『族長の秋』 G・ガルシア=マルケス 集英社文庫

 ふとしたことがきっかけになって、およそ27~28年ぶりに再読した。きっかけというのは二つある。まず一つ目は作家の筒井康隆が自らの読書遍歴を語った新聞連載(*)を読んだ時、「ガルシア=マルケスでは『族長の秋』の方が『百年の孤独』よりも傑作」という言葉があったこと。(注:うろおぼえなので表現は違う。)
 自分が100点満点をつけた作品よりも評価が上とは何たる事、そんなに面白い話だったかなあ?と、それから頭の片隅にずっと引っかかっていた。二つ目はついこの間ふらふらと立ち寄った本屋で、集英社文庫の新刊として新装版が出ているのを見つけた事。実家に古いハードカバーを取り戻るのも面倒と思っていたので、可愛らしい子牛のイラストが書かれた表紙を見てつい買ってしまった。

   *…その後『漂流』という名前で朝日新聞社から出版されている。

 読んだことは憶えていても、肝心のストーリーは全く憶えていないので(=よくある/笑)、買って帰って家でパラパラとページをめくってみたところ嫌な記憶が鮮明に甦ってきた。この小説、ものすごーく読みにくかったのだ。(笑)
 でもまあ買ってしまったのだから今さら仕方がない。あれから年をとって少しは「修行」を積んでいるわけだし、前よりも物語を愉しむことくらいは出来るかな?と思って再チャレンジしてみた。で、その結果としては、以下のような感じだった。
 「傑作。ただし読むのにかなりの覚悟は必要」
 
 話は変わるが、今世界中で書かれている小説の大半が守っている作法(物語を書く上での基本ルール)は、おそらく近代ヨーロッパで誕生したものじゃないかと思う。それはどんなものかというと、例えばこんなものだ。
  ■物語に起承転結があること
  ■少なくともひとつの段落では時制が一致していること
  ■人称や語り手が一貫していて視点がぶれないこと
  ■話し言葉と地の文の区別が明確になっていること
  ■話し言葉については誰の発言かわかること
    ・・・
 (まだ探せば他にもあるだろうが、とりあえずはこのくらいで。)
 このように列挙してみると一目瞭然だが、どれも物語の流れを読者に分かりやすくするための修辞的なテクニックといえる。これらの基本ルールがあるおかげで、我々読者は頭が混乱せずに安心して物語を愉しむことが出来るというわけだ。中にはルールの一部を敢えて破ることで様々な効果を上げようと目論む作品もあるにはあるが、殆どの場合は概ねルールに則った上で「物語の面白さ」を競っていると言って良いのではないだろうか。
 ところが本書を読んだ人には分かると思うが、これらのルールはこの『族長の秋』という小説にはどれも当て嵌まらない。「登場人物の発言」と「地の文」の区別や改行は一切なく、ひと固まりになった文章が数十ページに亘って延々と続いていく。途中で語り手や物語中の時間がいつの間にか変わっているのも当たり前。起承転結など存在せず、ひたすら細かなエピソードの羅列が続いていく。読み進むにつれて、だんだんと古代神話でも読んでいるような幻惑に襲われてくる。(これが「魔術的リアリズム」というものであったか!)

 ただし誤解の内容に付け加えておくが、本書がつまらないかといえばそれは違う。物語そのものはむしろ大変に面白い。舞台は南米のどことも知れない小国で、主人公は100年を超える(?)長年にわたり圧政を敷いてきた独裁者。冒頭にはいきなり彼が死んだのちの大統領府が描かれ、その後はカットバックのように彼の生前の残虐と孤独と摩訶不思議な出来事の数々がこれでもかという程に語られる。ブラックユーモアも満載で、個々のエピソードは決して読み飽きる事は無い。
 心配があるとすればそれはただひとつ、近代小説の流儀に従っていない―というより敢えて従わなかったという点だ。しかしそれが最大の問題点なのであって、本書を最後まで読み切れないのは殆どがその理由に尽きると思う。読みにくい上にエピソードが延々と連なる本書のような手法は、好き嫌いがかなりはっきりと分かれるだろう。「近代小説の作法」に慣れきった読者にとっては、極めて“刺激的”で且つ“厳しい”種類の小説といえる。ちなみに先程の「(筒井康隆の)波長にぴったり合った」ということについてだが、読んでみたところ何となくではあるが納得できた。彼のように実験的な小説に抵抗が無くて、神話的な話が大好きな人であれば本書が気に入らないはずがない。
 で、自分がどうだったかと言えば、読み進むのに多少の努力は要ったけれど、概ね愉しい読書タイムを過ごすことが出来た。数百円と数時間を費やしただけのモトは充分にとれたと思う。(無駄に年は喰っていなかったとみえる。/笑)
 ただし『百年の孤独』と『族長の秋』のどちらが好きかと訊かれれば、自分としてはやはり前者の方が好みかな。“全体小説”のファンとしては、やはり「ひとつの町の誕生から崩壊まで」を描いた『百年…』の方に軍配を挙げたい。「悪魔的な魅力を備えた孤独な悪漢」を主人公にした本書も、読後の満足感(というより達成感?)はかなり高かったけれどね。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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