『冥途・旅順入城式』 内田百 岩波文庫

 ご存じ百鬼園先生の筆による幻想物語集。元は別々の出版だった『冥途』と『旅順入城式』がカップリングされていてお買い得。彼の恩師・夏目漱石の書いた『夢十夜』のごとき掌編が全部で47話収録されていて、まさに自分の“大好物”。岩波文庫版は現代仮名遣いなのでとても読みやすいので、本来ならガシガシ読み進むところ。ところが何故かそうはいかず、続けて読むことが出来なかった。

 「コレハ一体ドウシタコトカ?」

 ちょっと焦って(笑)、その理由を考えてみたところ、ひとつだけ思い当ることが。それは著者の幻想譚に共通する特徴というか、本書全体に通底音のように響くモチーフである「不安」に関することだった。
 全体を通して読むことで見えてくるのは、「怪奇」と「不可思議」と「憐憫」といったイメージ。そして何より強烈なのが、この「不安」という要素に思える。なお、ここで描かれている「不安」とは、子供の頃に見知らぬ場所で迷子になったり或いは母親から無理やり引き離された時に感じるような、幼少期に特有のものとは違う。もしそのようなものであれば、(例えば少年探偵団と怪人二十面相の物語や、知久寿焼の曲(*)の世界のように、)大人になってからノスタルジーにまで昇華されるのであろうが...。

   *…「さよなら人類」などで有名なバンド“たま”の元メンバー。
     代表作は「らんちう」や「夕暮れ時のさびしさに」など。

 百の「不安」というのはそのような類のものではなくて、大人が悪夢に見るような「不安」と言う方がしっくりくる感じ。例えば「周囲から感じる悪意」とか、「自らの“罪”(しかも身に覚えのない!)が発覚することへの恐怖」だとか ――そういった「不条理」に対する不安と恐怖を核に据えたのが、彼の幻想譚の特徴なのではなかろうか。(以前に読んだ「サラサーテの盤」なども、たしか同じような印象。)
 そんな訳だから、本書も読んでいて“居心地”がとても悪い。言うなれば脳内イメージであることを自覚している「幻想」より、むしろ「自分の感覚すら信用できない」という不安に苛まれる「幻覚」の領域に近い。
 そして(作者をモデルにした)語り手自身がその幻覚の当事者であるということは、これすなわちP・K・ディックの世界に繋がるものが。もしかして本書中の「山高帽子」「映像」「菊」「矮人」といった神経症を扱った作品群と、ディックの長篇『暗闇のスキャナー』あたりを並べて論じてみたら、結構面白いかも知れない。

<追記>
 本書で特に気に入った作品はざっと以下の通り。
  「山東京伝」…江戸時代の戯作者・山東京伝に弟子入りする話
  「件」   …ふと気が付くと人面牛体の化け物「件(くだん)」になっていた話
  「蜥蜴」  …不気味な見世物小屋に熊を見に行く話
  「疱瘡神」 …疱瘡にかかった妻をおぶって歩く話
  「映像」  …当事者の視点から描いた神経症の話
  「流渦」  …口の中に狼のような毛が生えた男の話
 どれも怖いよ(笑)。
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こんばんは。

<追記>の作品の記事を読んだだけでも悪夢にうなされそうです(笑)。
内田百の作品は一度も読んだことがないのでぜひ読んでみたいです。
47話も収録されているので今年の夏は
毎晩1話ずつ読んで楽しもうと思います(^^)/。
大人が悪夢に見るような「不安」というところ、とっても納得できました。

No title

うわー。
『冥途』のいい記事を先に書かれてしまいました。笑
特に、「幻覚」という表現。
的を得過ぎて、悔しい限りです。笑

ぼくのお気に入りは、「件」「残照」です。
なんとかここら辺にスポットをあてて、そのうちぼくも記事チャレンジします!

みどりのほし様

こんばんは。
百の幻想譚は薄気味が悪いのが結構多いですから、
読まれる時には ある程度ご覚悟の上でどうぞ。(笑)

京極夏彦の本に『厭な小説』というのがあったと思いますが、
まさにそんな題名がぴったりな感じでした(^^)。

慧さま

こんばんは。
ちょうどタイミングよく慧さんのブログ記事と
百鬼園先生がかぶりましたね(笑)。

そうですか、「残照」がお好きですか。
あの作品は私も結構好きです。
主人公の底意地の悪さが結構ズシリときますよねー(^^)。

百が大好きな慧さんの記事を、
是非読んでみたいです。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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