『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 岩波文庫

 16世紀初頭に出版された作者不詳の風刺説話集。一応は元本の作者らしき人は特定されてはいるのだが、その人もドイツ語圏に古くから伝わる物語を色々と拝借したようだし、その後どれだけ改変が加えられたか分からないので、結局のところ作者不詳と大した違いはない。なお、訳者は中世ヨーロッパの被差別民研究で知られる阿部謹也氏。網野善彦氏との対談集『中世の再発見』(平凡社ライブラリー)の中で紹介されていたので、本屋で見かけた時にすかさず買っておいた。どうやら中世では大変人気があった物語のようだ。

 主人公のオイレンシュピーゲルはいたずら者ではあるが、トリックスターのように神話的な存在ではない。かといって「ものぐさ太郎」のように、世の中のはみ出し者が才気を使って出世していくというわけでもない。言ってみれば、中世における社会常識やルールを逆手にとって、混乱を引き起こしては去っていく“困りもの”。彼の“道化的”な行為は時に笑い話にもなるし、またいたずらの矛先が貴族や司祭といった当時の社会的な権威に向かうときには痛快な風刺劇になもる。
 以前『世界怪談名作集』(岡本綺堂編訳/河出文庫)を読んだ時にも感じたことだが、ヨーロッパの説話は(日本のそれとは違って)、物語の登場人物にも「一人の個人」としてきちんとしたキャラクター造形がなされているのが面白い。たとえ話の中で直接言及されていなくても、専門家が見れば主人公の出自や親の職業までが特定できるほど。(*)

   *…一例を挙げる。ティルの父親は地元の有力者たる「盗賊騎士」に仕えた、身分の
     低い兵卒であることが、話中の説明から推測できるらしい。なぜなら農民がしない
     「引っ越し」を行ったり、その際に身分の高い人の所有物である「馬」を用いて
     いるからなのだとか。
     またティルが子供の頃、綱渡りに夢中になって母親に厳しく叱責されるシーンが
     出てくるが、これは当時の大道芸人が賤民であったためらしい。このように本書は
     研究者にとって、当時の生活意識や社会通念が手に取るように分かる、まさに
     第一級の資料といえるだろう。

 このあたりは、 “太郎”や“姫”として幾らでも置き換えが可能な、本邦の物語構造とは全く違っていて、大変興味深い。話自体は他愛もないものだが、そのような視点で読むには良いテキストといえる。(しかし、物語自体より解説の方が面白いというのは、なかなか珍しい体験だった。/笑)

<追記>
 なお本書をこれから読もうという方はちょっとご注意。オイレンシュピーゲルが仕掛けるイタズラは、やたらスカトロ系のネタが多い。ざっと数えると約1/4ほどが糞尿譚(!)なので、その手の話が苦手な方は止めた方が無難と思う。なんだか小さな子供のギャグみたいで他愛もないものなのだが、あまりに数が多いので続けて読んでいるとさすがにちょっと...。できれば食事前には止めておいた方がいいかも。(苦笑)
 まあこれも当時が今と違う社会意識(衛生観念)を持っていた事の証拠ではあるわけだが。

<追記2>
 ついでにふと思いついた仮説をひとつ。オイレンシュピーゲルは実在した人物がモデルになったのではないかという説があるようだ。それがもし本当だとしたら、その人はアスペルガー症候群だった可能性が高いかも知れない。なぜなら彼の“イタズラ”のかなり多くが、相手の言葉を額面通りに受け取って実行するという、いわば「揚げ足取り」のようなものであり、それって「素直すぎる」というアスペルガー症候群の特徴にとても似ている気がするから。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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