読書の場面

 種村季弘のエッセイ『雨の日はソファで散歩』(ちくま文庫)で知ったのだが、明治の政治家・市島春城に「読書八境」なる文章があるそうだ。読書に最適な場所を八つ挙げたもので、順に「羈旅(=旅行中)」「酔後(=飲酒中)」「喪中」「幽囚(=獄中)」「陣営(=陣中)」「病蓐(=病気療養中)」「僧院」「林泉(=良い景色の屋外)」。言うなれば邪魔が入らず独りになれる場所という事のよう。
 このうちの幾つかについては自分も時々やっている。つい先日も車で家から10分ほどの市民公園に出掛けて行って、満開の桜の下で1時間ほど読書を愉しんできた。しかも、モノ好きにも2週続けて。(笑)
 その時に読んだのはヘミングウェイの短篇集とアーサー王伝説の本。どちらも本自体は大変面白かったので良かったのだが、シチュエーションに合う本かどうか?という点では微妙な感じ。
 で、その時にちょっと考えた。「満開の桜の下」という場面に合う本って何だろう?
 すぐ頭に浮かぶのは、梶井基次郎の「櫻の樹の下には」とか坂口安吾の「桜の森の満開の下」あたり。でもあまりにベタ過ぎるかも(笑)。
 あの風景にピッタリ合うのは、読んでいて気分がスカッとするようなタイプの本か、もしくは逆にうんと狂気じみた『ドグラ・マグラ』みたいな本のどちらかだろう。『奥の細道』みたいな古典も意外に良いかもしれない。『古事記』の「黄泉比良坂(よもつひらさか)」だとちょっと狂気じみてくるが。(笑)
 どちらにしても学術書ではなくフィクションが似合う気がする。あ、『遠野物語』くらいなら好いかな。軽めのエッセイも合うなあ。――これなんか先程の「読書八景」でいえばまさに「林泉」にあたる読書風景といえる。

 「旅行中」といえば、以前泊まった十和田湖畔のリゾートホテルが良かった。夜、消灯の時間になって庭の灯りが消えてから外に出ると、芝生の上で見上げる夜空は満天の星で溢れんばかりで、どれが星座か見分けがつかないくらい。その旅行で何の本を持っていったのか記憶が定かではないが、今なら絶対に稲垣足穂の幾何学的宇宙ファンタジーや野尻抱影の星座随筆あたりを持っていきたい。風情のあるホテルのロビーでそんな本を読んだら、一生忘れられない思い出になりそうだ。
 読書に合う場面はまだある。コーヒーが美味しくてちょっといい雰囲気の喫茶店だったら、大抵どんな本を読んでもさまになる。(タバコの煙でもうもうとしているのだけは願い下げだが。)
 そんな雰囲気の良い喫茶店で本を読むときは、できればベストセラーなんかはやめておきたい。折角の雰囲気がもったいないから。好い喫茶店には古本屋巡りなんかをした後に寄って、その日の収穫をパラパラと眺めながら一杯のコーヒーをいただくのが最高かも。静かな音楽が流れている店内で読めば、少し難しめの本でも愉しめること請け合い。なお、これは「八景」には載っていない場所だから、さしずめ“九景め”ということになるだろうか。

 出張のときの新幹線はどんな本でも合うオールマイティの場所だが、往きの便は朝早くて頭が冴えているので学術系なんか良い感じ。一方で帰りの便では疲れているので、しっとりとした感じのミステリや文学が合う。泊まりの出張なら夜にはたっぷり時間があるので、厚めの本格ミステリを一冊やっつけるのもいいだろう。
 未だに忘れられないのは、10年以上前に行ったヨーロッパへの出張で読んだ本。海外旅行にはいつも多めに本を持っていくのだが、たまたま帰りの機内で読んだ本が良かった。皆が寝静まる真夜中、ただひとり座席照明を付けて読書していたのだが、ふと窓の外を見るとそこには空いっぱいに広がる真っ赤なオーロラ。しかもその時に読んでいたのが『タウ・ゼロ』という昔の名作SF。有名な話なので内容を知っている人もいるかも知れないが、恒星間宇宙船が事故で制御不能になって亜光速で宇宙の彼方へと飛んでいくというもの。(笑)
 周りのムードがまさにぴったりで、こんなに面白かった読書体験は今に至るまでこれをおいて他にない。この時はおかげで本を120%堪能することができたと思う。

 普段から、読む本を選ぶ時は、当然その「本自体の面白さ」については気にしている。しかし「本を読む場面」については、正直言ってこれまであまり気にした事がなかった。考えてみれば本を読むために場面を誂えるというのは、より読書を愉しむためにとても大切なことかも知れない。
 これからも時々「本を読むために出掛ける」というのをやってみようかな。桜は終わったけど花水木や藤の花が咲き始めているから、まだしばらくは公園通いが愉しめそうだし。本を読むためだけにブラリと小旅行、なんてのも好いかも知れない。もちろんその時は車でなく電車でね。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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