『後藤さんのこと』 円城塔 ハヤカワ文庫JA

 円城塔という作家については、以前から気にはなっていたのだが、これまできちんとした形で読んだことはなかった。図書館で『オブ・ザ・ベースボール』をパラパラと斜め読みしたり、本屋で短篇をいくつか拾い読みした程度。なんせこの著者ほど毀誉褒貶が激しい作家も珍しい。どうしようかと迷っているうち、何となく機会を逸してしまっていた。
 そうしたら何と第146回の芥川賞を受賞とのこと。「ああ、どうしようか」と迷いつつ本屋にふらりと立ち寄ったら、ちょうど本書の発売日だったというわけ。新刊売り場の棚で出会ってしまったのも何かの縁と、今回初めて購入してみた次第。物事は何でもタイミングが大切だからね。題名も他の本みたいに強面(こわもて)のする英語の題名では無くて、「後藤さん」なんていう柔らかい響きで初心者にはぴったり。(←意味不明/笑)
 割と短めの話が多い。ページをめくってサクサク読み進む。時々ううーんと唸ってみたりもする。短めだけど、どの話もぎゅっと中身が詰まっている。詰っているから意外に疲れる。疲れるけど面白い。
 それでは初めて読んでみた感想(というか覚書)を。

 ひとことで言うならば、この本は「判じ物」。何をネタにしているかは、(少なくとも本書に限っていえば)幸いにも凡そ想像がついた。もし著者の他の作品もこれと似たような感じだとすれば、この人、自分とは結構相性がいいかもしれない。(ただし読むのに集中力がいるからそんなに続けては読めないけど。/笑)
 「判じ物」として本書を見た場合には、作品が示すモノ(意味)の謎ときが出来れば愉しく読めるわけだが、もしも出来なかった時には、読者の反応は2つに分かれるようだ。ひとつはあまりの取りつく島の無さに、文学的な感動すら覚えて大好きになる人。そしてもうひとつは読者に対するサービス精神のあまりの欠如に、怒り心頭となって罵倒する人。どちらの態度をとるかはもちろん読者の自由。
 ただしきちんと判じ物を読み解いてみたい向きには、“理系”の学問とSF小説に通じていた方が、より愉しめるのではないかと思う。(欧米のナンセンスやメタフィクション系の文学作品の知識もあった方が良いかな。)
 理由としては、その類のジャーゴン(業界用語・専門用語)がかなり多用されるから。色んな専門用語を知っているのと知らないのとでは、愉しみ方の度合いが当然違ってくる。さらに言えば同じ理系の中でも「工学系」より「理学系」に詳しい方がいい。本書ではざっと次のようなあたりのネタが目についた。
 自然科学系の、特に量子力学とか素粒子に関すること。古代生物学などに関する科学トピックス。ルイス・キャロルなどのナンセンス文学。ヴィトゲンシュタインなど論理哲学や数学的な素養。R・A・ラファティやバリントン・J・ベイリーに代表されるSF系の奇想小説の系譜などなど。(*)

   *…逆に言えばこれらの用語やジャンルに通じていなくて、メタフィクションや前衛的
     な小説も好きではない読者(たとえば伝統的な外国文学ファンの方など)にとって
     は、この作者の本は苦痛以外の何物でもないはず。このあたりが、円城塔の評価が
     真っ二つに分かれる一番の原因であるような気がするね。

