『ホフマン短篇集』 岩波文庫

 著者のE.T.A.ホフマンは19世紀の初頭に活躍したドイツの作家。小説以外にも音楽や絵画など多彩な分野で才能を発揮したが、現在一番知られているのは、やはりロマン派の幻想小説家としてではなかろうか。
 彼が活躍した19世紀初頭といえば、ヨーロッパではイギリスに端を発した産業革命が進行中であり、自然科学の専門家した個別分野が生まれscienceが複数形sciencesになった時代。そんな頃、まるで時代に逆行するような空想の翼を広げ、数々の作品を発表したのがホフマンだ。本書はそんな彼の作品から「砂男(*)」や「廃屋」などの有名な作品を精選した作品集。―とまあ書誌的な内容はこれくらいにして、早速中身について。

   *…これまでホフマンを読んだことがない人のために補足しておくと、砂男とは昔から
     ドイツに伝わる化け物の名前。子供の目の中に魔法の砂を投げ込み、目を見えなく
     してしまう怖い奴だ。

 ひとくちに幻想文学といっても色んなタイプがある。同じドイツのロマン主義に属する作家でも、例えばノヴァーリスとシャミッソーとホフマンでは、作風も受ける印象も全く違う。自分も偉そうに言えるほど沢山読んでいる訳ではないのだが、それでもホフマンの作品で描かれる神秘は、自分がイメージするロマン主義系の幻想小説の理想に一番近い気がする。「人智を超えたもの」と言うか、はたまた「隠された叡智」とでも言おうか、何かそのようなもの。
 ホフマンを読んで思うのは、科学により迷信や蒙昧のたぐいが払拭される前、人間の生と世界の神秘がまだ地続きだったころの感覚は、きっとこのようなものだったんじゃないかと言う事。(まるで狂王ルードヴィヒ2世が夢想した世界のように。)勿論、自分だってその頃生きていた訳じゃないから、実際にはどんなだったか知る由もないのだけれど。(笑)
 おそらく19世紀ともなれば、単純に魔法や悪魔なんてものの実在を信じているわけじゃなかったはず。そこでホフマンが用いたのが(やがて100年後にフロイトによって体系だてられることになる)「精神」という名の暗黒大陸だったのではないか、そんな気がする。(もちろん異論はあると思うが、)自分が「砂男」あたりの作品を読んだときに受けた印象は、夢野久作の『ドグラ・マグラ』なんかにも近いものがある。もしくは人生の機微や複雑な人生模様については、久生十蘭なんかを連想したり。(もっとも、仮にそれがもしあっているとしたら、逆に彼らの方がホフマンに影響を受けたからだけどね。)
 ところで、本書を読んでつくづく思ったのは、自分にとって幻想・怪奇の物語は、日常生活の憂さを晴らす一服の清涼剤みたいなものだということ。「不思議な話」ってやっぱりやめられない。(笑)

<追記>
 本書の作品の中では、画家の数奇な運命を描いた「G町のジェズイット教会」も、実話をもとにした(はずの)「ファールンの鉱山」も、そしてもちろん代表作の「砂男」もどれも好み。しかし一番気に入ったのは、(実は幻想味がなくて)まるでポーの「群衆の人」を思わせるような「隅の窓」だったりする。地味な作品だけど好きだなあ、コレ。
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