『蔦屋重三郎』 鈴木俊幸 平凡社ライブラリー

 「蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)」という名前をご存じだろうか。江戸の文化に興味のある方ならよくご存じと思うが、東洲斎写楽や喜多川歌麿らの浮世絵、それに山東京伝の戯作などの出版元として有名な存在。もしかしたらCD/DVDレンタル会社TSUTAYAの社名の由来として記憶している方もお見えかもしれない。本書はそんな江戸を代表する出版文化の仕掛け人に焦点をあてた評伝だ。
 江戸時代の本屋といえば、本の企画と製作(印刷)、それに店舗での販売までを一手に行っていたわけで、イメージとしては70年代の角川春樹氏や、80年代の西武セゾングループを率いた堤清二氏と重なる点が多い。(*)

   *…自分としては角川春樹氏よりも堤清二氏の方が、よりイメージが近いかな。PARCO
     (商業施設)やリブロポート(出版者)とリブロ(書店)を通じた文化活動で、
     まさに当時の日本文化を牽引した感じがする。リブロポートから出された人文及び
     社会学系の本は、文庫や古本で結構愉しませてもらっている。なお「池袋リブロに
     あった伝説の今泉棚」をはじめとした書店リブロの隆盛については、田口久美子著
     『書店風雲録』(ちくま文庫)などにも詳しい。

 蔦屋重三郎、略して「蔦重(つたじゅう)」は正確には三代目までがいるそうだが、本書で取り上げられているのは初代・蔦重のこと。名前はよく目にするのだがその割に詳しいことを知らずにきたので、近刊予告で本書を目にした時に、丁度いい機会と読んでみることに。
 で、出たらすぐに買ってきたわけだが、てっきり江戸の文化を作り上げた敏腕プロデューサーの評伝だと思って読んでみたところ、予想と全然違っていた。「文化人」としてではなく、流通や商材、そしてなにより出版事業の主としての蔦屋、つまり「商売人」としての活動に焦点を当てたものだった。これはこれで興味深くて面白かったのだがいかんせん内容が地味(笑)。また初心者向けというよりも、若干中級者向けといった内容。たとえば「吉原細見(さいけん)」や狂歌/俳諧の「連(れん)」といったことばが、何の説明もなく次々と出てくるので、自分と同じく軽い気持ちで読まれる方がいたら、ちょっと注意した方がいいかも。
 でも出てくる人物名は江戸時代の文化の綺羅星が並び、まるで野球のオールスター戦を見ているかのよう。スポーツではなく本の譬えで言うならば、筑摩書房の名物編集者・松田哲夫氏の『編集狂時代』や、文化人類学者・山口昌男氏の『敗者の精神史』を始めとする人脈シリーズを彷彿とさせる。まさに「江戸の香気に想いを馳せる」とでも言えば良いか。
 以下、蔦重の活動を本書の内容に沿ってかいつまんで紹介しよう。

 時は天明。寛政の改革による締め付けが始まる少し前、田沼意次の治世のころ。
 江戸最大の歓楽街であり文化の発信地でもあった吉原の出身で、吉原細見(**)の出版から身を起こした蔦屋重三郎は、その後の「天明狂歌」の一大ブームを仕掛けることで、江戸を代表する出版元に成長していった。その方法は、狂歌師や俳諧師と「連」や「会」を通じた交流を行う事で、戯作者や摺物師たちとの一大ネットワークをつくるというもの。そしてその人脈を使い、粋な物が大好きな江戸っ子たちの間に、狂歌を使った洒落本の大ブームを引き起こしていったのだ。

  **…「さいけん」といい、今で言うガイドブックみたいなもの。遊女や揚屋などが記載
     されている。

 蔦屋重三郎自身も自らの雅号をもち、積極的に連や会に参加していたようだ。(といっても、もっぱら世話人としてのようだが…。)ちなみに彼の雅号は「蔦唐丸(つたのからまる)」。他にも、本書に出てくる狂歌師たちの名前が洒落っ気があって好い。ざっと挙げてみると、「臍穴主」「何多良(なんたら)法士」「酒呑親父」「酒上不埒(さけのうえのふらち)」「物音響(ものおとひびく)」「加保茶(かぼちゃ)元成」「地口有武(じぐちありたけ)」「大曾礼長良(おおそれながら)」「宿屋飯盛」「元木網(もとのもくあみ)」「竹杖為軽(たけつえのためかる)」などなど。字面を見ているだけでも、当時の“サロン”の雰囲気が何となく思い浮かぶようだ。

 しかし天明期に華開いた江戸の狂歌や戯作といった江戸文化だが、田沼意次の失脚後は寛政改革下で倹約の風潮とともに急激に縮小していく。(出版事業の狂騒に巻き込まれた狂歌師達が、これ以上金儲けに振り回されることに嫌気をさしてきたことも背景にはあったらしい。)
 そこで蔦重が企んだ次の手が浮世絵(錦絵)。天明時代に彼が手掛けた「絵本(*)」において、北尾重政らとともに力を発揮した絵師が喜多川歌麿。その歌麿に美人画を描かせたらそれが大当たりして、その後は芝居絵や相撲絵を中心に規模を広げて売りさばいていった。
 次はもうひとつの柱であった戯作について。寛政改革の影響は大きく、狂歌の自粛と同様に戯作についても中心になっていた武士作家たちが手を引くことに。困った蔦重が自前で育成したのが山東京伝や曲亭馬琴などの新人作家たちで、これがまた大当たりだった。(しかしあまりにふざけが過ぎたのか幕府に目を付けられ、山東京伝の本が元でとうとうお上からのお咎めを受け、身代を半分に減らされるなどの処分を受けるなど散々な目に。)
 その後も名古屋の新進の本屋との取引で互いに売りさばいたりと活発な活動は続けていたようだが、盛時の姿はもはや見るべくも無い。それでも名古屋との取引が軌道に乗っていよいよ、というところで持病の脚気がたたったか、僅か47歳でその寿命を閉じた。―― とまあ、以上が駆け足で辿る初代蔦屋重三郎の生涯。いやあ、知らなかったなあ。勉強になった。思わず“お気らく”どころか一生懸命に読みふけってしまったよ(笑)。

 ***…現代の絵本とは違って、絵を売り物にした当時の書籍の1ジャンルのこと。

 最後になるが本書を読んで感じた印象をすこし。
 著者は数多くの蔦重本を徹底的に調べ上げて比較して、数百年も前に生きたひとりの人物の意図を読み解いていく。その様子はまるで「人文系の学問研究の見本」のよう。その結果、例えば次のような事も分かってくる。
 一般向けに大部数を一気に摺りあげる本は、当たれば大きいが反対に売れ残った時のダメージも大きい、いわばハイリスク&ハイリターンの商品。そこで蔦重は「摺物」と呼ばれる本を多く手掛けることでリスクを減らそうと考えた。これは何かと言うと、特定の好事家に費用を出してもらって小部数の特注品を確実に売るという、今で言うところの自費出版に近い商売。人気作家の本を数多く出していた頃でも、陰ではそのような堅実な商売を続けていたという。(冒頭で派手な「文化人」としての活動ではなく、「商売人」としての活動に焦点をあてると書いた理由がおわかりだろうか。)著者はこれを、数多くの異本を丹念に比較したり、時系列で奥付を調べていくことで検証していくのだ。
 最初に考えていたのとは違っていたけど、なかなか興味深くて良い本だった。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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