『ちょっと本気な千夜千冊 虎の巻』 松岡正剛 求龍堂

 知る人ぞ知る「編集工学」の提唱者であった松岡正剛の名を一躍有名にしたのは、2000年から始まった本の書評サイト「千夜千冊」の連載だった。この「第1期・千夜千冊」は2006年に一旦「放埓篇」として完結(現在は第2期として「連環篇」を連載中)。そしてその「放埓篇」を元にして、大幅な加筆と再編集を施した上で書籍化したのが、“前人未到の読書案内”と銘打たれた大著『松岡正剛 千夜千冊』というわけ。(*)
 とりあげた本の冊数は「千冊」どころかなんと1144冊にもおよぶ。本巻だけで7巻もあり、他に解説・索引・年表をまとめた特別巻『書物たちの記譜』がついて全8巻構成。分配不可なのでセット価格で95,000円(税抜)というとんでもない怪物本になっていて、当然のことながら自分のような貧乏サラリーマンにはとても手の出る代物ではない。(笑)

   *…このあたりの内容は大体ウィキペディアからの受け売り。

 しかし広い世の中には金持ちも居るらしく、(それと本書が出版された時には話題になったこともあって、)こんなに高い本が予想以上の売れ行きを示したようだ。でも自分も含めて大多数の人は、詳しい内容も分からないものに対して、ポンと10万円近い金額を出資できるほどの余裕はないだろうと思う。そこで登場したのが、“化け物ブックガイド”『千夜千冊』の概要を紹介する―という趣旨で作られた“メタブックガイド”である、本書『ちょっと本気な千夜千冊 虎の巻』というわけだ。
 (ちなみにその『虎の巻』に関して感想を書くと言うことは、「ブックガイドのブックガイド」の更にブックガイドという訳で、メタどころかまるでメタメタな状態。/笑)
 あ、この文を書いていて気が付いたのだが、よくよく考えたら本書は『千夜千冊』の宣伝広告みたいなものだな。広告カタログですら1,600円もする分厚い本になってしまうのだから、さすがは破天荒な企画だけはある。

 では前置きはこれくらいにして、中身について簡単に紹介。
 松岡正剛による読書案内を読んでいるといつも、巨大な「本の山脈」をトレッキングしているような気分になってくる。それが“千冊”ともなればなおのこと。Web版では様々な分野の本を脈絡なくランダムに取り上げていたため、そのままの形で書籍にすると、読者は「本の山脈」を縦走するどころか「本の樹海」に迷い込んで遭難しかねない。そこで彼がとったのは、全1144夜をシャッフルしてテーマ別に並べ直すという方法だった。まさに編集工学者の面目躍如といったところ。その作業を加えたことで、「書籍リスト」という膨大な“知のデータベース”に彼の「世界に対する見立て」が加わり、書籍版『松岡正剛 千夜千冊』はWeb版よりもさらにすごいものに仕上がっている。
 すなわち本書『虎の巻』を愉しむ最大のポイントは、書籍版の『千夜千冊』において著者がどのような意図で編集を施したかということを、本人の口から解説してもらえる醍醐味にあると言って良いだろう。だって加筆があるとはいえ元の文章はWebで公開されているわけだし、それに取り上げられた本だって自分で入手して読めば(一応)同じ読書体験は出来るのだからね。
 というわけで、セイゴウ編集術により並べられた『千夜千冊』の各巻題名は以下の通り。

  第1巻 『遠くからとどく声』
  第2巻 『猫と量子が見ている』
  第3巻 『脳と心の編集学校』
  第4巻 『神の戦争・仏法の鬼』
  第5巻 『日本イデオロギーの森』
  第6巻 『茶碗とピアノと山水屏風』
  第7巻 『男と女の資本主義』

 どうだろう、判ったような分からないような題名ばかりで…。(笑)
 冒頭で得意げに説明してくれるのだが、自分のようなお気らくボンクラ読者には、題名を見ただけでは編集意図がさっぱり想像出来なかった。
 でもご心配なく。さすが『虎の巻』と称しているだけあって、そのあたりはちゃんと工夫してある。本書はインタビュー形式になっていて、巻ごとに10冊ほどの本が取り上げられてテーマや読みどころが紹介されていくのだが、インタビュアーになっているのは、我々一般人と変わらぬ知識レベルの人。そのため、正剛の話が難しいところに差し掛かると、我々にも理解出来るようにすかさず訊き直してくれる。おかげで「フラジャイル」といった、彼のファン以外には馴染みの薄い概念も、とても分かりやすい言葉で語られることになり、図らずも彼の思想的な著作に対する格好の入門書にもなっている。
 各巻とも複数のテーマが有機的に組み合わさっており、とても一筋縄ではいかないのではあるが、以下にその大雑把な要約をしてみる。(かなり乱暴な要約なので、興味のある方は是非とも実物の『虎の巻』に当たってみる事をお奨めする。)

