『吸血鬼と精神分析』 笠井潔 光文社

 本格推理と現代思想の融合という、ミステリ史上稀有な取り組みが大好きな『矢吹駆シリーズ』久々の新刊。本書では“フロイト回帰派”であるジャック・ラカンの思想が取り上げられる。それに対するは記号論学者ジュリア・クリステヴァ(*)による女性原理の思想。女性原理の復権によって、ユダヤ・キリスト教的な父性&象徴の原理からの離脱をはかろうというのが本書の主題といえる。
 物語としては2002年に出た『オイディプス症候群』の直接の続き。前作で離島での連続殺人事件に巻き込まれたナディアの心理治療をきっかけとして、パリを「アンドロギュヌス殺人事件」以来1年ぶりの恐怖に突き落とした「吸血鬼殺人事件」が展開する。奇数章では事件を追うモガール警視とバルベス警部の活躍を描いてミステリとしての骨格部分を受け持ち、偶数章はナディアと矢吹駆による思弁(=笠井潔風に言うなら「観念」)がいいアクセントになるとともに、“教養小説”としての本シリーズを支えている。

   *…たぶんクリステヴァだと思うのだが、何しろ法政大学出版局の本はどれも高くて
     読んでないので、もしかして違っているんじゃないか?という一抹の不安はある。
     「アブジェクシオン(おぞましきもの)」という、彼女に特徴的なキーワードが
     出てくるから間違いはないと思うんだが…。(^^;)

 ネタバレになるので内容は書かないが、ラストの約20ページを読んだ時の衝撃は、ミステリでは久しぶりに味わったもの。つい先だって、初めてディクスン・カーの『火刑法廷』を読んだ時の驚きにも匹敵するといえば、ミステリ好きな人には何となく想像がつくかな。いかにも自分好みな話だった。(笑)
 ドッペルゲンガーの認知を巡る、回りくどくて理屈っぽい議論が続くシーンがあり、某作を思い出してちょっと心配しかけたが、最終的にはナディアによって茶化される形でうまく決着。この調子ならまだまだ次回作(雑誌掲載時の題名は『煉獄の時』とのこと)も、安心して追いかけていけそう。

<追記>
 フロイトはともかくとして、難解で知られるJ・ラカン(本書にはシャブロルという名前で登場)については殆ど無知なので、本書に書かれた内容のどこまでが事実で、どこから作者の創作なのかは自分には分からない。しかし、もしも本書に書かれているエピソードが事実だとすれば、ラカン学派の組織運営や軋轢はなかなか大変そうだ。まるで落語家の立川談志の一門の内幕を見ているようで面白かった。落語協会脱退の顛末や家元制の導入など、(これも先日読んだ)立川談春によるエッセイ『赤めだか』を読んだ時の記憶が鮮明に甦ってきた。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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