『極限の科学』 伊達宗行 講談社ブルーバックス

 ときどき無性に自然科学系の本を読みたくなるが、読み物として面白いものにはなかなか当たらない。専門的な話じゃないと面白くないし、かといって専門家は文章が下手で読みにくいし。その点、(表紙裏の著者紹介にも書いてあるように、)この人の文章はとても読み易くて科学系の読み物としてはほぼ理想的なレベルにある。

 ところで、この本でいう“極限”とは、さまざまな物理量において限界に近い領域の値のこと。序説にも書いてあるが、「認識量」と「到達量」という二つのレベルで捉えると分かりやすい。「認識量」とは制御はできないが観察や観測が可能な値(例えば百数十億光年先の深宇宙)。それに対して「到達量」とは人類が実際に実験室などで実現・制御ができた数値(超低温など)。種類としては温度/圧力/距離・サイズ/電磁力/重力など様々なものがあるが、ここで最新の成果として取り上げているのはそのうち①温度(低温)、②圧力(高圧)、③磁力(強磁場)の3つ。ちなみに「高温」はプラズマ化などおおよそ物性の変化が分かっていて、だいぶ前から「認識」の限界に達しており、面白みがない。巨視サイズでは天文学によりビッグバン以降数億年のレベルまで遠く(古く)まで「認識量」が拡大しており、微視サイズでは「認識」「到達」ともにほぼ限界レベルにちかく、個々の原子を直接観察したり並べ直して字を書けるレベルにまで達している。その点、先に挙げた3つの物理量は人工的に作り出せる数値がまだ伸びている分野であり、それに応じて「認識量(=物性の新しい知識)」も増え続けている最前線なのでとても面白い。
 3つの極限の中では、特に「超低温」が良かった。すでに絶対温度で数十ナノKが実現できているというのも知らなかったが、その結果、原子気体のボーア凝縮が観測されたというくだりは感動ものだった(関係者は2001年のノーベル賞を受賞)。これはつまり、低温の分野においては「認識量」もほぼ最終段階まで来ているということを意味する。
 それに対して超高圧と強磁場については、けた外れに大きい値が白色矮星や中性子星という形ですでに存在しており、そこに向かって人工的にどこまで「到達量」を高めることができるか?が主題になる。結果、記述も技術論だったり実験室で得られた物性の細かな特徴であったりで、どうしても「認識量」に比べると話のスケールが小さくなりがち。もっとも、それで得られた知見を実際の中性子星でおこっている(であろう)現象について、物性的な観点で論じているのは初めて読む内容でとても面白かった。中性子星では中性子の超流体や陽子・電子の液体が混然と溶け合って超流動状態になっているという記述を読むと、とてもわくわくしてくる。
 池谷裕二の『進化しすぎた脳』と同じように、棚に残しておいてときどき読み返したい本なのだが、残念なことに科学解説書の旬は常に出版された直後であって、文学などと違って時間がたつとどんどん情報の鮮度が落ちて陳腐化していくのが辛い。この本の鮮度はどこまで持つかなあ?
<追記>
 圧力の章に、大学の研究室でさんざん使った「ダイヤモンドアンビルセル」という装置が紹介されていたので、とても懐かしかった。(ブリリアンカットを施した宝飾用の高価なダイヤモンドを使って高圧力を出す装置だけど、ガスケットの水平を出すのが難しくて、傾いたまま圧力を上げるとダイヤが割れてしまう。操作の練習のために水に高圧力をかけて常温の氷を作ったり、結構面白かった。)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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