『自己組織化の経済学』 ポール・クルーグマン 東洋経済新報社

 著者は国際経済学を専門とする経済学者で、2008年にはノーベル経済学賞も受賞している立派な(笑)人。でも『クルーグマン教授の経済入門』などを読んだ感じでは、気さくで親しみやすい人のようだ。本書のテーマは、経済学に対して「複雑系(*)」を適用したら、どのような展開が期待できるかということ。なお正式な学術論文ではなく大学の講義録を元にしたものだそうで、かなり大胆な仮説やアイデアも臆せず披露してくれている。(どれもまだ検証されていない「アイデアの段階」であることが、著者によって何度も念押しされている。)

   *…世の中には一見すると無秩序に思えるような複雑な現象が数多く存在する。その中
     に何らかの秩序を見出そうとするのが、いわゆる「複雑系」と言われる学問体系の
     狙い。元は自然科学の分野から生まれた理論で、沢山の要因が複雑に影響しあう事
     で示す挙動を説明しようとするもの。気象における「バタフライ効果」や「フラク
     タル図形」などが代表的な例。応用範囲が広いので、他にも通信システムや経済学
     などの社会科学にも適用が期待されている。

 著者によれば、経済学における難問として「景気の好不況はなぜ起こるのか?」と、「なぜ都市という経済活動の中心地が自然発生するのか?」というのがあるらしい。複雑系の研究テーマの中には、ランダムで混沌とした状態から、秩序が如何にして自己生成されていくかという仕組み(ちなみにこれを「自己組織化」という)があるのだが、これが難問の解決に利用できるのではないか?というのが著者の仮説。まあ簡単に言ってしまえば、「好不況」にも「都市の発生」にも特段“これ”といった原因は無く、自然に発生するものではないかという話だ。

 取っ掛かりとしては、なぜかアメリカの大都市の数と住民の数(人口規模)が、「べき乗法(**)」に則っていることが紹介される。“べき乗法”とか“べき乗則”といえば、複雑系とか非線形といった理論とは相性がいい特徴のひとつ。なので、ここら辺りから直感的に推理を働かせて、自己生成の可能性を探っていこうとする意図はよく理解できる。(ただその理論展開が読んでちゃんと理解出来るかどうかは別の話。数式を使わずなるべく平易に説明してはくれるのだけど、経済学の門外漢にはやっぱりちょっと難しいところが無きにしも非ず。)
 実際に行っているのは、人口が均一分布する(=都市と農村が区別ない)状態を起点とする、「自己生成の数式モデル」を複数種類シミュレーションしてみること。それにより簡単な「ゆらぎ」で今の世界によく似た状態が引き起こせるか試してみている。適当に常数を設定してやると、実際に幾つかのモデルで人口が幾つかの山に分かれ、やがて都市へと収斂していく様子が示される。(ただモデルはかなり簡素化されていて、著者によればまだまだアイデアのレベルに過ぎないということのようだ。)

  **…地震の大きさと発生頻度や、労働災害の被害と頻度(ハインリッヒの法則)なども
     同様で、(何故だかわからないが)“べき乗法”に則っている。こちらについては
     聞いた事がある人もいるのでは?

 これだけでは何のことか判らないと思うので、具体的な内容を少し。
 書中で著者が試しているのは「エッジ・シティ・モデル」「中心地モデル」「都市発展モデル」という3つのモデル。著者によれば、これらは「不安定から生じる秩序」と「ランダムな成長から生じる秩序」という異なる2つの原理に基づいているとのことで、「エッジ」と「中心地」が「不安定…」に、そして「都市発展」が「ランダム…」に相当するらしい。(***)
 うん、このあたりの話がけっこう難しかったのだが、こうして書いて見てもやっぱり分かり難い。(笑)
 なお、注意しなければいけないのは、「自己組織化」は必ずしも最善の結果に帰着するわけでないという点。昔のビデオデッキにおけるVHS方式とベータ方式の競争を見ればわかるように、必ずしも技術的に優れた方式が市場のスタンダードになるわけではないのだ。市場原理に野放図に任せきるだけでは、ロクな事にならない場合もあるということは、よく承知しておく必要があるだろう。

 ***…「不安定から生じる秩序」というのは、都市内における企業同士に生じる何らかの
     “求心力(互いに近づこうとする力)”と“遠心力(互いに物理的な距離を置こう
     とする力)”を仮に規定した時、相互作用によって“均一分布”から“複数の場所
     への安定した集中”が自己組織化(≒創発)されるという原理。また「ランダムな
     成長から生じる秩序」では周囲との相互作用はなく、どんな現象も(それがランダ
     ムな成長でありさえすれば)一定以上の規模になると「べき乗法」に従うという
     原理のこと。

 著者も言っているように、これは簡単なモデルに基づくシミュレーションなので、理論として確立するにはまだまだ時間がかかると思われる。もっとしっかり細部を詰めていって、世界同時不況や急激な人口集中による歪みの是正なんかに役立つ日が早く来ればいいんだけど。(話はそれるが、そもそもアメリカの経済学は一般的にみて、モデルの条件をあまりに単純化し過ぎているきらいがあると思う。でもだからこそ、人文系の学問のなかで経済学だけが唯一「数式を用いる科学的な学問」と認められてきたのも事実。まあ、どんな風であれ現実の世界が説明できるなら、それで構わないのだが。)
 ただし、不完全な前提に基づく理論のままでマネーゲームなんかに利用されて、経済政策(つまり自分の収入)が振り回されるのだけは願い下げ。ヘッジファンドみたいな経済モンスターだとかバブル崩壊なんてのは、もうこりごりだね。

<追記>
 自分が読んだのは1997年の単行本の方だけど、現在はちくま学芸文庫でも入手可能。ちくま学芸は他にもクルーグマン教授の本を積極的に出しているので、興味がある人はどうぞ。『経済入門』は山形浩生訳でとっても読みやすいし、内容もわかり易くてお薦め。
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