0点の本

 小説を読むと言う行為は読者と作家の真剣勝負。著者が物語に仕込んだ「仕掛け/たくらみ」をどれだけ愉しむことが出来るか・味わいつくすことが出来るかによって、読者としての力量が図られると思うのだ。なぜなら折角お金を出して買った本だもの。評論家でもないのに、その本の詰まらない点をいちいちチェックしていくような読み方をしていては損。最初から試合を放棄するような読み方ではなく、ひとつでも愉しめるところが多い方が得だろう。そうでない人は、「今日も本が読める」ということに対する感謝の気持ちがちょっと足りないんじゃないのかなー?なんて。(笑)
 このことは小説に限らず、学術書を読む場合でもだいたい似たようなもの。「面白さ」という基準ではないが、その代わりに「腑に落ちる」ことがどれだけあるかが、学術書を愉しむ上でおおよその判断基準になる。それ以外は小説の場合とそう大した違いは無い。(他の人はいざ知らず、あくまで自分の場合だが。)
 総じて自分が本を読むときは、「さて、何を愉しませてくれるのかな?」という受け身の姿勢ではなく、「さあ、何を愉しんでやろうか!」という攻めの姿勢といえるだろう。だから一冊の中になるだけ多くの愉しみを首尾よく見つけられた時には、「得した」という気分とともに「勝った」という気持ちもちょっと味わうことができる。

 とまあ、あれこれ偉そうに書いてはみたが、実を言うと今までどうにもならずに0点を付けた本が3冊ある。あ、面白いんだけど色んな理由で最後まで行き着けなかった本は除いて、読了した上で0点をつけたものに限っての話ね。ポリシーに反するので書名や具体的な内容は書かないが、自分の力量不足への自戒(*)も兼ねて、今回はそんな本について紹介したい。

   *…なぜなら自分にとって0点をつけるということは敗北宣言に他ならないから。

 まず一冊目は、大学のセンセイによって書かれたある思想家の解説本。『○○入門』とあって手に取ったのだが、まず文章が日本語になってないのが駄目。どれだけ読み直しても意味が全く通じない文章が続くのには正直参った。しかも苦労して少しずつ読み進んでいくと、どうやらそこに書かれているのは「入門」ではなくて、その思想家の(たった)1冊の著作に対するかなり専門的な分析らしい。別の形で発表すればそれなりに評価してくれる人は(日本中を探せば何人かは)居ると思うんだが、少なくとも新書で「入門書」として広く世に問えるような代物ではなかった。最初からこのような内容と知っていればきっと買わなかったと思うし、仮に買うにしてもきっと最初から覚悟して読んだろう。
 どういうことだろうね、これは。編集者の依頼を著者が全く理解しなかったのか、もしくは著者が偉いセンセイなので原稿に文句が付けられず、いまさら内容に合わせて企画(題名)を変えるわけにもいかなかったのか。いずれにしても書名や裏表紙の説明と実際の内容とに大きな食い違いがあって、しかもまともな日本語の文章ですらないというのはヒドイ。こんな形で世に出したって、著者にも編集者にも(もちろん読んだ読者にとっても)いい事なんて一つもないだろうに。とても不幸な本だった。

 残りは2冊とも小説。ひとつ目はジャンルとしては一応ミステリに分類されるもので、こちらはちゃんと日本語にはなっている。(当り前か。/笑)
 それではこの本のどこが駄目かというと、物語の体をなしていない点。自分が中学生のころに書いていた習作を今になって無理やり読まされているくらい(笑)、読んでいて苦痛だった。おそらく世の中にはそのような本がごまんと存在するとは思うが、自分が本を選ぶ時はかなり真剣に吟味したうえで買うので、ここまで酷い小説に引っかかることは滅多にない。名のある出版社から出た人気のある叢書の一冊だったので、油断してろくろく見もせず買ったのが失敗だった。
 最後の一冊はSF。これは文章の意味も分かるし(笑)、ちゃんと物語になってもいるのだが、作者のレベルが読者よりも下と言う不幸なパターン。陰々滅滅とした話を我慢して100ページくらいまで読んでいるうち、残りの筋(しかも暗いオチ)がおおよそ想像できてしまった。まさかそんな話では…と思いながら読んでいくと、全く予想通りのストーリーが展開していき、ラストもまさに100ページ目で想像した通りの終わり方。せめて途中の展開やプロットなどに愉しめるところがあればまだしも救われるが、それすらない。読み終えた後の虚脱感といったらなかった。喩えるなら、会社の慰安旅行のバスの中で見たくもない映画を延々と流される感覚に近いかも。先の読める展開がずっと続くだけなので退屈極まりない。
 以上の3冊が0点を付けた本。一冊目と二冊目はどちらかと言えば0点というよりマイナスを付けたいくらいで、金と時間を損した気分。(笑)
三冊目は別に「損」ではなかったが、愉しめるところが全くないということで、限りなく“原点”に近い0点。

 今回改めて感じたことだが自分が低い評価をつけるのは、小説ならば先が読めてしまうものであり学術書なら「看板に偽りがある」本のようだ。多少の悪文であっても中身さえ面白ければ良いんだけど、こちらが想定していた内容とあまりにかけ離れて過ぎているのはツライ。
 それと何しろ「活字を読む」という行為自体が自分にとって最高の娯楽なわけだから、本を開いているのに読み進められないのが一番のストレス。飛ばし読みをするという手もあるが、意味が通じないほどひどい文章ではそれすら出来ず。となれば、諦めて途中で読むのを止めて処分するか、もしくは最後まで我慢して読んでブログでネタにするくらいしか手は無い。(笑)
ということで本日の結論は次の通り。

   「本を買う時には本屋で実物を良く見てから買うこと。(笑)」
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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