『闘うレヴィ=ストロース』 渡辺公三 平凡社新書

 このブログをお読みの方はよくご存じと思うが、自分はレヴィ=ストロース(以下L-Sと略す)が好きだ(*)。また本書の著者・渡辺氏は文化人類学の研究者であり、L-Sの訳書や解説書を何冊も出されている。前に他の著作を読んだ時の記憶では、結構しっかりした本を書かれる方という印象がある。

   *…ただしL-Sの本はかなり値段が高いため、主著である肝心の『親族の基本構造』
     や『神話論理』をまだ読んだことはない。ファンとしてはいささか肩身が狭いの
     だけれど(^^;)。

 本書はちょっと変わった題名に魅かれて手にとったのだが、よくある解説本のように単に『親族の基本構造』から『野生の思考』『神話論理』の内容や、“構造主義の創始者”としてのL-Sの功績を紹介するものではなかった。本書の狙いは研究内容そのものの解説よりも、それらの背景にある彼の思想そのものを明らかにしていこうというものだ。(その手の本なら著者自身が既に書いてしまっているし。)L-Sの解説としては、結構新しい試みといえるのではなかろうか。
 話はまず彼が学生時代に社会主義の活動家だったところから。ブラジルに渡る前の時代については、本書の約1/3もの分量を割いて、かなり詳しい掘り下げがなされている。(このあたりの話は「人類学者としてのL-S」だけに興味がある方には、正直ちょっと退屈かもしれない。)彼には研究者としての活動以外に、“ユネスコ社会科学国際委員会(ISS)”の事務局長就任などの公的活動の他、様々な政治的発言も少なくない。そんなL-Sの全体像をよく理解するには、社会主義活動の話は避けて通れない内容であったことが、本書を最後まで読んでみて自分なりに納得できた。(**)

  **…学生時代の彼がマルクス主義に傾倒していたことは、その後の挫折やキャリア的な
     回り道も含めて、彼の思想を形作るうえで大きな役割を果たしたというのが著者に
     よる仮説のようだ。

 本書によればL-Sが初期の著作である『親族の基本構造』から一貫して追い求めてきたのは、「西洋の文明こそが人類の進歩の最先端」だという、当時の世界の意識に対する異議申し立ての”根拠”であるという。(それは今でもあまり変わっていないかも。)書名に「闘う」とあり、果たして何と闘うのか?と思っていたのだが、つまりは“偏狭な西洋文明至上主義”が相手だったというわけ。
 そして先述の“根拠”というのは、構造主義によって明らかにされた「野生の思考」であり「神話構造」であったというのが大まかな結論。L-Sの著作に魅了されながらも、これまでともすれば豊潤な森の中で何度も迷いかけた自分としては、“木”でなく“森”を遠望してルートマップを作り上げようという本書のスタンスは、かなり役に立った。以下、かなり乱暴ではあるが骨子をまとめてみたい。

 L-Sが確立した「構造主義」とは何か。ざっくりと言えばだいたい次のような事だ。まずきっかけは彼がナチスの迫害を逃れて亡命したニューヨークにおける言語学者・ヤコブソンとの出会い。ヤコブソンが当時作り上げようとしていた「構造言語学」の中から「音韻論」(***)の発想を拝借し、全く別の分野である人類学に応用したのが構造主義というわけ。

 ***…言語の個々の意味でなくそれらを構成する「音素」に着目し、他の音との区別
     (すなわち二項対立的な組成の仕方)を「構造」として取り出す方法論。

 その最初の成果であって構造主義の始まりを高らかに告げたのが、世に名高き『親族の基本構造』。(まだ読んでないけど/汗)。ここでは先住民の交叉イトコ婚や平行イトコ婚などの複雑に入り組んだ婚姻規則に、すっきりとした規則性をもつ「構造」を見出し、しかもそれがインセスト(近親相姦)の禁止と表裏一体であることを示した。その意義を簡単に言えば、それまで個々の婚姻に意味を見出そうとして袋小路に迷い込んでいた人類学に、「個々の規則に深い意味はなく、それらが作り上げた構造そのものに意味がある」ことを明らかにして見せたということになるだろうか。
 さらに『野生の思考』を経て彼が明らかにしてみせたのは、この婚姻規則すらも「自然から文化へ」という、人間と環境との関わりにおける非常に大きな流れの一部でしかないということ。次にその実践としてL-Sが取り組んだのが、ライフワークの『神話論理』シリーズを構成する4部作(『生のものと火にかけたもの』『蜜から灰へ』『食卓作法の起源』『裸の人』)と、それに続く3部作(『仮面の道』『やきもち焼きの土器つくり』『大山猫の物語』)というわけ。(余談だがこれらの本も読んでないんだよね。みすず書房さん値段高過ぎ^^;)。

