に残っている人にとっては、驚くほど理路整然としてしっかりした本書の文章は驚きかも。この人、本当はすごく頭のいい人だよね。
 著者は本書の中で惰性で生きる人生を否定し、「自分自身に充実」してための方法として“芸術”を規定する。自分自身の求めるものを象徴的に自分の姿の上に表すこと、それこそが「芸術」の本質であるとのこと。「失われた人間の全体性を奪回しようという情熱の噴出」とか、ちょっと時代がかった表現はされているが、言っていることはいたってまともだ。レトリックや韜晦に満ちた今どきの本に慣れてしまっている自分からすると、ストレートで力強い著者の文章は少しまぶしいくらい。

 岡本太郎氏の芸術論のポイントをまとめると、要するに頭や心に染みついた既成概念を捨てて、ありのままの自分をさらけ出そうということに尽きる。既成概念で図ることが出来ない「芸術」は、当然のことながら観る者の心にさざ波を立てる。

 今日の芸術は、
 うまくあってはいけない。
 きれいであってはいけない。
 ここちよくあってはいけない。

 彼が目指すのは、お仕着せの評価や権威の完全否定。芸術は常に新しくなければならない。既存の概念で評価できてしまえるものは、しょせん真の価値/新しさをもった芸術ではない。――それが彼の主張だ。したがって彼の作り出す作品は、自然と前衛的で抽象的なものになるというわけ。(こんなに分かりやすい芸術論を読んだのは、おそらく初めてかもしれない。)誤解を恐れずに言えば、G・ホッケが『迷宮としての世界』で述べたところの「マニエリスム(*)」を否定する事だと言い換えてもいいかも。さすが、子どもたちが描いた絵を絶賛していた著者らしい。

   *…通常理解されている「マニエリスム」とは少し意味が違うので注意。
     興味のある方は、以前書いた文章が本記事と同じ「建築・デザイン・芸術」
     のジャンルに入れてあるので、そちらをどうぞ。(^^)

 芸術はすべからく「新しく」なければならない。これは岡本氏の強い確信によるものだが、ただし生活にぴったり寄り添いズレや裂け目を感じさせない、「モダニズム(もしくはデザイン)」の価値を認めていない訳ではない。それらは“日常生活”を送るのに必須のものとして、芸術とはまた別に重要視している。
 “芸術”と、日本文化における”芸事”の違いについても面白かった。芸術は前述のように常に新しさを求める。新しくなければ価値はない。それに対して芸事の場合は逆で、伝統からの逸脱をもっとも嫌う。繰り返し鍛錬を積むことで、昔からの伝統を寸分たがわず再現できることが美徳とされる。
 しかし著者によれば、これは所詮「過去の新しさ」であって、今の時代に即したものではないのだとか。過去を守ることは重要だが、それを現代(そして世界)に通用する芸術的価値をもったものと思うのは大きな勘違いだそうだ。(このあたりの記述は権威主義に対する強烈な批判だね。)

 まあもっとも、著者の意見に若干思うところがないわけでもない。既成の価値観をすべて捨てて、自らの思うところをそのまま表現せよ!なんていわれても、そもそもが「物事の考え方の規範」自体を誰もが生まれながらに持っている訳ではない。伝統文化なりジェンダーといった、既成の考え方に寄り添うことで自分を作り上げている以上、何が「自然な価値観」といえるかは、非常に微妙なところだろう。でもこんな考えを持つことさえちょっと恥かしくなるくらい、純粋で気持ちがいい芸術論が展開されている。
 もしかしたら岡本太郎のこのように自由な発想は、母親である作家・岡本かの子の奔放さによるものなのかなー?なんてことを考えながら、気持ちよく読み終えることが出来た。好著。

<追記>
 夏季休暇が終わると、またドタバタした生活が戻ってきます。それまではしばしの休息。ちょっと変則的なブログの更新になっていますがご容赦ください。
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