『イスラームの日常世界』 片倉もとこ 岩波新書

 先日読んだ岩波現代文庫の『イスラームの世界観』がすこぶる面白かったので、さっそく同じ作者の本を探して読んでみた。先に読んだものと同じ話題も一部に在るには在るが、題名にあるように本書の方が日常生活に密着した内容なのでとっつきやすい。取り上げられる話題は多岐に亘っている。まずはムスリム社会の基本的価値観にはじまり、後はイスラームにとって最も重要な日々の祈りについてやムスリム女性の世界、それに断食月(ラマダーン)の過ごし方や巡礼の実態など。日常生活の様子がこと細かに語られている。
 彼らの社会意識が「うごき/移動」を基本とするものだという事は、『イスラームの世界観』でも述べられていたが、本書で興味深かったのは人間の本質を「弱いもの」として捉えている点。だからこそ絶対的な存在である神の前では、金持ちも貧者も王族も庶民もあらゆる人が皆平等なわけだし(*)、人間同士の約束は時がたてば気が変わることを前提に考えられていて、逆に変わってしまうと困る場合は「契約」で縛るのが基本になるわけだ。自分からみるとルーズさと厳格さの両極端を揺れ動くように見える彼らの社会も、理屈が分かってみるとそれなりに納得できる。
 ただ「弱いんだから仕方がないさ」という一種の開き直りのような考え方は、人としての進歩が見込めない気がして個人的にはどうかと思うが。(笑)

   *…このあたりの認識は、ユダヤ教やキリスト教など一神教に共通のものではある。

 本書で面白かった話題をもうひとつ。我々は彼らの社会を指す言葉としてよく「イスラム(イスラーム)社会」という表現を使うが、彼らにしてみるとそれは間違いなのだそう。実は「イスラーム社会」という呼び名はイスラームの教えを実現した“理想郷”を指す言葉。彼らが住む実際の世界はそれとは程遠く、「弱い人間(ムスリム)」により矛盾や問題が山積しているいわゆる「ムスリム社会」でしかないらしい。だからこそ適当な時期をおいてはイスラム原理主義のように、イスラームの理想を求める運動が盛んになるのだそう。
 本書には他にも色々な著者の実体験にもとづく示唆にとんだ文章が多く収録されていて、最後まで愉しむことが出来た。

 最後に本書を読んで感じたことを。
 もともと日本人の物の考え方には”東洋的”というか、「八百万の神」すなわち森羅万象に精霊がやどるという、シャーマン的なものがベースにあったのだと思う。そして近代になり功利的な取捨選択によって、それら伝統的な考え方は姿を消し、代わりに自然科学や工業とともに西洋的な考え方が導入された。しかしそれが日本にこれほどまでに上手く定着した背景には、きっとキリスト教の神も八百万の神のひとつとして受け入れてしまう土壌があったからに違いない。
 しかし日本はある意味うまくやり過ぎた。異質な価値観が導入されてから長い期間が過ぎた結果、今では自分たちの伝統的な価値観の良い点を忘れて果ててしまったようだ。かといって西洋的(一神教的)な考えを徹底している訳でもなく、それに起因する欠点や限界に気付くこともなければ、自分たちでそれを克服することも出来ずに閉塞感に囚われている。
 そんなときには自分の考え方を相対化するために、他の社会の考え方を参考にするのは極めて有効な手段といえるのでは? 松岡正剛から改めて「日本という方法」を学ぶのもよいが、世界における“非西洋”のうち、最も人口が多いイスラームを知らないままでいるというのは、あまりにもったいないのではないのではないだろうか。そんな気がする。
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