『全身翻訳家』 鴻巣友季子 ちくま文庫

 翻訳家のエッセイは昔から好きなのだが、本書には見事にはめられてしまった。今まで読んだ翻訳家エッセイの中でもベスト3には入るのではないか。おそらく彼ら彼女ら(翻訳家たち)は、言葉に対する意識が我々常人とは全く違うのだろうな。読んでいて頭にすっと溶け込んでいく感触が何とも心地いい。詩人とはまたちがった意味で言葉の快楽を作り出す達人といえる。
 本書は筑摩書房から以前『やみくも』という題名で出版されたものを、増補・改訂して文庫化したもの。ただし増補の量が半端ではなくて、原稿はおよそ2倍近くに増えているので、単行本を読んだ人でも改めて十二分に愉しめるのでは。
 テーマは翻訳についてだけでなく著者の日常生活や食べ物など多岐に亘る。自分が気に入ったものを挙げると、たとえばこんな話。

 外国の貴族は、大切な宝飾品は身に着けずにしまっておいて、レプリカを作ってそれを身に纏うんだとか。一方、鴻巣氏の自宅では仕事で必要な本が「絶対あるはずなのにない」ことが増えつづけるが、絶対ある本を買い直すのは馬鹿らしくて意地でも買いたくない。そこでいきおい書店に行って該当箇所を確かめたり、図書館にリクエストして借りてきたりする日々が続いている。――本を読まずに仕舞っておくだけというのは、もしかしたら王侯貴族なみの贅沢ではなかろうか…。

 あまり挙げるとこれから読もうという方の興を削いでしまうのでここらで止めておくが、他にも「もっとも暴力的な弁当とは何か?」とか、シルヴァンスタインのベストセラー絵本『ぼくを探しに』を作家の倉橋由美子氏が翻訳したときの言葉の選び方だとか愉しい話題がいっぱい。
 真面目なところでは、南アの女性作家マクシーン・ケイスのアパルトヘイトに対する強い思いや、国際支援交流プログラムのホストファミリーとしてアフガニスタンから女性の先生を受け入れたときの話など、心に染みるものもある。どれを読んでも素晴らしい、名文/名言/名セリフの宝庫だと思う。
 エッセイ好きな方には、(時間と財布に余裕があれば)是非とも一読をお薦めしたい一冊。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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