『エレガントな宇宙』 ブライアン・グリーン 草思社

 このところ“文系”のジャンルを続けて読んでいたので、そろそろバリバリの“理系”の本で精神的なバランスを取りたくなった。バランスをとる手段もあくまで本だというのが我ながら呆れてしまうが、これはまあ「業(ごう)」というか「宿痾(しゅくあ)」のようなものだから致し方ない。(笑)
 本書はアメリカで1999年に出版されるや大ベストセラーになった科学解説書で、日本では2001年に出版されている。内容はというと、素粒子物理学の研究成果を踏まえた最新の宇宙物理学を、物理学者である著者が一般読者向けにやさしく紹介したもの。数式を出来るだけ使わずして大変に分かりやすく、かつ懇切丁寧な説明を心がけてくれていて好感が持てる。
 ありていに言って科学の解説書は古びてしまうのが早い。それが“ホット”な分野であればあるほどそれは顕著で、中学の頃に夢中になったブルーバックスを今になって読み返すと、時代遅れになった学説に多くのページが割かれていて興醒めすることもある。しかし本書に関しては(少なくとも2011年の時点においては)そんな心配は杞憂。今から10年以上前の本ではあるが、今読んでも全く古びておらず普通に愉しむことが出来た。
 その理由は、本書の前半に書かれているのが物理学の歩みを簡潔に説明したものであるのと、後半で扱われているのが「超ひも理論」や「M理論」であるということ。前半部分はニュートンの万有引力に始まってアインシュタインの特殊/一般相対性理論といった宇宙物理学と、シュレーディンガーらによる量子力学(素粒子物理学)の歴史が解説されている。もちろん既に聞いたことがある話には違いないが、相対性理論の根本が“等価原理”にある点など、ツボを押さえた説明でなかなかどうして飽きることがないのはさすが。この「科学発展の歴史」は本当によく書けており、これから時代を重ねていっても変わることなく高い評価を得るのではないだろうか。また後半は現在も検証が続いている”ホット“な分野であるため(*)、まだしばらくの間は本書の賞味期限は切れないと思っていいだろう。

   *…「ダークマター」や「ヒッグス粒子」といった謎にはまだ決着はついておらず、
     ときおりテレビや新聞を賑やかしている。

 物理学者たちは昔から我々の住むこの世界の成り立ちについて解き明かそうと懸命に努力してきた。大まかに言えばそれらの疑問は「宇宙はどのようにして出来、これからどうなるのか(=宇宙物理学)」という問いと、「物質は一体何で出来ているのか(=素粒子物理学)」という問いに集約されていくと言って良い。しかも面白いことに現代の最先端物理学においては、一見正反対にみえるこれら2つの謎を突き詰めていくと、最終的にはひとつになってしまうのだ。
 たとえば、「なぜ太陽や月や星はあのような動き方をするのか?」を考えた結果、コペルニクスによる地動説へと行き着いた。また「なぜ月は落ちてこないのか?」を考えた結果、ニュートンによる万有引力の発見がなされた。これらが示すのは、ひとつの理論があればそれを突き詰める事で、今までの理論を包括するもっと上の知見が得られるということだ。科学者たちはそれを信じているからこそ日夜研究に没頭しているといえる。
 同様にして、ニュートンの万有引力はやがてアインシュタインによる「等価原理(**)」の発見およびその直接的な成果である特殊相対性理論、そして発展形である一般相対性理論(***)へと繋がっていった。
 ニュートンには重力(引力)が「どのように働くか?」は示せても、「なぜ働くか?」は説明することが出来なかった。一般相対性理論は「重力による時空の歪み」というさらに上位の概念を用いることで、それを説明する事に成功したのだ。

  **…あらゆる物理現象は観測者の条件によって変わり、絶対的なモノサシは存在しない
     という知見。これによって、スピード(=等速直線運動)が違う系では時間や空間の
     尺度が変わるという特殊相対性理論が導き出され、ビックバンによる宇宙開闢と
     ブラックホールの存在が明らかにされた。

