『HSPと分子シャペロン』 水島徹 講談社ブルーバックス

 まるで呪文のような文字が並ぶヘンテコな書名。新刊予告では全くのノーマークで、新聞広告を見て初めて知った。書名を見てもジャンルすら推測できないというのも珍しい。しかしこういう時って、却って興味がわいたりするのだよね(笑)。
 さっそく本屋で現物を確認してみたところ、どうやらタンパク質とか医学に関する本だということは分かった。これまでの経験からすると、このような場合は2つのパターンのいずれかになることが多い。すなわち「狭い分野の些末な議論を繰り返すつまらない本」か、もしくは「今まで知らなかった新しい世界を見せてくれるとても愉しい本」のいずれか。
 ここのところ読む本の量よりも買う量の方が増えているので、わざわざ読んでみて詰まらなかったら…と、少し迷ったのだが、自然科学系の本に飢えていたこともあって結局購入、さっそく読んでみた。結果としては、幸いにも後者の「新しい世界」を自分の前に広げてくれる本だったので大満足。世の中には自分の知らないことがまだまだ多くあるのだねえ。興味は尽きない。(^^)
 それではざっくりと内容のまとめを。

 先ほども書いたように、本書はある種のタンパク質について書かれた本。著者は大学で創薬に携わる研究者で、(現在はまだ馴染みが薄いが今後とても重要になっていくと思われる)「HSP」と呼ばれるタンパク質について、一般人にも分かりやすく紹介した入門書だ。
 「HSP」というのは「Heat Shock Protein」の頭文字をとった略語で、日本語では「熱ショックタンパク質」と呼ばれるもの。1962年にリトサ博士によって発見されたそうだ。名前は博士がある生物に「急激な温度変化」(=熱ショック)を与えたときに、細胞内でこのタンパク質の量が増えることを発見した事に由来する。(*)

   *…ちなみに工学系の分野ではHeat Shockの事を「熱衝撃」とか、もしくはそのまま
     「ヒートショック」と呼ぶことが多い(と思う)。科学でも分野が変われば呼び名
     も変わるということか。こうしてジャーゴン(業界用語)が出来ていくわけだね。
     (笑)

 実際のところは「ストレスが生物に加わった結果として出来るタンパク質」ではなくて、「ストレスによって損傷した細胞を修復する目的で増えるタンパク質」というのが正解らしい。ひとことで言うと、HSPというのは体内に存在する様々なタンパク質を治したり世話したりする“お世話係”なのだ。(自身もタンパク質のくせして、周囲のタンパク質をお世話するためだけに存在するなんて面白い。)
 また書名にある「シャペロン」というのは、本来はフランス社会においてお嬢様の身の回りの世話を行っていた人のことだそうで、そこからHSPのことを「タンパク質(という箱入りのお嬢様)をお世話する分子」という意味で「分子シャペロン」と呼ぶのだそうだ。
 ちなみにHSPは分子量や働きに違いがあって、HSP90(分子量9万)やHSP70(分子量7万)など大きく分けても10種類、細かく分けると100種類以上が存在するとのこと。「形がおかしくなったタンパク質を元の形に戻す」「細胞を保護する」「コラーゲンという特殊なタンパク質が正しい形をとれるように手助けする」など、様々なタンパク質を「お世話する」働きを担っているらしい。会社でいえば総務や庶務など“間接部門”に所属するタンパク質というわけ。

 話がつい先走ってしまった。一応、タンパク質そのものについて簡単におさらいをしておこう。
 人間の体の中にはタンパク質が満ち満ちている。ひとつの細胞の中だけでおよそ80億個のタンパク質が生成/消滅を繰り返しているそうで、約60兆個の細胞からなる我々の体の全体では、何と48×10の22乗ものタンパク質がある計算になるらしい。
 ちなみにタンパク質という物質は、アラニンやグルタミン酸といった20種類におよぶ「アミノ酸」が「ペプチド結合」という緩やかな結合によって繋がったもの。人間の体にあるタンパク質は約4万種類(!)とも言われていて、生命活動の中心を担っている大事な存在。細胞核の中にあるDNA(**)という「設計図」に従って必要な時・場所に応じて作られているというのは、生物の授業などで聞いたことがあるだろう。

