本が読めないとき

 7月に入ってから職場の人事異動と組織変更があって、これまでの仕事に加えてほかの部署の仕事も引き受けることになった。しかも業務の引き継ぎ開始のタイミングに合わせるように、節電のための7:30勤務も始まり、そこへ持ってきて6月からの子供の入院と祖母の法事の対応も。このところコマネズミのように忙しい日々を送っている。
 10年ほど前から自分に課してきた「月の読書量10冊以上」というノルマも危ういほど、本を読む時間が取れない状況。うーむ、もしかしたら今は我が読書ライフ最大の危機的な状態といえるかも。(笑)
 でもまあ、こんな時は焦ったって仕方がない。毎日とりあえず数ページだけでも読んでいるので、「飢餓状態」には陥らずに済んでいるだけマシと思うしかないだろう。

 思い返せば、本を思うように読めなかったのは、わが人生でこれまでに2度あった。それは大学受験を控えた高校3年の年と、会社に就職したばかりの最初の年。前者はもちろん自ら一時的に活字を絶ったのだけれど、その反動で大学入学が決まってから、街に出て10冊以上の本を一気に大人買いするという暴挙にでた(笑)。後者は正式配属前の実習が肉体的に大変だったのと、慣れない環境で精神的にも余裕がなく、年間80数冊しか読めなかった覚えがある。(それ以降は年間120冊以上はキープ…って、スポーツじゃあるまいし一体全体どんな記録だ?/笑)
 それに比べると今回の「谷間」は、多少の人生経験を積んだせいか(?)以前ほどの心の焦りはない。焦りはないのだが、しかしその代わりに面白いこと。それは何かというと、本屋に足を向ける頻度が確実に落ちているのだ。何故かと考えてみるに、買っても読めないので新刊棚をみてもさほど「心がときめかない」からみたい。「本は読むより買う方が面白い。それよりもっと面白いのは、次に読む本を選んでいるとき」というのは、以前から自分が秘かに感じていたことなので、これは自分でも意外だった。今回の事を機に改めて「本は読んでなんぼ」というのを実感した次第。たしかに沢山読んでいる月ほど、買っている数も多い気がするなあ。

 さて、それでは本を読めない間は一体どのように憂さを晴らしているか?
 頭に浮かんでくるのはやはり「お気に入り」の作家や作品のこと。通勤途中や会社の駐車場についてから気分転換に考えるのは、たとえば澁澤龍彦とか開高健、稲垣足穂に泉鏡花たちなど概ね決まっている気がする。未刊行になったままの本(*)がいつ出るか?なーんて事に思いを巡らせるのも愉しい。
 こうして考えてみると、今まで自分の前を通過していった数多くの本は、間違いなく自分の中で何かしらの「蓄え」になっているのではなかろうか。憧れの地に旅行に行ったときの記憶や素晴らしい人に出会えた時の記憶は、もちろん自分の中で財産となっているが、本との出会いも同じくらい大事なひとつの「経験」と呼べるのでは。(ほかの方はまた違う感想をお持ちかもしれないが、少なくとも自分にとってはそのような感じ。)もしもこの世に本が無かったとしたら、自分の人生がいかに無味乾燥で詰まらないものになっていたかと思うと、空恐ろしいものがあるね。
 それでは引き継ぎ業務に慣れるとともに子どもや祖母の件も落ち着いて、またゆっくりと本のページを繰る日が一日も早く訪れることを祈りつつ。

  *…ポーランド作家スタニスワフ・レムの『レム・コレクション』が完結するのは、
    果たしていつの事か。

<追記>
 そんなに本が読みたいのならブログなんて書いてないで、その時間で少しでも読めばいいのに―― という言葉が聞こえてきそうな気も(^^;)。しかし自分にとってはこのような文章を書くという行為も、ストレス解消の一環なので、どうかご理解いただきたい。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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