『銃・病原菌・鉄(上/下)』 ジャレド・ダイヤモンド 草思社文庫

 ベストセラーの本、もしくはベストセラーになることが分かっている本を買うなんて久しぶり。2006年の『ダ・ヴィンチ・コード』以来だ。その前は『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の2002年なので、10年も前になる。(なんせ「売れているから」という基準で本を選んだことが無いもので...。/苦笑)
 ジャンルとしては世界史もしくは人類史になるわけだが、著者は歴史学者ではなくて、意外な事にアメリカの進化生物学者。本書は98年のピューリツッアー賞を受賞しており、朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」でも第1位に選ばれている。単行本は高くて買えなかったので、文庫になるのを長年待っていた本だ。
 で、早速読んでみたわけだが、やっぱりベストセラーの本は癖が無い半面、自分のような活字の中毒者にとっては少し物足りなさを感じる点も。多くの人が読んで満足がいく本なわけだから、「尖がったところ」がないのは止むを得ないところだろう。ただし1点だけ苦言を呈したい点が。この著者、残念なことに本の構成が上手くない。本書の内容自体はとても面白いと思う。それゆえ余計に、文章が悪くて面白さが充分に伝えきれてないことがとても歯がゆい。(これは訳文のせいではなく、原著の文自体が元からこなれてないため。)
 具体的には、途中で同じ話が何度もリフレインされるため少々くどいと思う。もっと文章を刈り込んで3分の2くらいにすれば、もっとすっきりした印象になる気が。ほんと、内容は面白いので余計にもったいないと感じた次第。(*)

   *…自分は数日で一気読みしたので、同じ話が何度もでてくると辟易してしまったが、
     毎日少しずつ読み進む方は前の内容を忘れているので、少しくどいくらいが却って
     分かり易くて良い、という意見があったことも付け加えておきたい。「ゼロ年代の
     50冊」は新聞社のセレクトだけあって、やはり活字マニアなどはハナから相手に
     しておらず、「一般読者にとって読みやすい」ということが最重要になっていると
     いうことなのかな?

 とまあ、文句はこれくらいにして(笑)、肝心の中身について紹介をば。
 本書の内容はまとめてしまえば簡単であって、要は「ヨーロッパ人が南北アメリカ大陸など他の地域を征服することが出来たのは何故か?」というもの。直接的には本書の題名にもある「銃」「鉄」「病原菌」がその原因であって、本文の最初の辺りですでに種明かしが。「銃器や鉄製の武器や騎馬を利用した戦闘術などの“軍事技術”」「伝染性と致死性が強い“病気に対する免疫”」「集権的な政治機構」「記録を残せる“文字の発明”」といった因子に関する地域差(=持つ者と持たざる者)について、かなり懇切丁寧に説明されている。
 ただし本書の最終的なテーマ(つまり著者の狙い)はそこにはなくて、今挙げたような直接原因が何に起因するのか、すなわち根本原因を明らかにしようというもの。それは大体次のようにまとめることが出来る。

 最も大きな理由は、食料の確保に関する条件の違い。具体的には石器時代の食料調達の方法であった「採集」から、農耕による「生産」への移行によって、単位面積あたりで養える人口が増えた時期が早いか遅いかだ。食糧生産に余裕ができると、農耕に直接携わらなくても良い構成員(王侯貴族、戦士、職人、司祭など)が生まれる。そしてこれによって、文化的な優位性をもった社会が出来上がるのだとか。
 人口が増えて規模が大きくなるにつれ、社会はいくつかの特徴を持った構造に分かれていくが、本書では仮に4つの区分による社会構造の比較がなされている。(別に4つに確定と言うわけでは無いらしい。)
 ひとつ目は「小規模な血縁集団社会」で、「バンド」とも呼ばれるもの。ふたつ目は「部族社会」。先ほどの小規模血縁集団(バンド)の集合体で、「ビッグマン」と呼ばれる世話役が居る場合もある。三つ目は「首長社会」。ここで身分の差が発生する。数千人規模になり知らない人間同士が増え、親族や知り合いによる調停が不可能なトラブルが発生。特定の人物やグループにとりまとめを頼むことになる。やがて階級は固定化し、首長が「統治」する社会へと変化していく。そして最後の四つ目は「国家」の形態へ...。なお気をつけなければいけないのは、これは決して「進化」ではないということ。ただ単に規模の大きさにもっとも適した社会形態だというだけであって、構造自体に優劣はない。ただし社会の持つ“強さ”は区分によって違っていて、後者になるにつれて、社会としてはより強くなり、他の社会を併合しながら拡大していくことになる。(**)