 以上、ごちゃごちゃと書いてきたが、次に自分として本書に何を「判じた」のかについて、簡単にご紹介。
 自分が見るに、本書の中には大きく分けて「奇想」「ナンセンス」「パロディや遊び」の3つの位相が認められた。(複雑に組み合わせっているので一概には決めつけられないが、自分としては少なくともその3つは読みとれたように思う。)
 具体的に何を判じたかは収録作によって様々。例えば表題作の「後藤さんのこと」では、素粒子物理学(統計/重ね合わせ/確率/色価など)のアイデアが“後藤さん”というメタファーに放り込まれることで、強烈な異化作用を生み出している。(自分はたまたまそちら方面の本にも興味があったので、元ネタも大体想像を付けることができた。しかし文系の人の感想をネットで探して読んでみたところ、解釈に戸惑っている様子がありあり。そう考えると、やはりここらへんの知識はあるに越した事は無いのかな?とも。)他にもバージェス頁岩で発見されたカンブリア紀古生物群など、自然科学系のネタが満載だ。
 続く「さかしま」ではガラリと変わって、ルイス・キャロルばりの言語感覚(遊戯)が炸裂。全体を貫くトーンはナンセンスと奇想。ネットでは孤高のSF作家R・A・ラファティとの類似を指摘する声も見受けられたが、なるほどという感じだ。
 あ、ひとつ言い忘れた。たしかに自然科学や情報工学など理系の知識があった方が愉しめるのは事実だが、どうせ意味は異化されてしまうので、意味が分からなくとも言葉の雰囲気を愉しめさえできれば大丈夫、問題はない。(平沢進の幾つかの曲の歌詞にも似た感じといえばピンとくる人もいるかな? それとも却って分かり難いか。/苦笑)しかし作者もよくこんなことを思いつくなあ。

 次に自分なりに工夫してみた本書の愉しみ方について。この作家は普通の小説のように「文章のひとつひとつの意味を追うような読み方」ではなくて、「文の連なりを使って何が行われているか?」を読み解くような愉しみ方がよさそう。もっとも、行われている事(=作品の狙い)も“論理のアクロバット”や言葉遊びであったり、もしくは奇想天外な科学理論であったりと様々なので、読み解くのも結構大変だったりするわけだが。
 仮に数学の式に譬えるなら、X/Yの代わりにA/Bを使っても論理としては同じ意味になるようなもので、個々の言葉の意味を考えるより、文章同士の関係性に目を向ける事といってもいい。但し、X/YではなくあえてA/Bを使った作者の意味を深読みして面白がったり(その深読みがあってるかどうかは別)、作者のセンスの良さを愉しむのはまたまた各自の自由だ。
 もしくはもう少し“文学的”な譬え方をするならば、織物において一本ずつの糸を見るのでなく、それらが織りなす布地の模様をみようということか。もちろん糸の光沢や肌触りに着目して愉しむのが自由なのは言うまでもない。

 まあ総じて言えば「円城塔は読む人を選ぶ」というのも、あながち間違いではない気が。数学や論理的な遊びに慣れているか、もしくは(それらの意味が分からなくても)全体をひっくるめて美しいと思える感性を持ち合わせている人にはお薦めといえる。
 以上、何だか偉そうに語ってしまったが、なんせまだ一冊しか読んでない初心者。次に何を読むかはまだ決めていないが、ここで書いた話が全くの的外れでない事を祈ろう。(笑)

<追記>
 それにしてもこのような作品が評価されて、順調に売れているという日本という国は、(R・A・ラファティがまったく売れない)アメリカより、よほど「民度」(by開高健)が高いのかも知れないな…などと考えてもみたりして。
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こんばんは。

ごぶさたしています。
いつも、楽しく拝見させていただいてます。

円城塔さん、おもしろい作家さんですよね!
安部公房とはまたちょっと種類が違うけど、でも似ている部分も多くあるように感じられて。

ところで「わたし円城塔さん大好き!」という意見をまだ(あくまでわたしは)聞いたことがないのに、これだけ売れて話題になっているって、なんだか面白いですね。

熱烈な支持者と作品の質は関係ないでしょうが、それでもこういうタイプの本が多く読まれているというのは、読者のレベルって高いんだな、とこの記事を読んで改めて思いました。

Re: こんばんは。

慧さん こんばんは。
いつもご訪問ありがとうございます。

初めてだったんでおそるおそる読んでみたんですけど、結構大丈夫でした(笑)。
ほんと、おっしゃる通り、今までなかったタイプで面白い作家さんですねー。

ところで、なんで「後藤さん」なんでしょうね。
もしかしてベケットの「ゴドーを待ちながら」にでも掛けているのかな?なんて、
思ったりもしたのですが、ちょっと考え過ぎでしょうかw

そのうち、元ネタをまとめた「円城塔の研究読本」なんてのが出るかも知れませんね(笑)。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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