『不安定からの発想』 佐貫亦男 講談社学術文庫

 本好きで知られた俳優の児玉清氏がかつて、「自分のお薦めの一冊」を紹介するNHKの番組で取り上げていたらしい。元は1977年に出版された本で、2010年になって学術文庫から再刊された。今回はある方から「一度本書を読んで感想を聞かせて欲しい」とのご依頼を頂き、さっそく読んでみた次第。
 著者は航空工学の教授とのことで、中身は著者が航空工学から得た知見をもとに一般向けに書いたエッセイ。
 全体の構成は前半の3分の2がライト兄弟によって、1903年12月17日に史上初めての動力飛行が成功するまでの航空技術史、そして残り3分の1が様々な随想からなる。序文によると著者が本書を執筆した動機は、ライト兄弟が飛行に成功した最大の理由である“逆転の発想”が、社会の色々な面に活かせるのでないか?と考えた為らしい。
 なお本書で描かれる航空技術史とは「飛行理論確立の歴史」をまず縦軸として、古くはレオナルド・ダ・ヴィンチから熱気球のモンゴルフィエ兄弟、そしてグライダーを研究したジョージ・ケリーやプロペラ推進を開発したアルフォンス・ペノー、更にシャニュートを経てライト兄弟へと至るもの。対する横軸としてはヘンスンおよびアデールやラングレイ、そしてリリエンタールといった「失敗者」のエピソードが間に挟み込まれている。
 大まかに言うと、彼ら先達がことごとく失敗したにも関わらずライト兄弟が成功した理由というのは、予測が不可能な「空」という環境に置いては、機体の「安定」を求めるのではなく、逆に「不安定を制御する」という発想が重要ということに気付いたからなのだとか。(*)

   *…一般的に環境というものはむしろ安定していない方が当たり前。
     その原因はマンデルブロらによるカオス理論によって説明できると思うが、要は
     「パラメーターが3つ以上ある場合は相互作用により次の状態が予測不能になる」
     というもの。最初から周囲の状況が予測できるはずがないとすれば、変化に追従
     する力が優れていたシステム最も強いシステムであるというのは、ある意味納得が
     いく結論と言える。

 すなわち「安定」とは、常に変化する周囲環境に適応して自らの最適な状態をいかに維持するか?という、いわゆる「対応力」のことではないのか ―― 本書を読んでこんな事をつらつら考えていると、かなり前に「歩行」について書かれた次のような話を読んだことを思い出した。

 「歩行という行為を力学的にみると、わざと重心を崩して前に倒れ続けているのと同じ事」

 思えば生命現象そのものが、増大し続けるエントロピーの奔流の中で局部的に安定状態(低エントロピー)を保つという、「動的平衡」の見本のようなものだものなあ。
 更に付け加えるとすれば、『不均衡進化論』を読んだ時に感じた感激も根は同じではないかと。環境が安定している間は突然変異の発生率を下げて環境に適応した個体の数を増やすが、環境が激変すると途端に変異率が跳ね上がって、遺伝的な冒険を繰り返して新たな適応点を探る――という生物の精妙なつくり。従来の進化論では解き明かすことが出来なかったこのメカニズムを、(牽強付会に陥ることなく)説明し尽くしたところに『不均衡進化論』の醍醐味があったのだった。
 こうしてみると、著者が本書で主張していることはかなり大事な話なのかも知れない…。

 と、ここだけに絞ればとっても良い本と言えるのだが、実は本書にはそれ以外の部分が沢山あって、読んでいる間じゅうそちらの方が気になって仕方なかった。上手くできるかどうか判らないが、自分の感じた違和感の理由について以下に説明してみよう。
 本書の内容について続ける。著者によれば、有人飛行という未知の技術を成功裡に導くために、科学者(技術者)として心得ておくべきだった「正しいアプローチの仕方」というものが存在するようだ。

 1)生物(鳥/コウモリ/トンボ等)や、過去に偶然発見された技術(凧/模型のグライダー
   等)を良く観察して、それらがなぜ安定して飛べるかを理論的に分析すること。
 2)小型の模型を作ってみて、理論が正しいかどうか実地に検証してみること。
   (机上検討だけではNG)。
 3)無人もしくは動物を載せてサイズを大きくして実験を行うこと。
   (サイズが異なると思わぬ影響が生じる恐れがあるため)
 
