『十蘭万華鏡』 久生十蘭 河出文庫

 かの有名な雑誌「新青年」系の作家(と言って良いのかな?)の短篇集。ユーモア小説とかミステリ仕立ての作品とか、はたまた人生の悲喜こもごもを描いた掌編とか、題名が示すように収録作は様々なタイプのものが入っている。どの作品にも共通して言えるのは、物語としての面白さをひたすら追求しているという点。「古き良きエンタメ小説」という感じ。でも岩波文庫にも短篇集が収められていることからも分かるように、文学性だってある。小難しい理屈をこねくり回したり、高邁な理想を押し付けるような古臭い「文学作品」と違って、こういうタイプの作家は個人的に好みだ。
 ちなみに以前『大雷雨夜の殺人』を読んだ小酒井不木よりは、こちらの方が自分の趣味にあう感じがする。(もっとも、小酒井不木を『大雷雨夜…』で判断してはイカンという声もあるようだが。)

 ところで十蘭を読むのは実は今回が初めて。(『顎十郎捕物帖』とか前から気にはしてたのだが、まだ目を通したことはない。)で、読んでみたところが、今までに読んだことがないタイプの小説だったので驚いた。何しろ話が突然にぶつりと終わる。物語がいよいよ佳境に差し掛かったと思ったら、そのままの勢いでぴたっと終わってしまう。作品を川に喩えるならば、小舟を浮かべてゆったりと川下りを愉しんでいたところ、先がいきなり滝になっていて落ちていくような感じ。(笑)
 ―― 解説の東直子氏も「あ、物語が消えたんだ、と思う。」と書いていた。驚いたのはどうやら自分だけじゃないらしい。
 これが「新青年」系もしくは当時の作家に共通する一般的な特徴なのか、それとも久生十蘭に独特の書き方なのか分からないが、妙に気になる。もう少し彼の他の作品も追いかけてみようか。

 最後に収録作について感想を少し。
 どれも面白かったけど、特に好かったのは「贖罪」「少年」「雲の小径」「一の倉沢」あたりだろうか。戦時を舞台にしたものは話に切れがあって特にいい感じ。「雲の小径」は先ほどの「ぶつり」が非常にうまく利いていてかなり不気味な幕切れに仕上がっている。
 なお久生十蘭は澁澤龍彦が編集者時代に担当していた作家とのこと。帯の惹句に澁澤の名が使われていたのでついフラフラと手に取ってしまった。上手い作戦だなあ。(笑) でもインチキではなく、ちゃんと巻末には澁澤が書いた久生十蘭の思い出話が収録されているので、ちょっと得した気分を味わえた。

<その後の追記>
 あまりにも気になったので続けて『久生十蘭短篇選』(岩波文庫)と『久生十蘭ジュラネスク』(河出文庫)を読んでみた。その結果、たぶんこんなことかなー?という仮説は出来た。結論からいうと、おそらく久生十蘭独特の”作風”なんだと思う。
 彼の作品はとても映像的で、読むと映画のように場面ごとのイメージが浮かんでくる。それに実はすごい技巧派なんだけど一見するとそれを悟らせずに、(「自分らしさ」を主張しないで)さらっとした端正な語り口を目指しているような気がする。画家でいえばゴッホとかじゃなくてユトリロとかのイメージ。
 だからラストでもあまりいかにも「さあ終わるよ!」という感じでなくスッと画面がフェイドアウトするような終わり方を好んだんじゃないかな? うまくそれがツボに嵌まれば「母子像」みたいに素晴らしい効果をあげて、たまらなくカッコイイ終りになる。しかしどうかして巧く行かなかったりすると「ぶつり」になってしまうのだと見た。もっともこのあたりになると、個人の好みになるから何とも言えないが。
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