『僕の妻はエイリアン』 泉流星 新潮文庫

 アスペルガー症候群の妻を持つ夫の視点で書かれた、日常生活についてのエッセイ。単行本で出た時に買おうか迷ったのだけれど、結局買わなかった本。まさか文庫になるとは思ってもみなかったけど、それだけ話題になったという事かな。少なくともかなり人目を引く書名ではあるよね。(ちなみにアスペルガー症候群の当事者にまつわる本を読んだのは、ニキ・リンコ氏と藤家寛子氏の共著『自閉っ子、こういう風にできてます!』に次いで2冊目。)
 日本でも最近になって発達障碍やパーソナリティ障碍についての周知が進んできたけれど、普段そのような人たちがどのような生活を送っているのかについては、(自分も含めて)よく知らないことが多い。従って文庫化によって、大勢の人の目に触れる機会を増やしてもらえるのは、何にせよありがたい。

 詳しく知らない方のために少し補足しておこう。「アスペルガー症候群」というのは、知能指数や言語能力に支障はなくとも、コミュニケーション能力の面で自閉症のような特徴を示す人々のこと。自閉症に関する様々な症例を一括りにした「自閉症スペクトラム」の一部とされ、「高機能自閉症」あるいは「高機能広汎性発達障害」とも呼ばれている。
 先述の『自閉っ子...』という本の感想でもたしか書いたと思うけど、これは単なるコミュニケーションに関する障碍というわけではなくて、体温調節が出来ないとか身体感覚の把握ができないなどの、認識や感覚に関する何らかの障碍がまずあり、それがために脳にインプットされる情報量に制約をうけるという事らしい。本書でも感覚や認識に関するトラブルの記述が(本人たちはあまり意識していないようだけれど)さらっと書いてあって、さもありなんという感じ。
 文部科学省の調査によれば、普通学級に通う子供のうち約6%が、何らかの発達障害を持つと考えられるそうだ。(たしかに「何か変わった感じがする」子供って昔からいたし、職場でも何人か思い当る節のある人がいないでもない。)ちょっと個性が強いぐらいであれば生活を送る上で何ら問題ないが、もしもそのせいで本人が悩みを抱えたり、周囲との軋轢が生じたりするなら、それは改善が必要となる。このような”特性”を持つ人がいるのだという事を、皆が知識として知っているだけでも、世の中がもっとうまく回っていくことだってあるはず。(それが差別の原因になっては絶対にいけないのは勿論だが。)その点にこそ本書が文庫ででた意義があるというもの。(幸いにして、そこそこ売れたようなので良かった。)

 以下、本書を読んで思いついた事を少し。
 本書の「妻」は大学で言語学を専攻した人で、言葉に関する造詣も人一倍深い。本書における「夫」とのやりとりを見ても、極めてロジカルな考え方ができている。(ただし全体的に見るとどこかずれているんだけどね。)
それで分かったのは、「限られた情報のインプットからでも、常人並み以上の論理的な判断は可能」ということ。そう考えると「論理的な思考」というのは、実は脳にとってさほど難しい処理ではないのかも。(たしかに機械仕掛けのパソコンでも、四則演算に代表される「論理的」な処理は上手にやれるわけだし...。)
 アスペルガー症候群の人たちが苦手とすることは、むしろごく普通の日常生活におけるこまごました処理のほう。してみると、コミュニケーション能力というのは、感覚と判断能力の(極めて高度な)統合といえるのではなかろうか。
 論理化/モデル化というのは世界を単純化して「切り分ける」ための強い武器なわけだが、モデル化することで失われるものがあるということは、充分に自覚的であるべき。すべてをあるがままに理解するには、「論理」というものはおそらく不向きなのだ。考えてみれば当たり前のことだけれど、人間が考えるようなレベルを遥かに超えて、世界はもっと豊潤で素晴らしいということなのだろうね。

<追記>
 バロン=コーエン著『共感する女脳、システム化する男脳』(NHK出版)にも書かれていたように、コミュニケーションに不可欠なのは、論理やシステム化を行う能力ではなくて「共感する」という能力なのだと思う。そしてそれを司っているのが実はミラーニューロンなのではないか?というのは、イアコボーニ著『ミラーニューロンの発見』(ハヤカワ新書juice)から仕入れた知識。あちこちの本をつまみ食いしているうちに、ひょんなところで知識が繋がっていくのが堪らなく面白い。これだから本の“雑食主義”は止められないのだ。(笑)
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アスペルガー症候群とサヴァン症候群

私もアスペルガー症候群の本、一冊だけ読みました。
なかなか面白かったですよ~、と。ご紹介しかけて。
ん? 解説を読むとサヴァン症候群、となっている。
「レインマン」もサヴァン症候群を描いたもの・・・と。
ああ。私。どうもこの二つを頭の中で混同させていたようです。
お恥ずかしい。別のものなんですね。

認知されていないだけで、思っているより身近に、
「アスペルガー症候群」の人はいるらしいですね。
本人も周囲も気づかないまま「ちょっとヘン」で通っちゃってたり。
一方、サヴァン症候群は大変、稀な症状なのですね。

私が読んだのはダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』です。
著者はアスペルガー症候群であり、サヴァン症候群でもあるそうですが。
うーん。ますます。わかるようなわからないような・・・。
アスペルガー症候群の一部にサヴァン症候群があるのかと思ったけど。
そういうわけでもないんですかね・・・。

余談ですが、『僕の妻はエイリアン』のアマゾンでのレビューを読むと賛否両論激しいですね。
自分がアスペルガーだから、娘がアスペルガーだから、知人が・・・というので読んだ、という人がたくさんいて、その人たちの意見も面白かったです。

しかし、人間の脳ってつくづくと不思議ですね。

彩月氷香様

私もそんなに詳しいわけではないんですが、サヴァン症候群ってたしか、ある分野だけに特化していわゆる「天才的」な力を発揮する人のことですよね。(その代りといっては何ですが、他の部分では自閉症の特徴がより顕著に出る人が多いという...。)

アスペルガーは天才ではなく普通の人並みの能力ですけど、自閉症の症状もそんなに重くないようです。(「変わってるなあ」という程度。)
タメット氏の本は読んだことないですけど、題名から推測するに「多感覚認識」の方なんでしょうかね?

ほんと、脳って不思議です。
脳関係の本を読むのは大好きです。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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