『刑吏の社会史』 阿部謹也 中公新書

中世ヨーロッパを専門とする歴史学者による、被差別民であった「刑吏」(*)に関する研究書。古代ゲルマン社会においては畏怖されるべき存在であった刑吏が、何故か12、3世紀を境にして差別されるに至った理由について、社会背景などから追及されていく。著者の精緻な考察は様々な項目に亘るため一言でまとめるのは難しいのだが、以下に凡そまとめてみよう。

   *…「けいり」と読む。拷問や処刑の執行を職業とする人々のこと。

 ■古来のゲルマン社会において「犯罪」というのは、「①個人の生命や財産に関するもの」と
  「②社会そのものに対するもの」に区別されていた。前者は犯罪被害者やその氏族が加害者
  に対して「復讐」を行う形で解消され、国家や社会による介入は無かった。
  社会全体への重大な脅威とみなされた犯罪だけが、国家や社会による処罰の対象になったの
  であるが、その狙いはあくまでも「毀損された社会の修復」であり、刑吏は社会に代わって
  正義を執行する“名誉ある存在”であった。

 ■ところが地方からの非定住民の流入による人口増大で都市化が進むと、従来の仕組みでは
  対処しきれない状況が起こり始める。放浪者などによる犯罪が増えるとともに共同体の
  希薄化も進み、地域社会では犯罪を裁くことが不可能になっていく。
  それに代わって強まっていったのが国家(統治者)の権威。裁判や処刑に関する権利は
  最終的に住民たちの手から国家へと奪い取られ、それにより刑吏は単に国王の命令を実行
  する雇われ人でしかなくなってしまう。
  また同じ頃、各都市では「同職組合(ツンフト)」が発展しつつあった。この仕組みは職人
  たちが自分らの権利を守ろうと作ったもので、仕事だけではなく宗教や日常の生活までを
  対象とした全人格的組織であったそうだ。(社会的に見れば、まるでひとつの身分制度の
  ような位置づけ。)彼らは厳しい規約を作って自分たちの権利を守り、それ以外の者を排斥
  するようになっていった。

 ■時代の進展とともに市民や個人の意識が高まっていくと、旧来の社会制度による弊害や矛盾
  が目立つようになり、単純に「犯罪者」とは呼べないような者たちの処刑も増えてくる。
  今まで処刑の対象になるのは外からきた“異人”だけであったが、やがて市民たちの処刑が
  増えるにつれて、刑吏は圧政や社会の理不尽さの象徴として捉えられていくようになる。

 大雑把に言えば、以上が刑吏が差別されるに至った歴史的な経緯。ヨーロッパ社会における差別については、他にも「煙突掃除人」や「皮剥ぎ」といった職業的なものをはじめ、ユダヤ人やロマ族(ジプシー)といった民族的なものなどいろいろあって、ひとことでは語れないくらいややこしい。しかしいずれの場合も、ある社会集団がグループを維持する上で何らかの危機に至った時、それを克服するため他の集団を”仮想敵”として排斥する、というのが基本的なパターン。となれば、日本だって決して無関係な話ではなく、アイヌや琉球民族に関する話や同和問題など現在でも未解決の問題は数多くある。最近では性同一障害やインターセックス問題など性的差別という新しい問題がクローズアップされつつあるし。「他者の否定」と「相互承認」の相克というのは、社会を語る上で永遠の課題と言えるかも。(ちなみに自分の頭の中で阿部謹也という人物は、日本における非差別民の研究に精力的に取り組んだ網野善彦とセットになっている。)

 本書はテーマの性質上どうしても処刑方法や拷問方法の記述が多くなり、続けて呼んでいると少し気が滅入ってくるのが難点。でもしっかりした論考で読み応えのある本だった。他にもパイド・パイパー伝説を考察した『ハーメルンの笛吹き男』やエッセイ『中世の星の下に』なども面白かったし、この著者の本ならどれを読んでもハズレは無さそうかな。書店で本を選ぶ際の選択肢が増えるのは、何にせよ嬉しいことだ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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