東北地方太平洋沖地震2

 3月11日に発生した地震や津波による被害が徐々に明らかになるにつれ、あまりの酷さに心が痛む。宮城や岩手を始めとする東北地域は勿論、茨城や長野、新潟など非常に広範囲に亘る被害の多さには、茫然としてしまう。遠く離れたところに居る自分が出来る事はとても限られているが、受け入れ側の準備が整い次第、募金や献血など出来ることからやっていきたい。被災地の方々が一日も早く「当たり前の生活」をおくれますように、そして現地で頑張っている人たちやそれを支えている人たちも、一日も早く「普段の生活」に戻れますように、心から願っております。

 ツイッターによる必要な情報のリツイート/転送(=デマや混乱を避けるために『公式リツイート』)を使用)を行うなど、自分に出来る事を少しだけやってみた。その過程で様々なツイートを眺めていると、こんなに酷くて悲しい状況ではあるが、いやだからこそ、明るい気持ちを持とうとする人たちや素晴らしい活動をしている人たちの様子に、心洗われることも多かった。
 「日本」という言葉には「国家」とか「文化」とか「民族」とか色々な意味が込められて、使われ方は人それぞれ。自分は「国体」とか「国家」とかいう“想像の共同体”としての「日本」は嫌いなのだが、「郷土」とか「文化」とか「先祖の歴史」とかいう意味での「日本」には誇りを持っている。(*)
 そして人々を抑圧するシステムとしての「国家」ではなく、この壊滅的な危機を乗り越えるために人々の“傘”になる限りにおいて、「日本」という仕組みを支持していきたい。

   *…単に「日本国籍」をもっているかどうかではなく、在日外国人の人も含め”地域”
     “共同体”としての「(日本という)場所」とか「(日本という)在り方」という
     こと。”ローカリティ“と言い換えてもいい。逆に「日本国籍」を持っていようが、
     人として恥ずかしい主張や他者の否定を行う人間を自分は軽蔑する。

 ツイッターで紹介され、そして海外からも称賛されたのはこのような“ローカリティ”としての「日本」だった。また『pray for Japan』のキーフレーズの元に世界から送られたメッセージとか、多くの人の善意に対する「日本もまだまだ捨てたもんじゃないな」とかいうつぶやきを見ていると、不覚にも涙が溢れてきそうになった。
 まるで戦争の後のような瓦礫の山をテレビや写真でみるたび、自然の猛威の前に人間はとても無力だと感じる。しかし助けあって前に進んでいこうとする姿をみるたび、人間の持つ計り知れない強さも感じることができる。せめてもの救いは、この惨状が戦争のように人間自身によって引き起こされたものでなかったことだろうか。(いや、被災地の方に対しては慰めにもならないが…。)

 これからまだ越えなければいけない山はいくつもあるだろうが、同じ時代にこの同じ場所に生まれたものとして、これからも「日本」を誇りに思えるように、微力ながら何か出来ることがあれば良いと思う。

<追記>
 今の自分に出来る事は、とりあえず淡々と粛々と日常生活を送ることだろう。かといっていつものように本を読もうとした時、あまりヘビーなものは読めそうもない。しかしあまりに能天気なものも空しくなってくるわけで、こんなときは何か前向きになれる物が良い気がする。(歌でいえば坂本九の『上を向いて歩こう』のような。)
 そう思って河合隼雄の著作(『「子どもの目」からの発想』)を読んだら、結構心に響いて良かった。藤原てい『流れる星は生きている』あたりも、パラ見していたら結構元気が出てきそうな気がする。以上、もしもどなたかの参考にでもなれば。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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