薪能(たきぎのう)

 今回はちょっと趣向を変えて、先日見てきた『第十一回 名古屋名駅 薪能』について書いてみよう。以前から能や歌舞伎といった伝統芸能にはとても興味があって、実際に見る機会はなかなか無くても、時々テレビでやるのを観たりしていた。このブログでも前に安田登著『異界を旅する能』(ちくま文庫)を取り上げたことがあるが、他にも世阿弥『風姿花伝』とか、本で読んでも面白い。是非ともいつか生の舞台を見てみたいものと思っていた。
 そんな折、たまたま名古屋駅を歩いていたら、JR高島屋に般若の面の大きなポスターが。何気なく近寄って見てみると、大きく「薪能」と書いてある。薪能というのが、薪の灯りで行う野外能という事くらいは知っていたので、興味津々でじっくり読んでみた。すると次の日曜日にJR高島屋・タワーズガーデン特設会場で開催とのこと。しかも「入場無料」とあるではないか(ここが肝心/笑)。その言葉を見た瞬間に心の中は決まっていた。
 家に帰ってホームページを調べてみたところ、残念ながら600名分の整理券の申し込みはすでに終了。あとは当日、先着順で配られる自由席の券を獲得するしかない。しかも昨年の公演の写真を確認したところ、広い会場は人で一杯の様子。自分は全く知らなかったのだが、かなり人気のある催し物だったようだ。「能なんて人気ないだろうから大丈夫だろ」と思っていた自分の甘さを思い知った。
 色々あった家の用事をやりくりして事前に済ませ、気合を入れて名古屋駅に着いたのは午後4時。開演の午後6時まで充分に時間はある。開場は1時間前の午後5時なので、どこかで軽く食事でも済ませてから並ぼうと思っていたのだが、念のために会場を覗きに行ったところびっくり。すでに300人ほどの人が炎天下に列をなして並んでいるではないか(汗)。慌てて地下街のパン屋にパンを買いに行き、とりあえず列の最後尾に並ぶことに。いやあ、おそるべし薪能人気。(*)

   *…その後、その列は事前申し込みで整理券が当たった熱心なファンの列だったという
     ことが判明。当日券の人は結構ギリギリになってから来る人が多く、幸い椅子席に
     座ることが出来た。

 終了は午後8時から8時半とのこと、待ち時間も入れると4時間以上もあるためトイレを心配していたのだが、どうやら半券さえ持っていれば席に荷物を置いて自由に出入りできることがわかり、時間まで駅ビル内にある本屋をうろうろしたり恒例の献血をしたりして時間をつぶし、会場に戻ったのは5時40分。すでに会場は立ち見(階段)席も含め、ほぼ満席になっていた。整理券が600人で当日券が600人ということだから、当日はおよそ1200人が見に来ていたことになる。(ちなみに観客の平均年齢は高い。たぶん60歳は超えていたのじゃないかな。なんせ自分が若い方だったから。でも中にはちらほらと浴衣姿のお嬢さん達も見受けられたりして、これなら伝統芸能もまだ大丈夫かな――という気がした。)
 先に開かれていた「全国学生能楽コンクール」の表彰式と上位校のエキシビジョン演技を見て待つことしばし。心配されたにわか雨も降ることなく、やがて演奏を受け持つ“囃子方(はやしかた)”と「謡(うたい)」を受け持つシテ方が登場すると、会場は一気に期待と高揚感に包まれる。最初の演目である『絵馬(えま)』が始まると鼓や笛の音が鳴り響き、その後はおよそ2時間、駅前のビルの谷間に伝統芸能の空間が現れたのだった。

