『ヘミングウェイ短篇集』 西崎憲/編訳 ちくま文庫

 作家/翻訳家/アンソロジストという多くの肩書を持つ編者・西崎憲氏による、言わずと知れた短篇の名手・ヘミングウェイの傑作選。中身は超有名なものから初めて読むものまで色々だが、いずれにしても選りすぐった作品であり面白くないわけがない。いわゆる「てっぱん」というのは、このような時に使う言葉なのかも。(笑)ちなみに収録作品は以下の14作品。(注:新潮文庫版の短篇全集とは若干名前が違っているものあり。)
 「清潔で明るい場所」「白い象のような山並み」「殺し屋」「贈り物のカナリア」「あるおかまの母親」「敗れざる者」「密告」「この身を横たえて」「この世の光」「神よ、男たちを愉快に憩わせたまえ」「スイスへの敬意」「雨の中の猫」「キリマンジャロの雪」「橋のたもとの老人」

 さっそく内容についてだが、まずはひとつ目の「清潔で明るい場所」を読んだところで、いきなりノックアウト。何といってもヘミングウェイの短篇の中でも1,2を争う出来の名品だもの、「やられたー」という感じ。これを冒頭に持ってくるのはずるいでしょう。(笑)
 毎夜カフェを訪れる老人客を巡り交わされる2人の店員の会話と独白で構成された掌編だが、ラストの苦い感じといいほぼ完璧な出来。「ナダ(無)にまします我らがナダよ」「我らに日々のナダを与えたまえ、我らを我らのナダにしたまえ。」という条は特に有名で、我がお気に入り作家である開高健も自著の中で引用している。
 その後もバラエティ豊かな物語が続く。例えばクライムノベル(犯罪小説)を思わせる「殺し屋」や、まるでハードボイルドのような渋さが光る「密告」などミステリっぽい作品もある。(ここらはかなり好み。)
 ひとつ分からなかったのが、「密告」の中に出てきた“バーでする6つの話題”とは何か?ということ。さらりと書いてあって本筋にも関係は無いのだが妙に気になって仕方ない。「政治」や「女」の話というあたりは考えたのだが、残りについては皆目見当もつかない。ヘミングウェイはこのあたりのくすぐりが実に巧い。(笑)
 毎回全く同じ書き出しと登場人物を使って尚且つ印象が全く違う物語に仕立てた「スイスへの敬意」も面白いし、リゾートホテルのちょっとした出来事を描いて忘れがたい印象を残す「雨の中の猫」なども好い感じ。そして山頂にある豹の死骸の描写が有名な彼の代表作「キリマンジャロの雪」を経て、まるでエピローグのように「橋のたもとの老人」で余韻を残しつつ終わる...。いやあ、久々にアンソロジーの愉しみを存分に味わうことが出来た気がする。収録作の選択はもちろん、それらの並べ方についても。
 自分だったらどう組み立てるか? 冒頭にはやはりインパクトのある作品をもってくるとして、クライマックスはラストではなくひとつ手前に。最後はいかにも彼らしい小品で余韻を残して終わるのがいい。そしてその間をつないでいくバラエティ豊かな作品群をどう配置するか。―― なんて色々考えてしまった。うん面白い、面白い。(収録作の候補と配置を考えている間中、きっと西崎氏も面白くて仕方なかったんじゃないかな。)
 こんど自分の好きな作家の短篇で架空のアンソロジーを編んでみるのもいいかも。開高健やJ・G・バラードあたりなら出来そうな気がする。

 開高健の名前が出たところで少し余談を。開高健はヘミングウェイのことをかなり好きだった節があるのだが、今回改めてヘミングェイ作品を読んでみて、自分には開高作品との類似がとても目についた。でもネットで検索してみるとそのあたりの比較に言及している人は意外と少なかったりする。
 無駄を極限まで削ぎ落して、「乾いた」とでもいう表現がぴったりくる独特の文体や、釣りやハンティングなどのアウトドア趣味もしくは戦場体験といった外面的な類似だけでなく、もっと内面的な資質の部分で両者には共通するところが多い気がするのだが。(特に『輝ける闇』以降の作品には顕著。)
 もっとも、小説のスタイルは若干違う。開高が私小説風の独白を好んだのに対して、ヘミングウェイの場合あくまでもキャラ造形による物語の体裁をとっている。そのため「リアルさ」という点ではたしかに差がある。しかしどちらの手法にもそれぞれ一長一短があって、一概にどちらが優れているとは言えない。後は好みの問題だろう。
 開高の『ロマネ・コンティ・一九三五年』や『歩く影たち』といった短篇集と、本書の収録作を改めて比較してみるのも面白そうだ。

<追記>
 話ついでに久生十蘭についても少し。
 もしかしたら久生十蘭は物語を書くにあたって、ヘミングウェイと同じ雰囲気を狙っていたのではないか?という事に気が付いた。本書に収録されている作品、中でも「この身を横たえて」や「雨の中の猫」「橋のたもとの老人」などの掌編を読むと、「スケッチ(素描)」という言葉がぴったりくる。余計な脚色を極力排して一見荒削りにもみえる物語は、ヘミングウェイの短篇に共通する「格好よさ」の源泉になっている。そしてそれは久生十蘭の良く出来た作品に感じる“風味”にも共通しているような気が。
 そのうちに確かめたいことがまた増えてしまった。こんな調子で読みたい本がどんどん増えていくんだよなあ。(苦笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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