 ***…重力(=加速度運動)が変われば時間や空間の尺度が変わるというもの。

 一方、物質の成り立ちを探る物理学の方は、古典的な原子モデルを経てやがてシュレーディンガーらによる量子力学の発見へと進んでいった。(尤もこちらの分野は著者の専門ではないので必要最低限の記述にとどまり、あまり詳しくは触れられていない。)
 粒子でもあり波でもある、そしてそのどちらでもない「量子」の概念。観測者の存在が観察対象に影響を与えてしまうため、「位置」と「エネルギー」の両方を同時に確定することは原理的に不可能(=確率的な記述しかできない)という不確定性原理。そして極めてミクロな世界では真空は「からっぽ」ではなくエネルギーで満ち溢れているというディラックの説など、こちらも宇宙物理学に負けず劣らず神秘的で奇妙な世界が広がっている。

 このように、ある段階までは宇宙論と素粒子論が別々に発展してきたので問題は無かった。しかしやがて相対性理論と量子力学を同じステージで記述しようとすると大きな問題があることが発覚する。時空が“連続”していることを前提とする相対性理論に、空間の“断裂”を前提とする量子力学を単純に適用すると、「無限解」が発生して論理が破綻してしまうのだ。そうなると「(万有引力の上に一般相対性理論があったように)もっと上のステージがあるのではないか?」という疑問が出てくるのは当然の事。そこで両者を矛盾なく説明できる究極の理論すなわち「万物理論」が、次のターゲットとして世界中の物理学者たちに追い求められてきた。そして本書の前半にまとめられているのは、ここに至るまでの科学の発見と挫折の歴史というわけだ。

 後半ではこれら前半の歴史を踏まえた上で、著者の専門分野であって「万物理論」のもっとも有力な候補とされる「超ひも理論」と(その発展形である)「M理論」について、現時点で判明していることや今後検証が必要な仮説も含めて紹介をしている。
 物理が好きなひとにはお馴染みの話だが、自然界には「4つの基本的な力」というものが存在している。それは「電磁力」「弱い力」「強い力」「重力」の4つ。そして世界に存在する力はなぜこの4つに分かれているのか?という疑問も古くからあった。(先程のニュートンの譬えに倣えば、アインシュタインの相対性理論は「なぜ重力が働くか?」の説明は出来ても「なぜ重力はあるのか?」については説明することは出来ない。)
 実は重力をのぞく3つの力については、その後の素粒子理論の発展によってかなり解明されてきている。このうち「電磁力」と「弱い力」については「電弱理論」によってもとは一つであることが証明され、「強い力」に関しても「統一理論(ゲージ対称性)」によって巧く説明することができた。しかし最後に残った難物が「重力」であり、そしてこれを纏め上げる可能性がもっとも高いとすれば「超対称性」という概念とそれを敷衍することで、素粒子を一本の小さな“ヒモ”の振動によって説明する「ひも理論」というわけ。
 なお現在では「(3次元+時間=)4次元」という時空を論じた「ひも理論」を更に発展させて、全部で「11次元(10個の空間次元+1個の時間次元)」の時空へと発展させた「超ひも理論」が主流になっている。また互いに矛盾のない複数の式が導き出されてしまうという「超ひも理論」の欠点に関しては、さらに上位の概念として「M理論」というものが考えられつつある。
 (さすがにこのあたりまでくるとトポロジーなど現代数学の知識なども必要になったりして、ちょっと難しくなってくるが、理系教育を受けた人なら充分についていけるレベルだと思う。)

 本書の全体的な印象に触れて最後としたい。
 宇宙は驚きと美しさに満ちている、というのが筆者の(そして世界中の物理学者たちの)基本的な姿勢。その感性は本書の題名が「エレガントな宇宙」と名付けられている点からも分かるように、本文中のそこかしこに満ち溢れている。そんな様子がまた本書の魅力になっていると言える。先にも書いたように、科学の世界では次々と新しい発見があるので、古くなった科学解説書は面白くないのが一般的なのだが本書だけは別。
 本書のもつ魅力とは、物理学発展の歴史をとても分かりやすく俯瞰するという資料的価値だけでなく、文章が持つ品格とワクワク感こそが大きな理由を占めているのだと思う。ブライアン・グリーン氏、研究者としてだけでなく文筆家としても並々ならぬ力量と見た。

<追記>
 最近になって「自然界第5の力」が存在する痕跡が見つかったというニュースが。そうなると、「超ひも理論」や「M理論」はどのような影響を受けるのか分からないが、まだまだ「万物理論」への道は遠そうだなあ…。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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