『百鬼夜行の見える都市』 田中貴子 ちくま学芸文庫

 “百鬼夜行”とは、『今昔物語』や『宇治拾遺物語』といった初期の説話から後年の『百鬼夜行絵巻』まで、なぜか日本だけに数多くみられる伝承であるという。本書はその“百鬼夜行”の本質とは何か?について探ろうとした、大変に意欲的な論考になっている。
 まず「百鬼」の正体について、従来の研究によくみられたような「怨霊」という観点からでなく、平安京と言う「都市」と不可分な存在であるとする視点が面白い。現代ならさしずめ、表参道から青山にかけての目抜き通りや新宿西口の繁華街あたりに、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)するようなイメージだろうか。
 著者によれば百鬼夜行のイメージが形成されるにあたり、それに関与したと見られる要素は4つあるのだそうで、いずれも実在の(もしくは実在したと当時信じられていた)もの。順に挙げていくと、①疫鬼・疫神/②田楽などの芸能を行う者(プロアマ問わず)/③夜警を務める下級役人(元犯罪者も多い)/④被差別民たち――という事になるらしい。結構いろいろな文献にあたっていて検証内容の信憑性も高く、読めば思わず「なるほどなあ」と納得。
 「百鬼夜行」そのものでなく、それに関連した周辺の話題もしっかり押さえてある。たとえば百鬼夜行が出現することで有名な、京都の一条戻橋について。そこには古くから安倍清明が「式神」を隠したという言い伝えがあり、式神の別称である「職神(しきじん)」がやがて「職人(しきじん→しょくにん)」と変化していき、被差別民の出生伝承になっていったのだとか。またそれまでの百鬼夜行とは全く別の流れで発生した「付喪神(つくもがみ)」系の百鬼夜行を描いた『付喪神記』と、それを基にした絵巻物についても言及。(このあたりは自分が好きな小松和彦氏(*)の研究に依拠しているので、馴染みがありすんなり理解できる。読んでいてもとても愉しかった。)

   *…文化人類学の手法を民族学に取り入れた研究で有名で、著書は『憑霊信仰論』
     『異人論』『悪霊論』など多数。現在は国際日本文化研究センター副所長。

 具体的な内容としては、『付喪神記』に見られる化け物の行進の典拠を、当時の京都で行われた祭礼行列のパロディであると推測。また『百鬼夜行絵巻』の代表作である「真珠庵本」を他の伝承本と比較分析し、本来の百鬼夜行は「器物」の化け物だけでなく動物の化け物なども混じっていたことを証明する。(どうやらその後の絵師たちによって、もっとドラマチックな絵柄になるよう加工されてしまったらしい。そしてその過程で器物の化け物だけに再編集されたのが真相のようだ。)

 『百鬼夜行絵巻』は昔から好きだったのだが、こうしてみると意外と知らない事が多いことに気づく。本書にはそうしたモヤモヤを吹き飛ばすような話が数多く収録されていて、読んでいてまさに「目からウロコが落ちる」という表現がぴったり。解説で京極夏彦氏がされた「むねのすく思い」という表現にも、思わず「そうそう」と。
 先行する研究には敬意を表するとともに、自らの見解もきちんと表明するという、小気味良い書きっぷりも好印象。民俗学系の著作のなかで久々に、これぞ”名著”と呼べるものに出会えたような気がした。学術的な評価のほどはよく知らないけど、少なくとも自分は好きだなあ、こういう本。

<追記>
 ちくま学芸文庫には民俗学系の本が数多く収録されているのだが、その理由が本書を読んでやっとわかった。筑摩書房の編集部には、小松氏が大学の教員をしていた時の教え子が就職しているのだそうだ。どうりで(笑)。
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