 当日の番組(演目)は次の3つ。
  ■舞囃子『絵馬(えま)』
  ■狂言 『六地蔵(ろくじぞう)』
  ■能  『小鍛冶(こかじ)』

 最初の「舞囃子」というのは、能のクライマックスだけを抜き出して演じる略式演奏らしい。(よく知らなかったので、あとで調べたらそう書いてあった。)能面や正式な装束はつけず、紋付き袴と裃(かみしも)のままで演ずるもの。ストーリーは当日渡されたパンフに書いてあったので、予め目を通しておけば凡その流れは見当がつく。今回演じられた『絵馬(えま)』というのはだいたい次のような話だ。
 ―― 帝に仕える臣下が勅命により伊勢神宮参詣へ。一行が伊勢に到着すると丁度その日は節分の日。やがて老人夫婦がやってきて、伊勢では節分に絵馬をかける風習があるとのこと。姥は雨の占方を示す黒い絵馬を、翁は日照りの占方を示す白い絵馬をかけようとして互いに争う。そして最後には仲良く黒白ふたつの絵馬をかけ並べ、自分たちの正体が伊勢の二柱の神であると明かすとともに、雨も降らせて日も照らし、人民が喜んで暮らせる世界にしようと言いつつ消え去っていく。

 次の演目の狂言『六地蔵』は、なんと野村萬斎が出演していた。どうやら会場の何割かはこれが目当てで来たようで、狂言が終わるとぱらぱらと帰っていく人がいたのは残念。しかし話自体は爆笑につぐ爆笑で、現代にも通じる普遍的な「笑い」を満喫できた。ストーリーは凡そ次の通り。
 ―― 田舎者が地元に地蔵堂を建立し、そこに安置する6体の地蔵を手に入れようと、都へ仏師を探しにくる。それをこっそり見ていた都の「素っ破(詐欺師)」が、仲間のゴロツキを地蔵に化けさせて金をだまし取ろうと画策するが、やがて正体がばれて仲間ともども追い立てられる。

 やがてあたりが薄暗くなった頃、いよいよ最後の『小鍛冶(こかじ)』が始まった。薪は本物ではなく電気式だが、それでも能舞台の両脇で煌々と周囲を照らして雰囲気は十分。さて物語の内容は…
 ―― 帝が不思議な夢をみて、当時の鍛冶の名工に御剣を打たせようとする。鍛冶師はすぐれた相槌を打てる者がおらず、自分ひとりでは打てないと辞退しようとするが、帝の勅命とあって無碍に断ることも出来ず、仕方なく引き受けることに。途方に暮れて稲荷山の稲荷明神に祈願をしたところ、一人の童子が現れる。彼に草薙の剣を始めとする和漢の名剣の故事を語って聞かせ、その上で力を貸すことを約束する。(実は童子こそが稲荷明神の使いである狐の化身であったのだ。)後日、壇をしつらえて仕度を整えた鍛冶師が待ち構えていると、稲荷明神の使わせた白狐が現れて見事な相槌を打ち、御剣を打ちげて帝の勅使に捧げたのち、再び稲荷山へと帰って行く。

 ひとつめの『絵馬』、ふたつめの『六地蔵』も好かったが、この『小鍛冶』はまさに圧巻。中入りが終わって白装束に身を固めた狐の化身が現れ舞を踊り始めた瞬間、真夏というのに腕に鳥肌が。高層ビルの下というのに、確かに舞台の上に見えたのは狐の姿。面をつけて頭には狐の形の飾りをつけた能楽師が、その間だけはたしかに稲荷明神の遣いとなってそこにはいた。名古屋駅の喧噪が嘘のように消え、夢幻が目の前に現出した瞬間だった。

 初めて体験したのだが、やはり生の能鑑賞は格別。すべてが終わり会場を後にするときには、来年も来ようと心を決めていた。来年は事前申し込みで何としても整理券を手に入れ、もっと前の席に座らなくては。それとも前席の人のようにオペラグラスでも持参するかな。(笑)
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No title

薪能、とっても見たくなりました!
以前から、薪能は気になっていたので♪
野村萬斎さんの演じる狂言、わたしも見た事があります(^^)。



みどりのほし様

こんばんは。

野村萬斎さん、巧いですよね。
何かこう、「華」がある感じでした。

しかし拙い文章なので、
うまく当日の雰囲気が伝えられず歯がゆいです。
ほんとに好かったんですよー、薪能。
(入場無料というのも含めて。/笑)

もしも機会がありましたら是非どうぞ。
きっとお気に召すこと請け合いですよ(^^)。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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