 【第1巻】
  まずは導入篇として、誰もが読んでおいたほうが良い文学作品を中心に紹介。中で開陳
  される「ノスタルジアの正体」を巡る話が秀逸。
  ―― 過去には自分の周囲にあり今は記憶の中だけになってしまったもの、すなわち一旦
  は「失われてしまったもの」を、風景や映画、文章や絵画の中などに再び見出したときの
  感情の起伏。それがノスタルジアの正体なのだと看破している。さらに面白いのは、稲垣
  足穂の作品にみられる世界観を、「未知の記憶」と称してノスタルジアの範疇に含めて
  しまっている点。卓見だなあ。
 【第2巻】
  自然科学や数学などいわゆる“理系”の本が中心。たとえ理系の本だろうが数式が沢山
  出てくる本だろうが、専門家ではない“読書人”には“読書人”なりの愉しみ方がある
  ―という主張には説得力あり。
  また生命現象のことを「情報高分子」と言いきってしまうくだりも、いかにも彼らしくて
  Good。ネオテニーとか創発といった話題になってくると、もはや彼の独壇場で余人が口を
  はさめる余地は無い。いつものセイゴウ節が炸裂して、知らぬ間に煙に巻かれてしまう。
  (なおこれは褒め言葉なので念のため。/笑)
 【第3巻】
  思考を「編集」と捉えて、その手段たる「言語」とか「物語性」など色々な話題について
  触れている。なかでも個人的に一番好きなのは、第6章の「書物そのもの」に関する話題
  かな、やっぱり。
 【第4巻】
  “神(キリスト教を始めとする一神教)”と“仏(森羅万象を仏とする東洋的宗教観)”
   という思想の比較から、テロリズムなど現代における国際関係までを一気に俯瞰。
   現代史に興味ある人には格好のブックガイドになるだろう。
 【第5巻】
  日本独自のイデオロギーを紹介するこの巻では、『日本という方法』『日本流』『連塾』
  といった彼の一連の著作でお馴染みのネタ本が紹介されるとともに、彼の読書法(秘伝)
  も披露されている。(ただし本にびっしりと書き込みする方式なので、自分にはとても
  実行は無理だ。/笑)
 【第6巻】
  芸術に関する巻。水墨画や陶芸、生け花から能や文楽といった、古典芸能を中心とする
  日本文化と、西洋音楽や絵画、建築から写真術や現代美術まで、古今東西のアートが取り
  上げられる。活字マニアの自分としては一番馴染みが薄い本が多かった。
 【第7巻】
  最終巻はなんと1500ページを超え、『千夜千冊』の中でも最も大著。男と女、異性愛と
  同性愛、そして性と欲望の資本主義経済まで、現代の我々の社会を動かす“原動力”に
  ついての考察。

<追記>
 冒頭にも書いたが『松岡正剛 千夜千冊』には全部で1144冊の本が取り上げられている。本書『虎の巻』には巻末に収録作のチェックリストが付いているので、それを利用して自分が読んだことのある本がどの程度あるか調べてみることにした。その結果は次の通り。
 第1巻=32冊、第2巻=6冊、第3巻=10冊、第4巻=18冊、第5巻=11冊、第6巻=5冊、第7巻=10冊
 合計で92冊といったところ。一人の著者あたり1冊しかとりあげないというルールがあるので、仮に同じ作者の別の本を読んだのも加えるとしても、それでも162冊にしか過ぎない。芸術系の第6巻が少ないのは納得できるとして、第2巻の理系の本が少ないのには我ながら驚いた。松岡正剛が取り上げた本のうち、自分が読んだのがおよそ1割前後というのは、多いのか少ないのかは良く分からないが、これからもまだ面白そうな本が9割残っていると考えれば得した気分。

 ついでに白状してしまうと、実を言えばこのブログの裏テーマは『百夜百冊』。由来はもちろん『千夜千冊』であって、せいぜい10分の1くらいの規模がやっとだろうという事からとった。その意味では狙い(予想)通りの成績だったので、丁度良かったといえるかも。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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