『新訳 君主論』 マキアヴェリ 中公文庫

 15世紀ルネサンス華やかりし頃の、イタリアはフィレンツェ共和国。メディチ家の絶頂期を支えた大ロレンツォ亡きあと、仏国王シャルル8世の侵攻やミラノ公国/ベネツィア共和国/ローマ教皇領/ナポリ王国といった周辺諸国とのせめぎ合いの中、国土は混乱と荒廃の一途をたどる。そんな頃にフィレンツェの書記官だったマキアヴェリが、「この危機を救えるのは新たな君主の誕生のみ」とばかりに、僅か5ヶ月で一気呵成に書き上げ、大ロレンツォの孫である同名のロレンツォ・デ・メディチに捧げたのが本書の成り立ち。
 それ迄にも幾多の君主論が書かれてはいたが、いずれも君主が備えるべき理想の資質を説いた「君子論」だったようだ。しかし本書の場合、国を治めるにあたっては権謀術数を巡らし、必要に応じて残虐行為や裏切りも辞さないという、全く新しい支配者像を提示して異彩を放つ。恥も外聞もなく、考え得る全ての手を尽くして国土維持に努めようというその姿は、後年「マキアヴェリズム」と呼ばれて非難の的となったのも納得できるほどドライなものだ。

 この本、初めて読んだわけだが、印象を率直に言えば「君主のためのノウハウ本」みたいな感じ。構成としては「その手」の本によくあるように、まずは「現状分析」から始まる。当時の君主国について、成立経緯ならびに維持の仕方による分類というのがなされているが、さすがは有名な本だけあって分析もなるほど精緻なもの。ひとくちに君主国といっても、親から代々うけついだ世襲制もあれば、臣下がクーデターを起こして新たな君主になる場合や、大国による侵略でできた傀儡国のやとわれ君主など形態は様々なようだ。
 こうして君主国の分類が終わると、次は国土の防衛と他国への攻撃(侵略)方法についての考察。国の防衛手段=軍隊(特に歩兵隊)と規定した上で、自国軍/傭兵軍/他国による支援軍という3つのパターンに分け、それぞれが防衛と攻撃に与える効果の分析がなされる。いずれの場合も最も有効なのは自国軍であり、傭兵軍や他国による支援は百害あって一利なしと手厳しいが、どうやらこれは当時彼が見聞きしたことから得られた知見のよう。なお国家において最も重要なのは軍事であり、君主は軍事(防衛と侵略)のこと「だけ」を考えていればいい、というのが著者の主張。しかし国政を放り出して戦争に明け暮れてばかりいる君主というのも、果たしていかがなものか。(笑)
 著者のように軍隊を法律よりも上位に位置づけるのは、幾らなんでもやり過ぎの気がするが、古典は今の視点で論ずるのではなく、書かれた当時の背景を理解すべし、という原則も重要。そう考えると15世紀のヨーロッパは、それほどまでに「弱肉強食」の世界であったということなのかも。(なんせ占領した国では、旧体制側に与した上層部をなるべく早い時期に根絶やしにすべきとか、かような外科処置はもたもたせず一気にやれとか、書き方もかなりあけすけで物騒なものが多い。)

 とまあ、色々と物議を醸しそうな内容ではあるのだが、自分はこの本の愉しみかたとして、次に挙げる2つの視点を往ったり来たりしながら読んでみた。
 まずひとつ目は「市井の庶民の眼」。現代の法治国家に暮らす一般市民の眼で見て、いかに当時の君主が非道いことを行っていたかをじっくり考えてみる。人権という概念そのものがなかった中世は、逆にいえばそれだけ簡単に疫病や飢饉で人の命が失われる時代であったとも言える。そんな背景を頭の片隅において、悪辣で冷酷な君主の姿を批判的に“愉しむ”というちょっと意地の悪い読み方である。
 もうひとつの視点は「君主の眼」。君主が持つべき幾つかの資質である、「格好をつけて散財するより吝嗇(ケチ)であること」「平気でうそをついたり残虐になれること」「貴族より民衆の心をつかむこと」などを駆使して、ある意味「理想的な君主」を目指すという、経営ゲームとしての愉しみ方。なお繰り返しになるが、ここでいう理想的な君主とは「聖人君子」のことではない。
 弱肉強食の世界でいかにして生き残るか?という戦術論として、自分が君主になったつもりでシミュレーションしてみる。(まるでPCゲーム「信長の野望」みたい。/笑)ちなみに本書を読んでいるうちに、マキアヴェリの提唱した価値観が、現代でもそのまま受け継がれているところがあるのに気がついた。すでにお気づきかもしれないが、それは軍事の領域。きれいごとでは済まされない、ぎりぎりの攻防線が繰り広げられていたのだろうねえ、当時は。
 ただし、ここに書かれた内容を字義どおりに受け取るのでなく、一種の比喩として読めば、「統治のための技術論」もしくは「国家維持のための戦略論」として読めなくもない。また、経営者からみた理想的な経営組織というのは実は軍隊組織だという話を、いつか聞いたことがある。そう考えると、本書なんていかにもどこかの経営コンサルティングあたりがネタにしそうな本といえるのではなかろうか。

<追記>
 時おり本屋で見かける本にちくま文庫の『よいこの君主論』というのがある。前から気にはなっていたのだが、「ラノベでドラッガーを勉強する」の類と同じで、元本を読まずにいきなりそちらに手を出すのも気が引けていた。
 これで晴れて(?)買うことが出来るわけだが、そうなればなったで、今度は他にも読みたい本が山ほどあるので、果たしていつになることやら。(苦笑)
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