 著者の見解によれば、L-Sが南北アメリカ大陸の先住民に伝わる神話の詳細な分析から見出したのは、色々な二項対立の組み合わせによるヴァリアント(変種)なのだという。『神話論理』で明らかにされた二項対立というのは、例えば火の獲得や食材の調理方法に関する「生のもの/火を通したもの」や、「蜜/灰」(“生であり水で薄まるもの”と“火を通したものであり凝縮されるもの”の対比)、或いは「天上/地上」や「生/死」、「太陽や月」「大山猫とコヨーテ」等々いちいち挙げているときりがないほど。
 これらの項の組み合わせによって作り出せる神話の種類は2×2×2…となり、項の数によって累乗で増えることになる。ちなみに神話における個々の“神話素”の選ばれ方には実は大した意味はなく、自由にもうひとつの項と置き換えが可能。これらの特徴は個別の神話をそれぞれ眺めていても決して分からないものであり、周辺の神話をくまなく分析することで初めて分かる「構造」だといえる。
 ではこれらの構造をもって先住民たちが説明しようとしているのは、いったいどのような事なのだろうか。それはどうやら「火の起源」や「死の始まり」といった“世界の成り立ち”という事らしい。そしてこのために駆使されるのが「神話的思考」であり、また「ブリコラージュ(器用仕事)」とよばれる手法によって、身近なものを新たな「項」の素材として利用する“野生の思考”というわけだ。
 これまでのところをまとめてみる。
 「音声→音韻構造→言語音」というヤコブソンの音韻論を応用して、「生殖→親族構造→社会」という移行を説明したのが『親族の基本構造』だった。そして「自然→神話構造→文化」を説明したのが、彼が『神話論理』以降のライフワークということ。――以上が本書で説明されているL-Sの思想の見取り図といえる。

 ではL-Sはどこからこのようなビジョンを得たのだろうか。本書によればそのヒントは『悲しき熱帯』に書かれているようだ。
 フランスでの社会主義活動に疲れた彼が向かった先はブラジル。彼は赴任先の大学の休暇中に先住民・ボロロ族のフィールドワーク調査を行って、その内容を一時帰国したパリ人類博物館で発表した。結果的にはそのことが後の彼の人生を大きく変えることになったわけだが、その後で長期調査を行ったのが『悲しき熱帯』で描かれたナンビクラワの人々。彼らについては終始好意的に描かれている一方で、現地の白人に対しては辛辣かつブラックなユーモアでもって接している。
 本書によれば『悲しき熱帯』におけるナンビクラワの人々は、「素朴」ではあっても決して「人類の幼年期」の段階などではない。それどころか彼らの「野生の思考(神話論理)」こそが、西洋思想にも匹敵する全く別の思想体系なのだ。(「野蛮人とはなによりもまず、野蛮が存在すると信じている人」という発言からも分かるように、L-Sは未開と文明の区別を自明視する「白人」こそが、自族中心主義を生きる「野蛮人」であると見做していた。)
 もういちど最初の話に戻ると、マルクス経済学やそこから派生した社会主義というのも、所詮は全て西洋的な知の枠組みに過ぎない―という認識がL-Sにはあったのではないか。そしてその事が西洋文明に対するカウンターとして、「野生の思考」を見出させる原動力になったということなのかも知れない。
 もしそうだとすれば、C・レヴィ=ストロースの興味と自分のそれは、案外近いところに在るのかもしれないな。――なんて夢想してみたり。(それともこんなことを書くと、不遜だと怒られてしまうだろうか?)
 しかし結局のところ、「世界そのものを丸ごと理解して愉しみ尽くしたい」というのが自分の願望であるわけで、だからこそ世界そのものを説明しようとする仕組みである「神話的思考」と、それを見事に抽出してみせた構造主義に魅かれているのかも知れない。

<追記>
 本書は刊行された直後に買ったのだが、実際に読み始めるまでかなり時間がかかってしまった。その理由は発売後すぐにレヴィが亡くなり、彼の存命を前提に書かれた文章にどうしても抵抗を覚えたため。本書刊行直後の死亡ということであり、著者もさぞや残念だったろうと想像していたのだが、本書を読み終えてすこし考えが変わった。もしかしたら筆者は逆に、本書の完成が彼の存命中に間にあったことを、「良かった」と感じているのかもしれない。そんな風にふと思ってもみたり。
 厚い本ではないのだけれど、本書を読んで色んなことを考えてしまった。
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こんばんは。

レヴィ=ストロースに関する本は読んだことがないので
入門書から読んでみることにします(^^)。

まずはレヴィ=ストロースってどんな方だったのか
人となりや生涯について迫ってみたいと思います!





みどりのほし様

いらっしゃいませ。
いつもご訪問いただき有難うございます(^^)。

クロード・レヴィ=ストロースというと、哲学・思想の分野で一時期とても流行った「構造主義」の中心的な人物です。

私がL=Sを読んだのは、「ポストモダン」と呼ばれるフランスの思想家たち(デリダとかフーコーなど)が、構造主義を批判しているという話を聞き、却って興味をもったのがきっかけでした。

文化人類学という、世界各地の先住民の伝統文化を研究する学問にご興味がおありなら、どんな人か知っておいても損はないと思いますよw。

図書館で探せるなら、ちくま新書の『レヴィ=ストロース入門』あたりが分かりやすくていいと思います。(さっき調べたら残念ながら絶版みたいでした。)

No title

 こんにちは。

 レヴィ=ストロースは、好きな学識者の一人です。
積読本も何冊かありますが、長い間眠っています(苦笑)。
 
 読了書籍は、『悲しき南回帰線(悲しき熱帯)』のみで、随分、苦労しました。今となっては感慨深い書籍の一つです。
 
 今後は、「神話」を軸として、デュメジル、モース、レヴィ=ストロースの併読を目標に掲げたいところですが、今抱えている本の量を考えると、遅読派の自分には「遠い将来の読書」となりそうです。

kappamama様

おお、お仲間でしたか(笑)。

実は私の考え方のいちばん根っこにあるのは、
現象学と構造主義じゃないかと思ってるんです。

L-Sは表現に文学的なところがあったりして、
たしかに読みづらいですよね。
でも、なんだか後をひくというか。

『野生の思考』とか『今日のトーテミスム』とか、
比較的値段が安いものはボチボチ読んでるのですが、
主著に取り掛かれるのは私も「果たしていつになる事やら?」です(笑)。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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