『自然の家』 フランク・ロイド・ライト ちくま学芸文庫

 建築分野にはとんと疎い自分でもライトの名前くらいは知っている。桂離宮を絶賛したというエピソードは聞いたことがあるし、彼の手による帝国ホテルを犬山市にある明治村まで観に行ったことも。でも恥ずかしながらそれ以上の事はよく知らない。(注:あれっ、桂離宮を褒めたのはもしかしてブルーノ・タウトだったっけ?/汗。 ま、自分の知識なんてそんなもんです。 ^^;)
 これまでの印象としては「なんだか平たい家を沢山作った人」という程度(失礼!)。正直なところどんな建築家だったのか見当すらつかない。
 というわけで本書は、ライトご本人が自らの建築理念を率直に語った、自分のような素人には全くもってありがたい一冊。(とはいえ「アメリカの建築の流れを分かりやすくまとめた入門書」というわけでもないので、そのあたりはライトの文章から何となく読みとっただけ。もしかして的外れなところがあったらご教授頂ければと、厚かましいお願いまでしたりして。/笑)
 ライトの建築理念については、結論から言えば究極の目標は表題のとおり「自然の家」ということ。もっと具体的には周囲環境(特にそれが建てられた大地)と一体化した家ということのようだ。ちなみに彼がこよなく愛する風景はアメリカの郊外に広がる「大平原(プレーリー)」。従って大平原からそのまま持ち上がったような平たい家こそが、彼の建築の持ち味となっている。自分の印象もまんざら間違ってはいなかったようだ。(笑)

 本書を読んでいると、かなりのページにおいて当時のアメリカ住宅に対する非難がされている。ライトが建築設計の仕事を始めた19世紀後半は、ヨーロッパの「新古典主義建築(*)」を真似た、いかにも大時代風なものが主流だったようで、窓が小さいため部屋の風通しが悪くて照度も不足していたとのこと。これを「住まい手にとって最も住みやすい家を作る」という形に変えたのが彼の偉いところ。いわば建築家の意識改革だったわけだ。
 ところで「窓が小さい」というのは、もしかしてアメリカの伝統的な住宅が「2×4(ツーバイフォー)」方式だからなのかな。2×4住宅では建物の構造的な強度を受け持つのは、柱ではなく住宅の四方を構成する外壁。従って“まずは壁ありき”であって、そこに穴をあけて窓をとりつける形になる。開口部は建物強度の関係から必要最低限の大きさになるので小さいし風通しも悪くなる。対する日本の伝統的な「木造軸組み工法」では、柱を立ててその隙間を土壁で埋める形が一般的。埋めていない部分は全て窓(開口部)として残ることになる。柱の間隔を広げれば旧家のように巨大な縁側を作ることだって可能だし、基本的に換気や光環境は抜群に良い。(その代わり冬場の温熱環境は劣悪になりやすい。)

   *…「新古典主義」といわれてもピンとこないのだけれど、Wikiで調べてみたらローマ
     や古代ギリシャの建築様式を真似た石造りの建物のことみたい。ホワイトハウスや
     国会議事堂みたいなもののようだが、それを真似た個人の住宅と言われても余計に
     分からなかった。

 それでもライトが目指しているのは、どうやら日本家屋に近い開放感を持った住まいのように思える。(ただしもっと工夫が施されていて、実際のしつらえや住みやすさは日本の家屋とは全く違う感じではあるが。)冒頭にも書いたように、彼が創ろうとしたのは、大地からそのまま立ち上がったような、そこに住む人をまるで包み込むような快適さをもった住宅。
 具体的な設計に際しては、鋼鉄やガラスやプラスチックといった「新素材」を積極的に用いながらも、石や木材や煉瓦といった従来素材も存分に活用する。いやむしろ特定素材に対するこだわりはなく、全ての素材の「声」に素直に耳を傾けるのが彼のスタイル。ガラスはガラスらしく煉瓦は煉瓦らしく、それらに「内在する様式」(特性)を住宅に活かしきる手法だ。最終的にライトが目標とするのは、素材の持ち味を生かすことで見えてくる自然な秩序と、建築家の意思が織りなす「建物と一体不可分となった装飾(パターン)」あるいは「(それ自体が)詩の水準にまで高められた建物」なのだ。
 彼が最も嫌うのは、ハリボテの不細工な構造躯体にとってつけたような装飾を施した個人住宅や、もしくはチューダーやローマの様式を真似た公共建築。「ホテルはホテルらしく」「銀行は銀行らしく」をモットーに、不必要な権威主義を否定した。「構造それ自体に自然なパターンを与える想像力」こそが建築家に求められるスキルなのだとライトは言う。(彼が近代建築のパイオニアのひとりと呼ばれるのは、ここに所以がある。)
 たしかに写真で見る限りでは、ライトが設計した住宅は開放的で機能的な空間設計がなされているようだ。(**)作業動線を考慮したキッチン設計も大変好ましい。子供の頃に『奥さまは魔女』などのアメリカ製TVドラマで憧れた、豊かな近代生活の原形がここにあるといえる。

