『サンタクロースの秘密』 C・レヴィ=ストロース/中沢新一 せりか書房

 文化人類学者にして構造主義の創始者・レヴィ=ストロースが書いた「火あぶりにされたサンタクロース」という論文と、それを翻訳した宗教学者・中沢新一が書いた「幸福の贈与」という論文をセットにした本で、どちらの著者も大好きな自分にとってはまさに夢のような(笑)コラボ。前者はクリスマスにおけるサンタクロース信仰についての文化人類学的な考察で、後者はその解説になっている。1995年のクリスマスシーズンに合わせて出版されたというのもいい。
 しかしそれほど好きな著者による本なのに、実を言うと今までこの本は持っていなかった。何故かというと大きな問題がひとつあったからで、それは本の厚さと値段が一致してないこと。「せりか書房」や「みすず書房」の本を買うといつも思うのだが、コストパフォーマンスが悪過ぎる。本書も2時間もあれば読めてしまうくらいの薄さなのに、それで2,000円を超えてしまうのは勘弁してほしい。―― とまあ、そのせいでつい買いそびれてしまい、今まで読まずに来てしまったのだ。(*)

   *…それを何故今になって突然購入したのかというと、例によって某中古本ショップの
     おかげ。新しい店舗のオープンに合わせたセールにいったら、帯付きの極美本が何と
     105円の棚に置かれていたというわけ。例の「ブック○○」というチェーン店には
     賛否両論あることは承知しているが、自分のような貧乏人にはこういった掘り出し
     物が見つかるので有難い存在。(単に店員に目利きがいないということなのだが。)

 本題に戻ろう。
 本書は1951年にフランスのディジョン大聖堂前で起こった「サンタクロース人形の焼打ち事件」をきっかけに、レヴィ=ストロースがクリスマスとサンタクロースの起源について深く考察した本である。
 クリスマスというのはもともとイエスの誕生日でも何でもなくて(**)、ヨーロッパに古くから(=おそらく新石器時代まで遡るくらい?)伝わる「冬祭り」を、キリスト教が布教のために行事としてうまく取り込んだことに端を発している。「冬祭り」というのは、太陽の力が最も弱くなる「冬至」の前後に、世界の再生を願うために始まったものらしく、「大いなる贈与の祭」とも呼ばれている。生者から死者へと捧げもの(贈り物)をすることで、新しく生命が甦ることを期待したものだ。古代ローマでも「サトゥルヌス祭」と呼ばれてキリスト教が伝わる前から既に存在していた、由緒正しいものでるとのこと。

  **…だいたいイエスの生まれたのは冬の季節ですらなく、夏の盛りだったという説も
     あるらしい。

 でもまあ、起源はともかくとしても、今では(一応)イエスの誕生を祝う祭りとして認められているのだから良しとすることにしよう。しかし今度はサンタクロースの存在が新たな問題になってくる。なぜイエスの誕生を祝う祭りで、「子供たちにおもちゃを配る老人」が登場するのか? 神への信仰とサンタクロースはどう関係するのか? レヴィ=ストロースは疑問を投げかけてくる。―― いままで深く考えた事など無かったが、云われてみればこれは確かにもっともな疑問だ。
 今のサンタクロースが持つ「赤い衣装に身を包んでふくよかな顔をした老人」というイメージは、コカコーラがCMポスターなどで広めたというのは多くの人が知っていると思う。でもそれ以前は果たしてどうだったのだろうか?
 レヴィ=ストロースは明解に答えてくれる。カギになるのはヨーロッパの古い言い伝えに登場する「鞭打ちじいさん」や「ペール・ノエル(クリスマスじいさん)」と呼ばれた老人のイメージ。ヨーロッパの冬祭りには、伝統的にそれらの愛想のない(笑)老人の言い伝えが既に存在していた。第2次大戦で疲弊したヨーロッパに対してアメリカが行った博愛政策「マーシャルプラン(***)」がきっかけになっているとはいえ、「コカコーラのサンタクロース」がこれ程すんなりと定着したのは、実はこのような理由があった為らしい。

 ***…アメリカがヨーロッパに対して行った、対価を求めない「無償贈与」(!)の政策。

 これらの老人の伝承が意味するのは、サンタクロースが実は古代ヨーロッパにおける「冬祭り」に深く関わっていたという事に相違ない。ここまでくれば後は文化人類学が最も得意とする分野だ。
 生者と死者の交流により、彼方の世界(常世)から現世に対して富がもたらされる、という図式は広く知られている。そして(モースの『贈与論』を引き合いに出すまでもなく、)「贈与の霊」が動くと人は幸福を感じるというのは、文化人類学によってもたらされた最も重要な知見のひとつであるといっても良い。
 すなわちクリスマスにおいて、子供たちの守護聖人「セント・ニコラウス(=サンタ・クロース)」の名を借りて行われているのは、古代から伝わる「子供~若者~大人」の間の“イニシエーション”であり、そしてそこから垣間見えるのは死者の世界というわけだ。本来ならば死者に対して捧げられるはずだったプレゼントは、あの世とこの世の介在者である子供たちへの「おもちゃ」の贈与という形で現代にも引き継がれているのだ。
 1951年にフランスで(何と)聖職者によって行われた「サンタクロース人形の火あぶり事件」は、キリスト教とヨーロッパの伝統信仰の間に未だ残る大きな溝と緊張を、謀らずとも炙り出す結果になってしまった。
 アメリカから伝わった陽気で明るいサンタのイメージが、逆にキリスト教が押し込めてきた民族の古い記憶を呼び起こすことになった結果、危機感をもった牧師たちによって引き起こされた事件が、題名にある「火あぶりになったサンタクロース」という事のようだ。(なかなか皮肉な真相といえる。)

 以上がレヴィ=ストロースによる分析の大まかな内容。これらの分析も見事なものだが、それにも増して自分が素晴らしいと思ったのは、レヴィ=ストロースの論文を受ける形で中沢新一が書いた「幸福の贈与」という解説文の方。短い文章ではあるがポイントが簡潔にまとめてあり、時に錯綜することもあるレヴィ=ストロースの論旨の全体像を理解するうえで、この上ない助けになっている。

 いやあ、おみそれしました。これならもっと前に新刊で買っても後悔しなかったと思う。「愛すべき一冊」とはまさにこのような本の事をいうのだろうな。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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