  **…多様な人の数がふえるほど、その社会の潜在的なパワーが増すのだとすれば、現代
     における中国やインドの発展は当然の事といえる。出生率が低く若者が減った先進
     国が生き残る道は、手厚い教育などで効率よく知力の底上げを図るしかないという
     ことかも。ちょっと寂しいね。

 このようにして社会が大きくなり安定して“余剰”ができるようになると、お次にくるのは文明の発達のステップ。文字の発明や技術の開発は、その社会の優位性を更に高めていくのに大きな力を発揮する。ただし著者によれば、技術力の差はそれだけの要因では決まらないとのこと。個別の社会がもつ「保守性の違い」が大きな要因なのだそうだ。たしかに新しいものを面白がる気風がなければ組織が停滞するというのは、多くの企業や団体をみればよく分かる。新しいものを面白がる社会はすなわち新しい技術を発明する社会でもあり、そうでない社会に対して間違いなく優位性を持つことができる。
 以上が、技術の発達したヨーロッパ社会がそうでない社会を征服できた大まかな理由。(しかしそもそもなぜそのような気風の違いが出来るのか?さすがにその理由までは考察されていなかったのはちと残念。)

 ここまでで本書の話題のおよそ半分になる。これで話が終われば「よくできた歴史の本」で終わるのだが、本書にはまだ続きがある。(本書の特徴はむしろここから。)食糧の余剰生産によって人口が増え、それによって文明が進んだという仮説はとりあえずOKとしておこう。その前提に立って著者が次に考えるのは、「なぜヨーロッパ地区で食糧の生産がもっとも進んだのか?」という疑問。ここからはまさに生物学者の面目躍如というやつで、人類が栽培や飼育するのに適した野生の植物や動物が、「たまたま」どの地区にどのくらいの種類、自然発生していたかについて膨大なデータから解き明かしていく。
 食糧生産は世界のあちこちで年代もバラバラに自然発生したはずであって、そのときまではヨーロッパと他の地域による格差は生じていない。たまたま栽培に向いた植物が自然に生えていたか、飼育(家畜化)に適した動物がいたか、似たような気候で同じ栽培方法が使える地域が広く使えたか―― などの偶然によって、ユーラシア大陸の片隅に食糧生産に優れた地域が生まれたのだ。他の地域との違いが現れるのはそこから。
 ユーラシア大陸はアフリカ大陸や南北アメリカ大陸に比べて、南北よりも東西の方向に長い。緯度が変わると寒帯から熱帯まで気候が劇的に変化するので、人間に比べて環境適応力が低い動植物が伝播するのは容易ではない。従って家畜や農作物をそのまま移植するわけにはいかないのだ。
 しかしユーラシア大陸の場合は同緯度の地域が東西に長く広がり、気温差や降水量、雨季のタイミング変化などの気候差も(他の地域に比べれば)比較的少ない。そのため、栽培植物や家畜などの生き物をそのまま他の地域に持ち込める可能性が高かった。このように有益なものが早く広まることで、人口が増え社会が発展する可能性が増えていった...。以上、長くなってしまったが、これが著者の言いたかったことの大まかなまとめ。

 疫病についても同様のことが言える。気候によって異なるその土地固有の風土病的なものが、大流行を引き起こす恐ろしい伝染病の始まりと考えれば、食糧生産と根は同じとなる。病原菌は家畜由来のものが突然変異して人間にも感染するのが基本という話だから、人口密度が増えて家畜との接触が増えれば伝染病の発生頻度も増す。非衛生的な当時のヨーロッパの都市では大流行が起きるのも当然で、(皮肉なことに)その結果ヨーロッパの人々には天然痘などへの免疫力がついた。これがやがて新大陸侵略の際には、「予期せぬ先兵」として活躍し、免疫力のない先住民を絶滅に追い込むほどの猛威をふるったというわけ。少人数でインカ帝国を襲ったピサロたちにとって、銃や鉄以上の思わぬ僥倖(ぎょうこう)となったのは(ヨーロッパの風土病とも言える)天然痘の蔓延だったのだ。(***)