 これら全てをクリアしたとしても、有人飛行を行うには更にもうひとつしなければいけない事がある。それはグライダー(エンジン無し)によって滑空実験を繰り返し行うことで、(突風や横風など)不測の事態が起こりえる「空」という未知の環境に、操縦者自身が慣れておくことなのだそうだ。
 以上をまとめてみると次のようなことになるだろう。

 『理論をしっかり立て、模型による繰り返し検証という手順を慌てず着実に行うこと。』

 あれっ?これって「不安定からの発想」じゃなくて単なる「失敗しないための技術論」だよなあ。実を言うと本書でかなりのページを割いて述べていることは、(技術論としてはたしかに優れていると思うが、)序文で書いてあったような「不安定を敢えて選んで制御で乗り切る」という内容とは違う話なのだ。
 他にもある。航空力学で問題となる「失速」という事象を説明するのに、喩えとして「経済の失速(不景気)」をもってきたりも。(却って分かり難いし、何より話が唐突過ぎて。/笑)
 
 本書を読み進み第二部に至ると、それまで漠然と感じていた違和感は全開となる。(苦笑)
 ここではヘリコプターの制御とかコマ(ジャイロ)の安定性、それに線形・非線形型の制御モデルがもつ安定性など、色々な「安定/不安定」という状態についての紹介と考察が7つ述べられている。
 それは良いのだが問題はそれぞれの章の末尾に付けられたコメント。これらの物理現象から得られた知見を、「○○から得た見解」という形で社会全般に対する教訓に当て嵌めようとしている。しかし中身を読んでみると、どう考えても論旨に無理があるような気が。
 進化論を生物だけでなく社会や思想の“進化”に適用したがるのは、世の東西を問わず理系人間が文化論を語ろうとしたときに陥りやすい失敗。教条的な堅苦しい理屈を振りかざすか、もしくはトンデモ系のおかしな話になりがち。(敢えて名前は出さないがこのブログでも過去に何冊か取り上げた覚えがある。)
 本書も安定/非安定という本来なら純粋に物理・工学的な事象についてだけ語っていれば、非の打ちどころが無い優れた技術論になっていたと思うのだが、敢えてそこからはみだして文明批評に踏み込んでしまったがために、ちょっと「トンデモ」のニオイが漂い始めてしまった。(笑)

 本書は余剰部分が多過ぎるため、技術論や学術書として読むと少し肩透かしを食うかもしれない。児玉清氏のように一種の「人生論」として読んだ方が建設的で得るものが多いかもしれないな。(ちょっと変なところもあるけど決して人を見下すような不愉快な書き方ではないし。)
 ま、たまにはこんなのも良いんじゃないでしょうか。(笑)
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佐貫亦男「不安定からの発想」を読破!!

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いやーすみませんっ

こんばんは、「ある方」です。一生に読める数限りある本の数の1つを消費させてしまってすみません(汗)
まがりなりにも講談社「学術」文庫だし、児玉清さんのオススメだし、
自分の読み方がおかしいのかなあ???と思って、よければ読んでみて(診て)いただきたかったのです。
最初のほうのライト兄弟の(他者の失敗の横軸を含めた)成功までの話だけでも楽しめたのであればご容赦くださいませm(__)m

No title

しょーちゃんさん、こんにちは。
こちらこそ要らぬお気づかいをさせてしまったようですみません(汗)
ちゃんと愉しめましたからご心配なく。

著者は大学の研究者という感じではなく、技術者寄りの視点をもった方みたいですね。偉そうにいばってないので問題なしです。(笑)

講談社学術文庫は割と玉石混交なので選ぶ時は後ろの紹介をじっくり読んで決めるようにしてます。「名著」とか書いてない場合は、たまに変化球の場合があるので注意しています。
しょーちゃんさんも本書を読んで「あれっ」と思われたんですよね。自分の感性は間違ってなかったようで、とりあえずひと安心かなーと。

ところで先日、某書店で「児玉清さんお薦め本の棚」というのを見てきました。児玉さんは”本読み”としてとても敬愛していますが、本の選別をみるとやはり俳優をされているだけあって芸術家肌というか、自分とは少し本の選び方が違う気がしました。特にノンフィクション系は読む視点が違っている気がしますね。(いろんな読み方があるからまた世の中が面白いんですが。)

では今後ともよろしくお願いします。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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