『貧乏サヴァラン』 森茉莉 ちくま文庫

 いやー、ムチャクチャ面白かった。といっても本書の中身のことではなくて、著者のキャラクターのこと。(失礼、別に中身も悪くはないよ。)
 本書は前々から本屋で見かけて気になっていたエッセイだった。書名にある「サヴァラン」というのは、もしかして『美味礼讃』で有名なフランスの美食家・ブリア=サヴァランのことじゃないか? としたら「ボロは着てても心の錦~♪」みたいな“食のエッセイ”なのかな――という風に思っていたのだ。でもあまりに美食家然とした嫌みな文章だったらいやだし、著者の森茉莉氏についても「たしか森鴎外の娘だよな」という程度の知識しかなく、今回読んでみたのもたまたま機会があったから。
 読み始めはごく普通の感じで、だいたい予想したとおりの雰囲気だった。ところが読み進むうち、何とも言えない違和感を感じることに。書かれている内容は、筆者が日常で出会った出来事についての、よくある食エッセイなのだけれど、著者の視点や価値観が何だかビミョーに自分とずれているのだ。(それもちょっとおかしな方向に。)具体的にそれがどことはわからぬまま、俄然この著者に対する興味が湧いてきた。中身そっちのけで著者の方にこれほどの興味を持ったのは、生まれて初めての事と言ってもいい。(笑)
 世の中便利になったもので、こんな時はネット検索ですぐに情報が手に入る。さっそく調べましたとも。そして分かったのは、この人物がとんでもなく「面白い」人物だったということ。まだまだ知らない事は多いね。以下に著者のプロフィールについて、自分なりにまとめてみる。

 森茉莉(もり・まり)氏は文豪・森鴎外の長女として1903年に生まれた。父鴎外は彼女を幼いころから溺愛し、「マリはいい子だ」と褒めるばかりのダメ親ぶりを発揮。その甲斐あってか(笑)、彼女は典型的なファザコン。(なんでも16歳まで父の膝の上に座っていたらしい。)
 食事の際も女中に箸で口元まで運んでもらうような生活をしていたため、やがて家事は一切できず世間一般の常識もない「生活能力ゼロ」の人間へとすくすく育ち、2度の離婚を経てひとり暮らしを始めてからも浪費癖は治らずお姫様生活は続く。
 しかし世の中そうそう上手く行くものではない。父・鴎外の著作権が(当時の基準である死後30年で)消滅すると、印税が入らなくなってたちまち困窮状態に。働きにでることも出来ない著者は見よう見まねで文章を書きはじめ、およそ50歳で遅咲きのデビューを果たす事に。幸いにも父親譲りの文才があったと見え、小説やエッセイストとして何とか一人で生活できるようになった。父との思い出を元にした耽美な小説や、家事の中で唯一著者が上手にできる“料理”についてや(飽くなき興味の対象である)“食べ物”に関するエッセイの他、テレビについて書き連ねた「ドッキリチャンネル」というエッセイでも有名。1987年永眠。

 とまあ、ざっとこんなところ。調べてみてすごく納得がいった。自分が感じた違和感は、著者の生まれ育ちに起因する(よく言えば)「天真爛漫」で「純真無垢」、もしくは(悪く言えば)「世間知らず」の「非常識」な価値観と物事の判断基準にあったようだ。今の人でいうと、日本画家・伊東深水の娘である女優の朝丘雪路みたいなものか。
 こうした情報を得た上で改めて本書の続きを読んでみると、自分の感じた違和感の正体がよく分かる。例えば著者が世の中の様々なことに対してつぶやく意見は、全てが「好き」か「嫌いか」で決まっていて、そこには理屈など存在しないのだ。少なくとも「大人の理屈」でないのは確かで、まるで「幼稚園児のような価値観で仕切られた世界」という雰囲気。お気に入りのバターがないといっては絶望し、挨拶の手紙を出しそびれたといってはしょげかえる。かと思えば大好きなビスケットと紅茶を食べて天国気分になるといった、その言動を苦笑とともに読んでいるうち、何とも言えない「“マリア”ワールド」が展開していく。
 さらに面白いのは、著者自身がこうした自分の生活能力の欠如について、充分過ぎるほど自覚している点。でも著者の頭の中には、それを改めようという気はさらさらないのだ。ダメ人間である自分を肯定しつつ、どんなに周囲との摩擦がおきて辛かろうが、腐らず生きていこうとする前向きな姿。どんなに我がまま放題を言おうがイヤミな文章にならないのは、きっと「子供がそのまま大きくなったような」、裏表のない彼女の性格によるものなのだろう。まさに自他共に認める、社会生活不適合の烙印をおされた「純粋培養のお嬢様」なのだ。それが分かってからは、世間と著者の考えのズレを味わいながら、最後まで愉しく読み終えることが出来た。
 うーん、こんな人も昔はいたんだねえ。いい勉強になりました。(笑)
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私の愛読書

面白かったでしょー。私、彼女の「贅沢貧乏」というエッセイを愛読しております。
かなり筋金入りのファンですよ。文藝別冊の「総特集 森茉莉」を持ってるくらい。
「森茉莉好き」には固定したイメージが付き纏うので、大っぴらにしてませんが(笑)

ていうか、彼女のエッセイは煎じつめると皆同じ。
舞狂小鬼さまが看破したとおりの内容。
永遠の子ども・・・しかし、その自分を冷静に見つめる目。

私は違和感ではなく「共感」に溢れて読んでいましたが・・・
残念ながら(?)ファザコンでもお嬢様でもありません(笑)
まぁでも、私にとっても世の中は「好き」か「嫌い」かに二分割されているフシはあります。

「贅沢貧乏」が傑作!と思いますが、これは女子にしか通じない感覚・・・かも。
「父の帽子」では鴎外のことを独特の視点で描いていて面白いですよ。

文章も独特の魅力がありますね。三島由紀夫が激賞した・・・というのはなるほどと思います。
室生犀星はずっと茉莉さんのことを気にかけていらしたそうですよ。
彼女のエッセイにも、この二人はちょくちょく登場します。

それにしても、鴎外というのは子どもに異様に愛されたらしくて。
子どもたちが皆、「自分が一番父に愛されていた」と語っているのが笑えます。

Re: 私の愛読書

彩月氷香さん、こんにちは。

なるほどーw。私の場合は自分が男であるせいかオヤジであるせいか分かりませんが(笑)、「なんだこの人。オモシロイ!」という感じでした。当時は人によって好き嫌いが分かれるキャラだったかもしれないと思いつつ、今となっては愛されるべき好人物という気がしますねー。

『贅沢貧乏』ですか。今は講談社文芸文庫で出てるんですね。ちょっと怖い気もしますが、今度探してみようかな。

ところで、嵐山光三郎の『文人悪食』だったか何かのクイズ番組だったかで、「森鴎外は葬式饅頭のお茶漬けが好物だった」というネタを知ったのですが、その元はこの人だったんですねえ。こういう楽しい発見があるから新しい本への挑戦は止められません(^^)。
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