 ***…ただしこのあたりの知識については、実を言うとW・H・マクニール『疫病と世界
     史』(中公文庫)で既に了解済みの内容。自分にとって今回はおさらいといった
     感じだった。でも読んでいない人にはきっと斬新な見方なのではないかと思う。
     自分も『疫病と世界史』を初めて読んだ時には驚いたし。

 以上、駆け足でざっと本書の中身を紹介してみたがどうだっただろうか。話があちこちに飛んで申し訳なかったが、これでも自分なりに整頓し直したほう。本文はよく似た話があちこちに顔を出して、流れを堰き止めてしまうので、一気に読みにくいこと甚だしい。(苦笑)
 ただし構成の乱雑さは別の話として、全般的には「アメリカ人の本ってなんて主張が分かりやすいんだろう」という印象をもった。著者によってわざわざ「本書執筆の動機」が説明されているが、その内容もいかにもアメリカらしい。なんせその動機が、未だ根強くはびこる「白人を遺伝や民族的に特別視する風潮」、つまり優位性を生物学的・遺伝的な要因に求めることに対する反論の根拠を示す為だというのだから。
 世界中の大陸における文明の発展格差は「白人がもつ生まれついての能力や資質の結果による“必然”である」という見方が、アメリカの白人社会にはまだ根強くある。自分からしたら「何をバカな事を信じているのか」と一蹴したい気もするが、それでは解決にならない。しかしだからと言って、「それは白人が住んでいた場所と大陸の特徴による、単なる“偶然と幸運”の結果に過ぎない」と反論するため(だけ)に、これだけの本を書こうとするなんて、なんて純粋な人なんだろう。
 題名の意味については先ほども触れたが、思わせぶりな暗示でごまかしたりせず、「ヨーロッパ人が大陸を征服できた直接原因を凝縮して表現したもの」だと、本文中で懇切丁寧に説明してくれている。こうして見ると、アメリカ人ってもしかして純粋な人が多いのかね? 同時期に併読していたU・エーコの『完全言語の探求』なんかと比べると明らかに違う。これでもかというくらい一本調子で、「こんなに見方を単純化してしまっていいのかな?」みたいな感じ。
 ちなみにヨーロッパについていえば、「緻密だけどまどろっこしいドイツ」とか、「レトリックが美しくて詩的だけど装飾過剰なフランス」とか、地域や言語によって特色はあれど、概ね雑多なものをありのままに表現しようとしている気がする。曖昧で結論がないのが特色の日本といい、おそらく社会文化によるものなのだろうとは思うが、国や地域によって色んな違いがあって面白いね。

<追記>
 本書で感心したのは、太平洋地域を中心としたヨーロッパ系民族と非ヨーロッパ系民族の交流の記述に、かなり力を入れている点。具体的にはポリネシア諸島をモデルケースにして、気候、土壌、その他地理的な条件など環境の違いにより、元を同じとする民族がどのような社会変化をおこし、多様な仕組みが形成されたかを検証。非ヨーロッパ系同士の交流をもっと研究すべきだと述べているが、これはヨーロッパやアメリカの白人を中心とした今までの人類史にない斬新なところといえる。余談になるが、それを補完する一冊はおそらく『ナマコの眼』(鶴見良行著/ちくま学芸文庫)に違いないと今思いついた。忘れないうちに書いておこう。(笑)
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舞狂小鬼様  こんばんは。

桜の花を目にしつつ読書を楽しめる今日この頃です(*^_^*)
私もこちらの本は単行本の頃から気になってました。
著者が進化生物学者で本書は98年のピューリツッアー賞を受賞していたんですね。
知りませんでした。
こちらを拝読してとても面白くて書籍の方は読まなくても大丈夫かな
と思うぐらいです。ありがとうございます。
今度購入して読んでみます。『ナマコの眼』も気になります(笑)。

いよいよ桜が満開ですね

みどりのほし様

私はいつもこの時期になると、文庫本を片手に近所の公園にいって、桜の花のしたで読書するのが好きなんですが、今年はまだ寒いですかねーw。

『ナマコの眼』は中華料理に欠かせないナマコの漁や貿易を手がかりにして、本書と同じくありとあらゆる角度から分析をした本です。書き方が錯綜してるとこまで良く似てますが...(^^;)

ご興味ありましたらどうぞw。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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