『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』 竹内整一 ちくま新書

 言語学の本かと思ったら全然違っていた。でもこれはこれで大正解。いろいろと考えさせられるところの多い本だった。本書のテーマは言語学ではなく死生学。すなわち「究極の別れ」である死について、「さようなら」という別れの表現を軸に、様々な角度から分析する試みの本だ。
 「さようなら」もしくは「さらば」という挨拶は、意味的にみて世界的に見ても大変ユニークなものらしい。意味は「そうであるならば(さようならば)」が縮まったものであり、そのことについてはかなり早い段階で説明がなされる。ところが「へえ、そうなんだ」と感心するのもつかの間、実は本書の本題はそこから始まるのダ。(笑)
 その後は、「日本人にとって死とはどのようなものであったか?」について、古典文学における別れの表現について分析がなされる。そしてみえてくるのは、日本人にとって「今」という瞬間がどのような意味を持ち、そして世界のなかで「自分」というものがどのような意味を持っていたかということ。かなり乱暴な要約ではあるがそれは次のようなことだ。
 まずは古来日本人にとって「今」がどのような意味(価値)を持っていたかについて。著者によれば日本人の「今」というものは、現在のこの「一瞬」であるとともに、“過去”から連綿と続いてきた物事の結果としてあるものなのだという。(そしてまた“未来”を確定させる原因としても…。)「今こそさらば」とか「いざさらば」というのは、そのような「今」を前提にして初めて見えてくる「別れ」の言葉なのだとか。これが日本人独特の死生観のひとつ。
 うーん、ちょっとわかり難くて申し訳ない。いわゆる松岡正剛氏がいうところの「デュアルスタンダード」というヤツに近いのではないかと思うのだが、松岡正剛氏の著作を読んでいない方には何のことか分からんですね。(苦笑)
 本書に出てくるほかの表現で書いてみよう。たとえば「自分」というものについて。
 日本人にとって「私」とか「自分」というものは、西洋における「自己」についてのセルフイメージとは、全く違うらしい。世界を大河に例えるならば、「私」とは過去から現在に向かって営々と流れる大河の一滴のごとき(とるに足らない)存在でありながら、なおかつ同じものは今だかつて(そしてこれからも)存在し得ない唯一無二のもの。そんな「絶対矛盾的自己同一」(by西田幾太郎)をそのままの形で引き受け、日々の営みを繰り返してきたのが日本人であるのだとか。これは「一隅(ひとすみ、いちぐう)」と呼ばれる考え方につながるものでもあるのだという。(*)

   *…字は違うけど「千載一遇」の「一遇」とも何か関連があるのかな?発音が同じだけ
     に気になる。

 本書ではこれらの価値観の大元についても考察がなされている。それは「結婚することになった」とか「感じられる」といった日本語独特の用法にある、というのが著者の主張。学校の古典の授業でならった「る/らる」や「す/さす/しむ」のように、「受け身」とも「自発」とも「可能」ともとれる独特の表現が原因なのだとか。
 すべての意味がないまぜになり容易に判別が出来ない(=実はすべての意味を持つ?)、日本語独特の用法が原因というのも、「言語が思考を決定する」という考えからすれば至極納得がいく説ではある。そして日本人は不幸な境遇に陥ったとしても、「(その状況が)自ずから成った」という感覚からくる“諦め”を感じてしまうのだとか。これもまた納得。
 諦観によりすべての境遇を「運命」として甘受すること。これは地震や津波などの天変地異により全てがご破算になるという不幸を、過去何度も経験してきた民族に特有の大変ユニークなものなのかも。それは例えば先の震災の時に海外メディアによって絶賛された、驚異的な我慢強さやマナーの良さにつながるものである反面、「お上」や「ご時勢」という言葉で強権力による理不尽な動きを、なし崩し的に認めてしまう“腰の弱さ”にも通じるものがある気がする。
 地味な主題ではあるけれど(失礼!)、かなり色々なことを考えさせてくれる本だった。
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No title

こんばんは。
諦観。日本人の美徳でありながら、悪いところでもありますよね。
自分の存在が過去と未来をつなぐ大河の一筋であるコト。
巨視的?な感受性を持つ国民性なんだと、改めて実感させられました。

慧さま

こんばんは。
コメントありがとうございます。

日本人の考え方って、なぜかしら独特ですよね。
私は今までそれは、砂漠の国で生まれた一神教の父性的な厳しさに対して、熱帯雨林で生まれた多神教の母性的な優しさが原因なのだろうと漠然と思っていましたけど、ちょっと違ってたようです(^^;)。
もっと奥深いものでした。

今回は準備不足だったので、本書を読んで思ったことの半分くらいしかまとめきれなかったのが残念です。

またいつか同じ著者の他の著作にチャレンジしてみたいもんです。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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