  **…デオキシリボ核酸。A/アデニン、T/チミン、G/グアニン、C/シトシンと
     いう4種の塩基が二重らせんの紐状に繋がったもの。1953年にワトソン博士らに
     よって発見され、博士は1962年のノーベル生理・医学賞を受賞した。

 タンパク質はアミノ酸同士の結合が弱いうえ、疎水性と親水性のアミノ酸が組み合わさった複雑な構造をしている。そのため熱や化学物質といった外的ストレスで簡単にダメージを受け、つなぎ目がほどけて変性してしまうことがままある。(***)なんと心理的なストレスによっても変化してしまうとのことだ。
 一旦そうなってしまうと自力で元の姿に戻ることは難しく、構造変化によってタンパク質が本来持っていた性質(つまり生体維持に欠かせない機能)も失われてしまう。それら「変性したタンパク質」を正常なものと区別・発見し、さらに修復まで行うのがHSPのもっとも重要な役割なのだ。まさに生命維持はHSPによって行われているといっても過言ではない。(とか偉そうに書いているけど、本書を読むまで全然知らなかった。全部受け売りです。^^;)
 ストレスをかけられた細胞の中では、ダメージを受けたタンパク質たちがHSP(分子シャペロン)によって次々と修復されるほか(=具体的には胃潰瘍にならずに済んだり)、ストレスの無い普段の時でも「タンパク質の細胞内での輸送」を受け持ったり「変性したタンパク質を除去するための目印」になったりと、このHSPという奴、なかなかのスグレモノなのだ。

 ***…たとえば卵を茹でると透明でドロッとした状態からカチカチの白い塊りに変化する
     のもそのひとつ。

 本書では前半がこのすぐれた性質を持つHSPについて、そして後半第4章からは、HSPの応用研究によって拓けようとしている二つの“新しい世界”について語られる。
 “新しい世界”のまず一つ目は、体内で特定のHSPを増やすことで、タンパク質変性に起因する難病に対し、効果的で副作用の心配がない治療が行える可能性。アルツハイマーやBSE(狂牛病)、白内障、ハンチントン舞踏病、肺/肝/腎繊維症、潰瘍性大腸炎など、現在は有効な治療法が無い疾病の進行を遅らせたり、治すことができるなんてまるで夢のようだ。(癌の治療の可能性も示唆されている。)
 二つ目の応用分野はガラリと変わって化粧品。HSPがもつ、紫外線によるダメージを修復してシミを防いだり、メラニンの増加を防いだりする効果を使い、効果的な日焼け止めクリームが開発された話。(熊本にある有名な某化粧品メーカーから、すでに発売開始されているそうだ。)他にもシワの防止(正確にはシワを防止するコラーゲンの生成を手助けする)効果があるということなので、アンチエイジングにも有効となれば、今後ますますその重要性は高まっていくに違いない。
 こうしてみると、HSPの働きはほとんど万能に思えてくるね。呪文のようなヘンテコな名前なんて言って失礼しました。(笑)

<追記>
 本書は殆ど知らない世界の話だったので、あれこれ考える前にひたすら「へえー」と感心するだけで終わってしまった。したがって今回の記事は単なる薀蓄のご紹介です。ま、たまにはこんなのも良いかな。化粧品の話だけはちょっと某メーカーに対するリップサービス的な面が無いでもないが、概ねHSPの広報マンとしての役割に徹していて、なかなか愉しい本だった。
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No title

いちおう普段の仕事に近い領域ではありますが、全く分かっていないことを思い知らされてしまいました(笑)。それにしても小鬼さんの好奇心の旺盛さには脱帽です。素晴らしい。

さあのうず様

こんばんは。コメントありがとうございます。

お褒めいただき恐縮です(汗)。
好奇心旺盛というか、気が多いというか(^^;)

それにしても、ブルーバックスは手軽に読めて気分転換にいいですよねー。失敗してもさほど財布に響かないですしw。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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