『生命はなぜ生まれたのか』 高井研 幻冬舎新書

 これまで色々な自然科学系の本を取り上げてきた。(もちろん宇宙論や素粒子論といった自分の好きな分野ばかりだが。)今回とりあげるのは、自分にとって“テッパン”テーマのひとつである「生物進化」に関する本。さらに舞台が大好きな「深海」とくれば、もはやストライクゾーンど真ん中。(笑)あまり興味のない方には退屈な話題かもしれないが、少しお付き合い頂ければ幸い。

 地球生命の起源についてある程度聞きかじった事があれば、「数十億年前の始原の海に落雷などで“有機スープ”ができ、それが太陽エネルギーを利用しつつ徐々に生命に変化していった。」というストーリー(仮説)をご存じかもしれない。でもこの仮説は今では時代遅れで、最近の学説では生命誕生に太陽なんか必要なかったという事になっているようだ。
 およそ四十億年ほど昔、現在でもあちこちの深海底に見られるような「深海熱水活動域」が地球のあちこちに数多く存在したころ、高温環境で酸素に頼らずエネルギー代謝を行う「好熱タイプ」の生命が生まれたというのが、代わりに定説となっているストーリー。そして本書はJAMSTEC(独立行政法人海洋研究開発機構)に所属して深海底の生命を専門とする研究者が、一般読者向けにそれらの話を分かりやすく解説した本というわけ。
 ところでこのJAMSTECという名前だけど、知っている人があまりいないのが残念。つい先日までJAXA(宇宙航空研究開発機構)も同じような感じだったのだが、はやぶさの大活躍で一躍有名になることができた。JAMSTECも「世紀の大発見」を行って早く有名になってくれると嬉しいのだが。(*)

   *…ちなみにJAXAは一般的にはあまり知られていなかったが、科学好きにはかなり有名
     な存在だった。その点JAMSTECは更にマイナーかもしれない。
     深海潜航艇の「しんかい6500」とかスーパーコンピューター「地球シミュレータ」
     それに地球深部探査船「ちきゅう」などは全部このJAMSTECの所有する設備なんだ
     けれど...。

 著者は深海微生物の研究を20年以上に亘って行っている第一人者。したがって本書にも「かいれいフィールド」(インド洋にある深海熱水活動域)とか「スケーリーフット」(硫化鉄のウロコをまとった世にも奇妙な貝類)、はたまた「チューブワーム」(消化器官をもたず体内共生バクテリアで生命を維持する奇妙な生物)といった、深海ファンとして愉しくて堪らない単語がポンポンでてきて嬉しいのなんの。
 もちろん第一線の研究者が書いている本なので、こちらの知的好奇心も満足するような専門的な内容もキチンと押さえてくれている。たとえばだが、生命の根源を考える際、エネルギー代謝に着目して「原始地球の環境で如何にして効率よくエネルギーを得るか?」という観点から考えるというのは、自分にとってまさに“目からウロコ”だった。今までは有機物の合成方法に着目した本しか読んだことが無かったので、生命起源に関して決定的と思える説に巡り合えなかった。けれども「生命共同体を持続させるエネルギーをどうやって得るか?」について考えれば、当時まだ弱かった太陽由来のエネルギーに依存するよりも、深海で活発な活動をしている熱水域の環境を利用するのが有効なのは自明。(筆者は更にここから「生命は太陽系の他の惑星や衛星などにも比較的簡単に発生し得るのではないか」という仮説にまで想いを馳せている。いやあ、大変に面白い。)
 話がそれたのでエネルギー代謝にもどる。
 「生命」の定義も真剣に考え出すと実は難しいのだが、とりあえず「周囲環境からエネルギーをもらって自律的に代謝を行う」「同じシステムが持続的に存在を続けられる(個体維持と増殖)」「周囲との境界面をもっている(細胞膜など)」といったところにしておくと、凡そ次のような流れが見えてくる。

 ■高圧&高温の熱水が深海底の岩石を通って海底に噴出してくる。その際の化学反応で
  有象無象のエネルギー代謝システム(ゆるやかな関係をもったコロイドのようなもの?)
  が自然に出来あがる。
 ■このエネルギー代謝システム(=原始生命体)は熱水域周辺の有機物を使う代謝系をもつ
  が、それを使い果たしてしまうと一代限りで絶滅してしまう。(著者によればこのような
  発生/絶滅のサイクルが、数限りなく繰り返されただろうとのこと。)
 ■有機物を食べつくして一代限りで滅びるということが何度も繰り返されるうち、突然変異
  によって「周囲にふんだんにある無機物から直接エネルギーを得る方法」を体得したもの
  たちが現れる。この生命体は有機物が無くても周囲から直接エネルギーを得られる為に
  代謝系を持続することができ、個体数が増えていく。