  **…ただし吹き抜け空間は冷風が吹き下ろすので温熱環境は悪そう。ライトに抜け落ち
     ているものがあるとすれば、通風や換気設計を含めた温熱環境やエネルギーの最適
     な利用に関する知見なのだろうが、これは時代背景を考えると致し方ないこと。

 ライトの建築のキーワードを簡単にまとめるなら「機能美」と「統合性」。本書には「有機的住宅」とか「造形性」とかいう言葉も頻出するが、要するに「シンプルモダン」といったところだ。(無印良品のコンセプトに割と近い気が。)そしてこれらの理念を実現したのが、彼独特のデザインである「大地に水平に作られた大きくて平たい屋根(陸屋根)」と、「角まで大きくとられたガラス窓」というわけ。彼の好きな風景の名に因み「プレイリー(大平原)住宅」と言うらしい。
 外観は水平直角のデザインと直線を多用した近未来風に仕上がっていて、それでいて周囲の自然環境に妙に溶け込んだカッコ良さを実現している。著者によればあまりのモダンさに当時はかなり奇異な目で見られたようだが、さもありなん(笑)。他にも床暖房や間接照明にリビングダイニングなど、現在では当たり前のようになっている住宅の間取りや設備も彼が初めて取り入れたものらしい。
 ただしひとつ注意が必要なのは、これらの住宅はあくまでもアメリカの中西部に広がる大平原の風土に最も適したデザインだという点。彼自身も述べているように、別な気候に対してはまた別のアプローチが必要なのだ。当時のアメリカでもそのあたりを理解せず、見た目だけを模倣した住宅が乱立したようだが、ライトはそれらを痛烈に批判している。ましてや日本など全く違う気候風土の国においては言わずもがな。

 なお、なぜ彼が見渡す限り遠く広がるアメリカ大平原の地平線に魅かれ、自らが設計する住宅の「規範」としたのかについては、おそらくイーフー・トゥアン(『トポフィリア』『空間の経験』)やエドワード・レルフ(『場所の現象学』)といった地理学の論客たちによる、“ある種の”風景や土地に対する愛着の考察に入り込むことになることになるだろう。「お気らく読書」の範疇を遥かに超えることになりそうなので、とりあえず今回は止めておきたい。
 まとめると、それが建てられた自然空間(土地)と一体化し統合される、有機的な(自然な)家の実現。そしてその家によって、住む人の暮らしぶりや文化も周囲の自然と一体になれる――というのが、ライトの目指す「建築の理想」といえそうだ。

<追記>
 ずっと頭に引っかかっていた「新古典主義の住宅」に対する疑問が、訳者の富岡義人氏による解説を読んで氷解。ライトが目の敵にしていた古典主義的な住宅と、彼の手によるプレイリー住宅の違いが、イラスト入りで詳しく説明されていた。先に読んでおけばよかった。やっぱり開拓時代の雰囲気の住宅のようだ。これから読まれる方は、本文を読む前に末尾のイラストぐらいはざっと目を通しておいた方が良いと思うよ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんにちは。先月、『美の巨人たち』という番組で
フランク・ロイド・ライトの「マリン郡庁舎」が紹介されていて
窓を大きくして外に広がる水平線を見ながら仕事が出来るようにとか
吹き抜けの構造にして働いている方々が交流をはかりやすいように
なっていたりなど、なるほどと思った部分が多くあった事を
思い出しました。このような本が出ていたんですね。
今度、読んでみます。
教えて頂きありがとうございます(^^)。

みどりのほし様

『美の巨人たち』は私も好きで時々観てます。
(ライトの回は知りませんでしたが。)

建築は素人ですけど、面白いですよねー。
デザイン性とか住まい方とか、
色々な因子が複雑に絡み合った総合芸術みたいで、
とっても興味があります。

どこから手をつけたら良いのか、
さっぱり分かりませんけど(笑)。

こちらこそ、
また何かいい本がありましたら教えてください(^^)。

はい。ブルーノ・タウトです。

タウトの本は何冊か読みました。私、ちょっとした建築マニアなのですよ(笑)
ですが、知識はボロボロです・・・断片の集合で脈絡がなくて(汗)
ライトの建築は関西にヨドコウ迎賓館なるものがありまして、近年訪問しました。
あ、明治村も行きましたよ~(あまりに昔でよく覚えてませんが)

建築を観ることも、建築に関する本を読むことも楽しいですね♪

彩月氷香さま

あ、やっぱりそうでしたか(汗)。
タウトじゃないかと思ってはいたんですが。(^^;)

仕事の関係で住宅設備や建築方法については分かるんですが、
肝心の建築家や都市計画についてはさっぱりです(笑)。

もうちょっと色んな知識を仕入れて街を歩けば、
きっと面白いんだろうなーと考える今日この頃です。

明治村に来られたことがおありなんですね。
京都の古い街並みも心魅かれるものがありますが、
明治期の和洋折衷の雰囲気も捨てがたいものがありますよね。(^^)
最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR