『白鯨(上・中・下)』 ハーマン・メルヴィル 岩波文庫

 実は『白鯨』には苦い思い出がある。高校生のときに新潮文庫版に挑戦したがあえなく撃沈、上巻を読んだところで挫折してしまった。昔からグレゴリー・ペック主演のスペクタクル映画のイメージを刷り込みされていたせいで、原著がこんなとんでもない作品だとは知らなかったのだ。今にして思えば「血わき肉躍る冒険小説」を期待して本書を手に取った高校生ごときに歯が立つわけがない。「何が書いてあるかさっぱり理解できない」という事態に陥ったのも、むべなるかな。(笑)
 それ以来『白鯨』という名前はピンチョンの『重力の虹』という名前とともに、自分にとってちょっとした負い目になってしまっており、いつかはリベンジしたいと考えていた。(それにしても、まさかその後30年近くも二の足を踏んでしまうとは。)
 そろそろ読んでみるかな?と思い始めたのは、八木敏雄訳による岩波文庫版が良いという話をどこかで聞きかじってから。以来タイミングを計ってきて、遂にその時を迎えたというわけ。まさに満を持してとりかかった本ということになる。(そんな大袈裟なものでもないか/笑)

 で、その結果だが、聞きしに勝る「すごい本」だった。(普通の文学書の範疇からは完全にはみ出してしまう「メタ小説」だということは知っていたが、まさか古典文学でここまでやっているとは。)
 エイハブとモービィ・ディックの物語は確かに重要な「縦糸」ではあるのだが、実は全135章のうち直接それに関するるエピソードが描かれているのは、せいぜい10章分くらい。では残りは何が書かれているかというと、本書が執筆された19世紀当時の「鯨および捕鯨に関する全て」に関する記述で全篇が埋め尽くされているのだ。聖書や文学にでてきたレヴィアサンすなわち”畏怖すべきもの”としての鯨や、マッコウ鯨とセミ鯨の生物学的な特徴の比較といった「鯨学」(*)から、海洋資源としての鯨を利用した様々なヨーロッパの文化、捕鯨船における日常生活や狩りおよび鯨油をしぼる作業の様子、はては「美食としての鯨肉」なんて題名の章も。

   *…例えば第32章は約35ページに亘ってまるまる「鯨学」の記述にあてられている。

 これら衒学的な記述を除いて純粋に物語の部分だけとってみても、本書はかなり破天荒なつくりになっている。実質的な主人公であるエイハブが登場するのは上巻もほぼ終わりに近づいた第28章になってからだし、それまでは本書の”語り手”であるイシュメールが初めて捕鯨船に乗り込むまでの顛末が面白おかしく描かれている。登場人物にはどれもかなりコミカルな誇張がなされ、まるでマーヴィン・ピークが書いた異形のファンタジー『ゴーメンガースト』に出てくる人物のよう。そしてその中でもエイハブという人物のもつ迫力は際立っている。
 先に述べたように本書の記述スタイルは、イシュメールという人物の一人称を基本にしているわけだが、それとて箇所によっては「神の視点」に突然置き換わったりとなかなか定まらない。19世紀に書かれた作品を今の基準で判断すればもちろんあちこちに綻びが見えてきても致し方ないが、それを考慮した上でなおも本書が自分の目からみて「傑作」と成り得ているのは、百科全書とも見紛うような溢れんばかりの豊饒さとともに、エイハブらがいよいよモービィ・ディックと遭遇/対決するラスト3章の圧倒的迫力も大きく貢献しているからだろう。その点では映画が「エイハブによる白鯨への復讐の物語」にテーマをしぼったのはある意味で正解なわけだが、それだけで終わらせてしまってはあまりにもったいない、そんな魅力(魔力?)をもった本だった。ここまでくるのに長い年月がかかったが、それだけの価値は充分あったといえる。

 思うに(本書を含めて)数多くのいわゆる「古典」と呼ばれる作品については、作者や発表年代などについて学校の教科書で習ってきたわけだが、その時はこんなに面白いものだとは考えもしなかった。ラブレーの『カルガンチュア』や『パンタグリュエル』なんかもそうだし、鴨長明の『方丈記』や『奥の細道』といった日本の作品でも同じ。恥ずかしながら、どれも後年になって素直な目で読んでみたら、大変に面白いものだということに初めて気がついた次第。「古典」とされる作品の中にも、単なる歴史的な価値しかない作品もあるかもしれないが、殆どの「古典」と呼ばれるものは長い年月にわたって残るだけの価値を持っていたからこそ、今に伝えられているわけだろう。『ドン・キホーテ』とか『源氏物語』や『平家物語』とか、そのうち腰を据えて取り組んでみたいものだ。(『重力の虹』も忘れずにね。/笑)

<追記>
 余談だが、自分の「100点を付けた3冊」のうちの1冊にスタニスワフ・レムの『ソラリス』という作品がある。その作品の中には何故か突然に本篇のストーリーとは直接関係ない逸話、たとえば「ソラリス学」という章が挟み込まれていたりして以前から疑問だったのだが、本書を読んでふと思いついた。もしかするとレムは本書『白鯨』のスタイルをわざと真似ているのかも。いやそれどころか惑星ソラリスにあり「海」と呼ばれている存在が”畏怖すべき強大なモノ”、もしくはコミュニケーション不可能な”圧倒的に異質なモノ”として描かれていること自体、モービィ・ディックに直接的に対比できるのかも知れない。
 とすれば『ソラリス』に登場する人間たちに、「海」と対等の立場にたってコミュニケーションを図れる可能性など万に一つもありはしないというのも頷ける。
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はじめまして。P&M_Blogという雑記ブログをやっているpiaaと申します。
「白鯨」で検索して辿りつきました。
私もレムとストルガツキーが好きでブログにも取り上げているのですが、舞狂さんと同じように「白鯨」の「鯨学」の章が「ソラリス学」の章の下敷きになっているんだろうなと感じていました。
「白鯨」は他にも様々な作品に影響を与えている重要な作品だと思います。

>「古典」と呼ばれるものは長い年月にわたって残るだけの価値を持って・・・

概ねそのとおりです。まあ一部古典とされながらロクでもないものもありますが、特に「ドン・キホーテ」は文学的価値がどうこう言う前にめちゃくちゃに面白いのでおすすめです。400年も前にあんな小説が書けるなんて驚きです。

ちなみに私、トマス・ピンチョンは全く読む気になりません・・・(笑)

ご訪問ありがとうございます

piaaさん、はじめまして。拙ブログをご訪問いただき有難うございます。レムとストルガツキーがお好きとのこと、お仲間が出来てとっても嬉しいです。

そうですか、「ドン・キホーテ」面白いですか。長いのでつまらなかったらどうしようと思っていたのですが、おかげで安心して取り掛かることが出来そうです(笑)。
今まで古典といえば学校の授業のイメージが強くて、何となく読む気がしなかったんですが、もったいなかったです。

ところでピンチョンは、高いお金を出して買った『重力の虹』だけでも、いつか読まなくちゃと思ってはいるのですが・・・(一体いつになる事やら。)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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