 これが我々の直接の祖先へとつながるストーリー。
 なお無機物からエネルギーを得る方法としては、反応の前後でエネルギー収支の傾斜が出来るだけ大きいのが望ましい。もちろん当時の海に多く存在した元素を使った反応であることが必須条件だ。そうすると水素と二酸化炭素からメタンを作る反応(水素資化性メタン生成)や、酢酸を作る反応(水素資化性酢酸生成)などがもっともエネルギー効率が良いので、おそらく原初の生命はそのあたりの代謝メカニズムをもっていたと考えるのが自然。
 そしてそこから硫化鉱物が原始酵素の中に取り込まれていったというのが、「熱水硫化鉱物による代謝系の進化モデル」というわけだ。(ちなみこれは現在でも深海熱水域に存在する超好熱タイプの菌“古細菌(アーキバクテリア)“が行っている化学反応であり、その点でも大変に”筋が良い“仮説といえる。)
 さらにいえば上記の「原初の生命」は、遺伝的に見ると現在の“古細菌”と“真正細菌(一般に見られるバクテリア)”の間くらいの存在だったのではないかと考えられているようだ。この「原初の生命」は科学者の間で「プロジェノート」とか「コモノート」と呼ばれているらしい。

 以上、小難しい話が続いたが、本書自体は決して読みにくいわけではない。一般読者向けを想定して分かりやすい文章を書く著者の力たるや大したもの。たとえば熱水の化学組成を説明するくだりでは、深海熱水によって周囲の岩石から「出汁(だし)」ができるとか「アッツアッツの熱水」といった、今までの科学解説書ではついぞお目にかかったことがない様な表現が使われている。他にも「よっしゃー」などのくだけた独白を挟んでみたり、「気楽に寝転がって書いたような」親しみやすい文章をふんだんに使い、内容は高度だがとても取っつきやすい本に仕上がっている。但しあとがきによればそのための著者の苦労は並大抵では無かったようだが。(笑)

 「ロマン」という言葉で表わされるような”ワクワク感”には、恋愛や冒険など色々な種類があるけれど、なかでも自然の脅威や秘密を解き明かす「科学ロマン」のワクワク感には格別なものがある。
 なので、第一線で活躍する研究者が最先端の研究成果を素人にも惜しげもなく(かつ大変分かりやすく)披露してくれるような本を読むと、いつも幸せな気分に浸ることができる。ただし著者の文章センスが優れているというのが前提条件。『進化しすぎた脳』の池谷裕二しかり、『生物と無生物のあいだ』の福岡伸一しかりだ。(古くは物理学者にして夏目漱石の弟子でもあった寺田寅彦もそう。)これらの人は優れた情報発信力を持って「象牙の塔に閉じこもった変人」という科学者の悪いイメージを払拭し、科学ファンの裾野を広げるのに大変貴重な人達だと思う。
 実は自分が深海好きになったのも、日下実男氏の少年向け科学解説書(**)を読んだ子供のころの体験から。暗い深海にバチスカーフ号が浮かび上がる表紙に魅かれて図書館で借りた体験が元になっている。「科学立国」を目指すのだったらまずは理科好きの人を増やすべき。そのためには、こういった素人向けの読み物はとっても大事だと思うよ。

  **…ネットで調べてみた。表紙の絵が記憶と少し違う気もするが多分『海をさぐる』と
     いう本だと思う。

<追記>
 本書が出版されたのは2011年1月だが、先日たまたまNHKの番組でこの人のことを知るまで、こんな本が出ているなんて全く気が付かなかった。どうしてこんな面白い本をスルーしていたのかといぶかったのだが、本書の表紙をしげしげと眺めていてわかった。この「生命はなぜ生まれたのか」という題名のせいだ。
「なぜ」という言葉を「何のため?」という、宗教的な意味にとったのだ。(なおスピリチュアル系の本は自分の探索アンテナから自動的に外れる仕組みになっている。/笑)
 副題の「地球生物の起源の謎に迫る」という小さな文字に気が付けば分かるのだが、どうやら本屋で見落としてしまったみたい。どうせなら「地球生命はどうやって生まれたのか」とかの方が良かったかも。
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なるほど

書店で見覚えがあるのに手を出さなかったのは、本のタイトルに何とも言えない胡散臭さを感じてたからかもと(笑

こんにちは

しょーちゃんさん、コメントありがとうございます。

同じ書名のままでも、ブルーバックスあたりから出ていれば気付いたんでしょうけどねえ。(^^;)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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